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151 魔王、妻のわがままを聞く

 レイティアさんはごはんを食べながら、尻尾を振って、カラスのネコリンと戯れている。もしかして極めて高度なことをしているのではと思うが、自分には尻尾がないのでよくわからん。


「角と尻尾もそのうちなくなってしまうと思いますから、もうしばらくお待ちください。気にしてるのは、アンジェリカだけなようですけど」

 アンジェリカにだけ角が生えてないので、なんとなく、魔族の夫婦にホームステイしてきたみたいに見える。


「あのね、そのことなんだけど、わたし、この体のうちに一度やってみたいことがあるの」

 わざわざ、レイティアさんはフォークもスプーンも置いてから、そう言った。

「わがままかもしれないけどね、せっかくの機会だし、聞くだけ聞いてくれないかしら。判断は二人に任せるから」

 レイティアさんの瞳がワシと、それからアンジェリカに向けられる。


 いったい、何なのだろう?

 アンジェリカもごくりと唾を飲み込んだようだ。

 レイティアさんが自分からわがままと断ったうえで想いを伝えるだなんて、尋常なことではないぞ。


 そういえば、レイティアさんは優しさのかたまりのような人だから、自分の希望を積極的に口にしたことはあまりなかったように思う。

 夫として、誠実に耳を傾けなければ。


「家族三人でダンジョンに行ってみたいの~♪」


 元気な声でレイティアさんは言った。

 あっ! アンジェリカの仲間たちを見ていた時の様子はそれだったのか!


 娘の立派なところを見守っている目ではなく、冒険者をやるのって面白そうだな、興味あるなというものだったのだ!


「ほら、普段のわたしは力も弱いし、ダンジョンなんてとてもじゃないけど危なくて無理でしょう? でも、今のわたしなら安全だと思うの。炎も出せちゃうし~。がお~」

 また、レイティアさんは両手を上に上げて構えた。そうしないと、炎って吐けないのだろうか?


「ママ、いくら炎が出せるからってダンジョンを甘く見すぎだわ。それに力まで強くなってるかわからないし――」

 レイティアさんがアンジェリカの話の途中に台所のほうに行った。

 戻ってきた時には岩を抱えていた。まあ、田舎だからそのへんに岩も転がってるが、わざわざ用意していたのだと思う。


 そして、岩を椅子の上に置いた。

「昨日、試してみたのよ。えいっ!」

 椅子に置いた岩に真上から右手で正拳突きを放つ。

 いや、それ、手の骨が折れかねませんよ! とあわてて止めようとしたが、杞憂だった。


 岩は砂糖菓子が砕けたみたいにぐしゃぐしゃになってしまったのだ。

 一方、レイティアさんは笑顔のままだ。痛いのを我慢しているというふうでもない。


「ねっ? 大丈夫でしょう?」

 アンジェリカが少し青くなって「武道家のゼンケイより攻撃力が上だわ……」と言っていた。


 前々から気づいてはいたが、間違いなくレイティアさん、もとから戦闘能力が高いよな……。「束縛の樹」も軽やかに回避しつつ、果実を収穫していたし。そりゃ、娘が勇者になることもあるわと思う。


「もうすぐ赤ちゃんが大きくなってくるし、そしたら、運動もあまりできなくなるでしょう? 今のうちに体も動かしておこうと思ってね」

「ママ、運動の感覚でダンジョンに行くって言われるの、私としてはまあまあショックだわ」


 アンジェリカの気持ちもわかる。

 いわば素人が自分もやってみたいと言って、けっこう本当にどうにかなってしまいそうな状況である。


「アンジェリカから見て、これぐらい攻撃力が高かったら行けそうかしら? もちろんガルトーさんのお城だとか、そんな難しいところじゃなくていいのよ」

「魔王の城は私も攻略できた実績はないわ! 魔王に負けたから失敗してる!」


 しかも、アンジェリカが来た時は、いわば休日で、魔族も少ない時だったからな。さらに、あのパーティー自体が戦闘も極力回避していたはずだし。

 アイテムを入手することだけが目的の時は、そんな戦術でもなんとかなるが、ボスがいると、結局ボスにつぶされるので、推奨できない。


「どう? 行けそう?」

 もう一度尋ねられて、アンジェリカはしぶしぶといった顔でうなずいた。


「簡単なダンジョンならとくに問題もなく行けそうだわ……。今のママはボスキャラに匹敵する力がある……」


 じゃあ、この時点で何もかも決まったようなものだ。

 レイティアさんは今度はワシのほうにじっと顔を向けた。

 どうでもいいが、粉々になった岩を前にして要求されると、脅されているような気分になる。


「ガルトーさんから見ては、どうかしら?」

「万一何かあればワシがお守りしますし、今のレイティアさんなら散歩の延長といった感覚で行けると思います。ただし――」

 ワシはタマネギを羊の肉と一緒に焼いた皿を突き出した。


「ダンジョンの中で普通の人間に戻ってしまったということになると、気が気ではありませんのでタマネギを食べて魔族としての期間を延長しておいてください!」

「じゃあ、その料理も食べられるのね~。うれしいわ~♪」


「これは本当に自信作なんです! 今度、普通のタマネギでも作りますね!」

「魔王、ママに自信作を食べさせたいだけなんじゃない?」


 アンジェリカがあきれていたが、あくまでもメインの目的は急に魔族じゃなくなるという危険を防止することだぞ。

 一方で、この料理がワシの自信作であることも本当だ。どっちの要素も含んであるということはよくあることである。


 家族揃ってのダンジョン攻略。

 そんな前代未聞の家族行事が決定した。

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