152 魔王、家族で洞窟に行く
攻略対象のダンジョンは家からほど近い洞窟に決定した。
アンジェリカにとっても地の利があるところだ。
「先に言っておくけど、あの洞窟はほぼ完全に探検し尽くされてるから、今更すごい発見があったりしないわよ。せいぜい、低級モンスターが住処にしてるだけだからね?」
「それでもいいわ。家族でダンジョンに行くことに意味があるのよ」
そんな行楽みたいな発想でダンジョンに行く人間も珍しいと思う。
事前にアンジェリカとも確認作業を行ったが、出てくるモンスターも本当にたいしたことないようだし、洞窟内をぶらつくことはできそうだった。
そして、ワシの次の休日。
ついにワシら家族はもよりの洞窟にやってきた。
入り口前に「泉の洞窟 モンスターが飛び出してくるおそれがあるので、十分ご注意ください」と書かれた看板が立っている。
「へ~、ここが洞窟なのね~。入り口の手前に立ってるだけでも涼しいわ~。むしろ寒いぐらいかも」
「寒いですか。では、こちらの毛織物を羽織ってください」
ワシは事前に用意していた服をレイティアさんの肩にかけた。レイティアさんは冒険者用の服などないので、近所を出歩く時の服装だ。
「ありがとうございます。そうね。おなかを冷やすとよくないものね。でも、洞窟を歩いているうちにあったかくなると思うわ」
「こんな空気のダンジョン探索、私も初めてだわ……」
アンジェリカはあきれながら、たいまつに火をつけた。暗い洞窟がほのかに照らされる。
「あっ、そうか、洞窟だから、たいまつも必要なのね~」
「パーティーで行軍する時はセレネが発光の魔法を使うんだけどね。さすがにこんなハイキング(?)に呼ぶわけにはいかないから。まあ、私は道はだいたい覚えてるから、真っ暗でも攻略できる自信はあるけど」
こいつ、どうでもいいところで、またドヤってるな。すぐ調子に乗る性格、どうにかしろ。
「アンジェリカ、わたしにたいまつ、持たせてくれない? 戦ってみたいわ~」
レイティアさんにとっては、たいまつを持つことも新鮮なようだ。
「別にいいけど、たいまつ持ってると、モンスターが出てきても戦いにくいよ」
「その時はたいまつ役を代わってくれない?」
「……本当に、行楽になってるわね」
レイティアさんはいつにも増して楽しそうに、はしゃいでいる。
ワシはふと思った。
もしかすると、レイティアさんは冒険者になりたいという夢も持っていたのかもしれない。
これはそんな突拍子な考えでもない。なにせ、レイティアさんの父親は冒険者を目指していたわけだし。その影響をレイティアさんが受けたことだってありうる。
だが、世の中には子供が冒険者になるのを許さない親も多い。まして、それが娘ならなおさらだ。
アンジェリカが勇者になれたのもレイティアさんの応援があったからだし、案外、冒険者の夢はアンジェリカのところにまできてついに結晶化したのではあるまいか。
だとしたら、しっかりワシもレイティアさんの冒険者体験をサポートせねばならん!
ダンジョンの通路はそこそこ広く、三人が横に並べなくもないほどだった。
もっとも、それだとレイティアさんを守りづらいので、ワシが前を、アンジェリカが後ろを守る。
「アンジェリカ、この洞窟って名前のとおり、どこかに泉があったりするの?」
「うん、奥のほうにきれいな湧き水が出ていて、それでこういう名前になってるらしいわ。きっと同名の洞窟、全国に二百区ぐらいはありそうだけど」
たしかに、いかにもどこにでもありそうな名称だ。地元の冒険者が識別できれば十分というほどのものだろう。
しばらく進むと最初のモンスターが出てきた。
大モグラだ。
人間の子供ぐらいのサイズで、鋭い爪で攻撃を仕掛けてくる。逆に言えば、その程度しか攻撃手段を持ってないから、恐れることのない相手だ。
「レイティアさん、モンスターですよ」
「はーい。ガルトーさん、たいまつを持っててくれる?」
ワシはたいまつを受け取った。
「さあ、いってください、レイティアさん!」
こんなザコなら今の魔族化レイティアさんなら敵ではなかろう。もしかすると、普段のレイティアさんでも勝ててしまう可能性もある。
大モグラは前に出てきたレイティアさんに接近してくる。
そんな頭のいいモンスターでもないし、逃げるという発想もないはずだ。
「ママ、隙だらけだよ! もっときびきび動いて!」
アンジェリカはじっと見ていられないらしい。その気持ちはわかる。まだ、レイティアさんは胸の前で両手を合わせてる状態で、全然戦闘の体勢になってない。
大モグラが飛びかかってきた。
しまった、先手をとられたか?
だが、かえってそれでレイティアさんも踏ん切りがついたらしい。
「えーい!」
レイティアさんは同時にゆるやかなパンチを大モグラに放つ。
リーチの差でレイティアさんの攻撃のほうが大モグラに入った。
次の瞬間、何かがはじけたような音がして、はるか先まで大モグラは吹き飛ばされていった。
そのあたりで何かがきらめているのが見えるので、倒されて宝石になったのだろう。
「わ~、こんな感じでいいのかしら?」
「はい、レイティアさん、お見事です。あの調子でどんどん倒していってください」
レイティアさんが両手を出してきたので、ワシはハイタッチをした。
こういう一風変わった家族のスキンシップもたまにはいいものだ。
「うわあ……。敵がザコとはいえ、とんでもない一撃じゃない……。多分、クリティカルか何かになってたわ……」
アンジェリカは一緒になって喜べる気分ではないらしく、むしろ一歩引いた感じでレイティアさんを見守っていた。実力にも引いてる感じがあった。
「じゃあ、次は炎を吐いて、敵を倒してみたいわ。できるかしら」
「はい、ここなら引火するものもありませんので、いくらでも吐き散らしてください」
ちょうど、いい感じで大王ムカデの群れが出てきた。少なくとも四体はいる。
「ママ、あいつらは毒を持ってるから気をつけたほうが――」
「さあ、行くわよ~。ブオオオオォォォォ!」
レイティアさんの吐いた炎がムカデに直撃する。
あっという間に、ムカデは全滅して、宝石に姿を変えた。
相手が悪かったな。レイティアさんは広範囲に攻撃ができるタイプなのだ。