153 魔王の妻、冒険者に勝つ
「ムカデでもきれいな宝石になるのね~。記念に持って帰ることにするわ」
「ええ、レイティアさんに大変よくお似合いですよ」
わかってはいたことだが――
何も心配することはないようだ。
これだけの冒険者(?)にかなうような存在はこのダンジョンにはいない。心ゆくまでダンジョンを楽しんでもらえればいい。
「じゃあ、もっと先まで行ってみるわね」
レイティアさんはたいまつを持ったまま、前に小走りで駆けていく。
本当はあんまりワシやアンジェリカから離れないでほしいのだが、とくに危険もないだろう。
だが、その油断がよくなかったのかもしれん。
これまでと違った、強烈な殺気を奥から感じた。
「なんだ、この感覚は? しょぼいモンスターが発せられるものではないぞ」
「魔王も感じた? 何か来てるわよね」
アンジェリカも勇者だけあって、気配を察知したようだ。
ワシとアンジェリカは目でお互いに確認しあうと、レイティアさんを追いかける。
「あんなものは下見の時にはいなかったと思うが……」
「私もわからない。とにかく早目にするわよ!」
二人して、レイティアさんが進んでいった角を曲がる。
そこではレイティアさんと、その先に重装備の冒険者パーティーがいた。
なんだ、あの殺気は冒険者か。冒険者なら、人間を襲うようなことはとくにな――
あっ! 今のレイティアさんは魔族に見えている!
人間と魔族は同盟関係にあるとはいえ、こんな洞窟で出会うと厄介だ。
「お前、魔族か? それとも悪いモンスターか?」
冒険者パーティーの剣士の一人が言った。向こうも警戒している。そうだよな、でないとあんなに殺気が漏れてくるないよな……。
「どっちでもないわ。人間よ~」
「だって、角も尻尾も生えてるだろ! そんな人間がいるか!」
たしかにレイティアさんは見た目では魔族だろうな。
「ああ、そうね、今は魔族なのかも。ちょっと冒険をしてみたくて、それでやってきたの~。あなたたちと同じ冒険者と考えてくれればいいわ」
レイティアさんが答えたが、不穏な空気は解消されてない。
「冒険者なら、そんな町でも出歩くような服装でやってくるのがおかしいです」
神官とおぼしき女性冒険者が言った。まずい!
「気をつけたほうがいいです。こんな辺鄙な洞窟に、しかも見た目は一般人のような格好の魔族がいる……。しかも、表面上は温和に見える……。こういうのは、恐ろしく強力で凶悪な存在だと相場が決まっています! 本気で戦わないと全滅します!」
おい! 深読みしすぎだ!
もう止めないとまずいな。だが、ワシが出ると――かえって誤解を増幅しそうな気しかせん。「あっ、さらに強そうな魔族が!」みたいなことを言いだすぞ。それで開戦になったら、前にいるレイティアさんがかえって危険になる……。
「アンジェリカ、ここはお前が仲裁に入れ!」
「わかった! ママに手を出す前にやっつけるから!」
「おい、火に油を注ぐことはするなよ? 平和的に解決しようとしろよ?」
「いや、そんなゆっくりしてる暇はないでしょ?」
アンジェリカの言うとおりだった。
「ここは一気に片をつけるぞ! みんな、かかれ!」
向こうのリーダー格の剣士が号令をかけた。いかん! ワシらが止める前に戦闘がはじまってしまう!
もう、冒険者パーティーはレイティアさんに向かっていっている。
たしかに戦闘は先手必勝が物を言うことも多い。
ゆっくりしていれば、それが致命傷になることもあるのだ。致死的な毒やマヒを喰らうリスク、精神錯乱などの魔法をかけられる恐れもある。連中が優れた冒険者であればあるほど、一気に勝負を決しようとするだろう。
だが、その女性はまぎれもない一般人なのだ。お前たちが倒すべき存在ではないのだ!
定石どおり、まず剣士二人が前衛として前に出てきた。
やめてくれ! そんなおっかないものは出さないでくれ!
「喰らえ、邪悪な存在め!」
剣士たちが剣を振り落とす。
「あらあら~♪」
しかし――難なくレイティアさんはその攻撃をかわした。
庭で「束縛の樹」の攻撃をかわす時のように。
「かわされた!」「やはり、敵は手練れだぞ!」
どんどん、敵に恐怖感を与えてしまっている……。
「危ないわね。人に刃物を向けるのは、めっ!」
そして、剣を持っている腕を鎧の上から、ばしっと叩いた。
その一撃を受けて、剣士が剣を落とす。
「ぐっ……! 腕に力が入らん!」
鎧で守備を固めていても、それを突破していく攻撃力!
「ケガはさせないようにしますから安心してね~」
レイティアさんはその剣士の腕をとると、抱えるようにして投げた。
「飛んでけ~!」
その投げられた剣士が後衛の魔法の準備をしていた魔法使いに直撃した。魔法使いの悲鳴が洞窟に反響する。人間ぐらいの重さのものがぶつかったら、じっと踏ん張れる衝撃ではないだろう。
「あなたも刃物は下ろしてねっ」
さらに、もう一人の剣士も同じ要領で手を叩いて剣を落とさせる。
そのうえで鎧の腋あたりに手を当てて――
「さあ、行くわよー。えーいやーっ!」
押し込むようにしながら、奥の神官のほうに突進していった!
予想外の攻撃だったのか、神官は剣士の鎧の下敷きになって、ひっくり返る。
神官がびびって、「助けて、助けて!」と叫んでいた。
あっさり勝ってしまったな……。もう、相手のパーティーは戦意喪失してるというか、交渉で見逃してもらう作戦に切り替えたらしい。レイティアさんの前で両手を挙げていた。
現金なようだが、毎回、命を懸けてたら、命が何個あっても足りないので、かなわないと思ったら降伏するのは自然なことだ。
「わかればいいのよ。わたしはモンスターじゃないし、怖い存在でもないですからね」
レイティアさんは連中の頭を微笑みながら撫でていた。
そこにアンジェリカが訳を話して、ようやく納得もしてもらえた。
連中はワシにも「同盟国の魔王様のお妃様に剣を向けてしまい、申し訳ありませんでした!」とぺこぺこ謝ってきた。
「ああ、うん……。間違いは誰にでもあるし、今度からは慎重な確認をしような。うん、帰っていいよ……」
その冒険者たちは逃げるように去っていった。