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154 魔王の家族、洞窟の終点に着く

 冒険者が消えて、ワシら家族だけになったあとに、アンジェリカがあきれ顔でつぶやいた。

「あのタマネギ、効き目が強すぎるにもほどがあるでしょ」

「そうだとは思うが……元からレイティアさんが強いというケースもありうるぞ」

「その可能性も……否定できないわね」


 結局、ワシとアンジェリカがレイティアさんのすごさを再認識だけでその危機は終わった。



 冒険者パーティーと遭遇した一件のあとも、レイティアさんは洞窟探検を続けていた。

 ただし、先ほどのようなこともありうるので、ワシとアンジェリカにはさまれた位置にいるということは守ってもらっている。


「角と尻尾が生えてから、とても体が軽いの。十代の頃みたいに元気に動き回れるのよ。赤ちゃんがいるって信じられないぐらい」

 くすくすとレイティアさんは楽しそうに笑った。


 ワシは体力の衰えが小さい魔族なのであまり実感はないのだが、人間は年をとると弱ってきたということがはっきりわかるという。

 それが若返ったように思えるのなら、うれしいのも当然なのかもしれない。

 しかし、レイティアさんの場合、現役ばりばりで能力が高いので、普通の人間の基準で考えていいのか謎だが。


「ワシとしてはダンジョン巡りや運動のためにやったことではないんですが、レイティアさんがそんなに喜んでくれるのなら言うことはありません」

「これもガルトーさんのおかげです。あなた、大好き♪」

 少し戯れみたいな言い方であったけれど、それでも「大好き」と言われるのは猛烈にうれしい。うんうん、やってよかった。


「私は複雑な心境だわ」

 アンジェリカのほうは、どことなく猫背気味に後ろからついてくる。

「なんでだ。お前の母親が喜んでいるのだぞ」

「これでママが私より強くなってたら、私のやってきたことって何なのって気になるじゃん……」


「それは……お前の努力が無になるわけじゃないから……。その努力がどこかで意味を持つこともあるから……」

「魔王、フォローの仕方がおかしいでしょ! ママよりはるかに強いから気にするなとか言いなさいよ!」

 慰めたら文句を言われるの、納得がいかん。


「アンジェリカにも迷惑をかけちゃったわね。でも、もうすぐ激しい運動もできなくなるからということで許してね」

 その言葉にアンジェリカもはっとしたらしい。

「うん。赤ちゃんを産むのって大変だものね」


 出産の苦しみやつらさはなかなか他人にはわからないものだ。

 よく「男にはわからない」と言うが、それは男だけでなくアンジェリカにとっても理解の範疇の外側にある。


「家族みんなでどこかに行くことも難しくなってくるし、ちょうどいいかなって思ったの。たくさん笑ってエネルギーを補充しておく感じ」

 レイティアさんはまだ笑っているけれど、元気さやほがらかさとは違うものが表情に混じっていた。


 これから苦しい時間もある。新しい家族を待ちわびていようと、出産の痛みが消えるわけではない。レイティアさんだって、そのことで不安になる時もある。しかも、ワシもアンジェリカも経験したことがないから、完全には寄り添えない。


「できる限りのことはします。だから、レイティアさんも決して我慢をしないと約束してください」

 ワシはレイティアさんの肩に手を置いて、そう言った。


「何もかもわかるとは言えません。でも、わかろうと努力はしますので」

 少しの間、レイティアさんは黙っていた。それから、こう口にした。


「あなたと一緒になってよかったわ」

「それはワシのセリフです」


 レイティアさんがたいまつを持っているのと、あと、アンジェリカがいるせいで、抱き合ったりはできないのが、残念と言えば残念だ。


「お熱いことだけど、今は大目に見てあげるわ。間違いなく、洞窟でやるようなやりとりじゃないけどね」

 アンジェリカも笑いながら許容してくれた。


 もはや、ダンジョン探索ではなく、ただの家族旅行になってるし、いいんじゃないか。


 そんなやりとりの後、そう時間もおかずにワシらは洞窟の終点についた。

 たしかに岩の間から泉がこんこんと湧いている。

 誰が設置したのか、金属製のコップまで用意されていた。


「ママ、ここがゴールよ。入り口まで引き返すから、折り返し地点と言ったほうが正しいけどね」

「ありがとう、アンジェリカ。とっても楽しい冒険だったわ」

「私も久しぶりにここに来て、なつかしいわ。昔はこのあたりで特訓してたんだけど、腕が上がってきてからは来ることもなかったから」


 アンジェリカの思い出の地に家族で来たわけだな。


「じゃあ、ママ、帰りましょうか。じっとしてても寒いしね」

「アンジェリカ、ここ、少し風が強すぎるわ。おそらく何かあるわよ」


 レイティアさんはぐいぐいっと壁を押しはじめた。

 そのあたりの壁は土ではなく、岩石でできている。


「何をしてるの、ママ。この洞窟はすっかり探索され尽くして、何もないわよ」

「でも、風が吹いてるのよ。どこかに通じてると思うの。地上に出る抜け道みたいなのがあるんじゃないかしら」


「あ~、はいはい、冒険者ビギナーあるあるね~」

 アンジェリカがドヤ顔をした。ちょっとイラっとする顔だ。その表現、自分が玄人ですっイキってるて前提があるんだよな。


「冒険者になって最初の頃はね、実はこのダンジョンに隠し部屋が残ってるんじゃないかとか思って熱心に調べたくなるものなのよ。陥りがちな罠よ」

 多少イライラさせられる物言いだが、いいたいことはわかる。


「でも、何百年も同じようなことを冒険者が思って探してるから、まず見つからないの。私も駆け出しの頃は怪しいと思うところは手当たり次第にチェックしてたわ」

 アンジェリカが話をしている間も、レイティアさんは岩壁を押していた。あんまり話、聞いてないのかもしれない。


「このあたりから風が来てると思うのよね」

 壁を押しまくる妻を見るというのは、けっこうシュールだが、誰も困るようなことじゃないし、満足いくまで好きなだけ押してもらえればと思う。


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