156 魔王、草について話す
今回から新展開です! よろしくお願いいたします!
昼休みの時間、ワシは城にある庭のほうに出ていた。
「ふうむ、このデーモンセロリは人間には少し毒になるかもしれんな。やめておくか」
庭には一種の植物試験場を兼ねているので、いろんな野菜も植えてある。
ワシはそこでレイティアさんの体にいい野菜を見繕っていたのだ。
横にはなんかフライセもついてきていた。昼休みをどう使おうと自由なので、勝手に同行させている。
フライセも野菜を吟味しているようなので、手伝いに来てくれたのか。その善意は気持ちよく受け取ろうと思う。
「よし、この野菜も食べられますね。持ち帰って庭に植えましょう」
「家に植える用かっ!」
まあ、ワシも妻に食べさせるものの調査で来ているので、あんまり強くも出られんのだが。
こいつの場合、おそらく野菜を植えて食費節約を狙っているのだろう。だが――
「どうせ、お前のことだから、すでに家の庭には足の踏み場もないぐらい野菜を植えているのではないのか?」
「より栄養価の高いものに植え替えるんです。そこに抜かりはありませんから。家庭的でしょう?」
そこまでいくと家庭的というより、みみっちい。
貧乏なりに豊かに暮らせるように、独自の進化を遂げている気がする。それはそれでいい人生なのかもしれない。
フライセは今度は野菜ではない草のほうに移動した。
「この草も食べられますね。よし、近所の道に雑草として生やして、大きくなったら回収しましょう。パッと見は雑草の除草作業だと認識されるでしょう」
「お前、そこまで生活苦なのか? 今の仕事の賃金も食えないほど安くはないだろ! 腐ってもフルタイムの仕事だぞ!」
「無論、暮らせはします! でもっ! どうせならお金を貯められたほうがうれしいじゃないですか!」
フライセの目がちょっと大きく見開かれた。
なぜだか、叱られてるような気になった。
「わずかずつでも貯金すること――それこそが私の趣味なんです! むしろ、強引に趣味だと思い込むことにしました! そしたら趣味を充足させつつ、生活も安定するから一石二鳥じゃないですか! これぞ魔族の英知!」
「お前、なんか悟ってるな……」
そんなの絶対に魔族の英知ではないが、ポジティブに人生を生きることをよしとするなら、これはこれで正しいのか。やはり独自進化か。そのうち、謎の変身でもできるようになるかもな。
と、フライセの目の色が変わった。
さささっと、何かの草のほうに移動した。
「これはいいですね。素晴らしいですね」
一見したところ、何の変哲もない草だ。あまり栄養価もなさそうである。
しかも、葉っぱが筋張っているし、食感も悪い気がする。
「それも美味いのか? とてもそうは感じられんが」
「これは磨りつぶして、媚薬として使えるそうです」
すっごく嫌な予感がした。
「魔王様、今度、この草を入れたお茶を出しますので飲んでください!」
「そこまで言われて飲む奴だったら、そんな草いらんだろ」
「ということは、魔王様は私に気が――」
「ない」
とはいえ、生活のためという理由があるにしても、ここまでフライセが植物に詳しいとは思わなかった。「趣味・特技」の欄に書けるレベルだ。
「媚薬としての効果はそう強くないですが、意識がもうろうとはするそうです。このコーナーは薬用の植物が植えてありますね」
「そこまでわかるのか。お前、いっぱしの専門家だな」
植物関係の試験でも受けて、その方面に就職するべきではないだろうか。
「ふうむ。しかし、やはり薬用とはいっても、あまり強い効果のものはありませんね。こっちは血止め用。これは殺菌効果があるので消毒用。使えばどんな病気でも一発で治るようなものは生えてません」
「そんな都合のいい薬草はないだろう――と言いたいところだが、アンジェリカが体力が大幅に回復する薬草が洞窟やらに生えてるって言ってたな……」
人間の冒険者の中では体力回復に利用できる草は生きる上で不可欠の知識らしい。
「ああ、きっとオットビリー草ですね。あれは人間の冒険者が立ち寄る場所にしか生えないと言う性質があるので、魔族の土地には無縁ですよ」
「そんな奇妙な植生の草ってありうるか!?」
人間の冒険者が種を刺激したりするのか。
「そういうものだとしか言えません。自然の神秘はまだまだ解明できてないんです。自然の中には、時に不自然な性質を持っているものもあるんですよ」
まさかフライセに教えられる結果になるとは。
フライセはしゃがみこんで草を確認しながら言った。
「野生のものしか見つかってない植物も多いんですよ。もし医者失業草でも育てられたら、それはすごいことになるんですが」
「医者がすごく嫌がりそうな名前だな……」
「ええ。どんな病気も一発で治してしまう、とてつもない草ですが、魔族の土地でも奥地の奥地にしか生えてないと言われています。もし栽培できたら巨万の富は確実ですがね」
本当に植物に詳しいので、毎月発行する「魔王城だより」の連載コーナーの担当でもさせようかな。タイトルは「あんな草・こんな草」とか。
だが、ふと素朴な疑問があった。
「フライセよ、金になる植物もよく知ってるなら、その手のハンターにでもなれば儲かるんじゃないのか? それで貴重な植物を医者や薬師に売るのだ」
少なくとも、この城で事務作業するより稼げそうである。
フライセは首と尻尾を同時に左右に振った。
「無理ですって! そんな甘い話があるわけないじゃないですか! 価値の高い植物は採取だけで命懸けなんですから! 稼ぐためとはいえ、毎回命なんて懸けていられませんよ!」
「な、なるほど……。言われてみればそうか……」
「とくに医者失業草なんて私ごときが採取しに行ったら、十回中三十回は死にますって! とてもじゃないけど行けません!」
そこまでか。とにかく難易度が高いことはわかった。
「だ・か・ら」
フライセがワシに抱きついてきた。
そこまで実力のない魔族にしては、けっこういい瞬発力だった。でも、そういう問題じゃない。
「魔王様の愛人になって、ぬくぬくと暮らしたいわけです! お願いします!」
「お願いしたってダメに決まっているだろうが! あっちに行け!」
ちょうど、その時、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。
ワシはフライセを振り払って執務室に戻る。
「あっ、魔王様、待ってくださいって!」
「待つわけないし、お前、大幅に遅刻したら給料減らすからな」
結局、レイティアさん向けの野菜などは見つからなかった。