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147 魔王、タマネギを焼く

 ワシは家で時間のある際に、個人的にタマネギの蒸し焼きを実験した。

 村だと、毎日どこかしらで古いワラとかを焼く炎は上がっているので、別に目立ちもしないし、レイティアさんもアンジェリカもとくに興味は示さなかった。実験段階なので、ちょうどいい。


 いくら栄養価の高い食材でも、おいしいのかどうかがはっきりしないことには油断はできん。異常に辛いタマネギだったりすると、結局たくさん食べられない。そこのチェックは必要である。


 で、蒸し焼きにした引っ張り出す。

「あつ、あつ、あつっ! ほとんど火球だな!」

 魔王のワシでなかったら、手で持つことなどできんだろう。

 皮は火が通ったことでさらに黒くなっているが、それをめくっていくと、焦げ目とは別の層が出てきた。なかなかにみずみずしい。


 さて、いただくとするか。

 ワシはふうふうしてから、がぶりとタマネギをかじった。


「むっ、これは…………甘いっ!」

 フルーツと勘違いしそうなほどの濃厚な甘みだ。高級店で一品料理として出してもいいぐらいの上品な味である。腐っても自分の土地を支配する領主に送ってきていただけはある。


 なお、カブも蒸し焼きにして、キャベツも軽く火を通して食べたが、どちらも見事なほどに美味だった。素材として、高いポテンシャルを秘めていることは確実だ。


「この調子なら、レイティアさんに食べてもらうのも、まったく問題ないな」

 母体になったことはないから感覚的にはわからんが、妊娠中ということは、自分の中にもう一人の人間がいるわけだ。

 栄養が大量にいることぐらいは想像がつく。かといって、突然二人分の食事をしますというわけにもいくまい。胃袋が二つになるわけでもないのだし。


 ならば、栄養価がすこぶる高い、これらの野菜をレイティアさんに食べていただくのは理にかなっている。


「今晩は、まずは熱々のタマネギの蒸し焼きを食べてもらうとするか」

 どうせなら、ちょっとしたサプライズにしたい。

 台所を使うと何か作ってるとすぐにわかってしまうが、庭で何かやっているとなれば調理とは気づかれないだろう。


 それに、こういう野趣あふれる料理は熱々を食べるからおいしいのであって、冷めてしまうと、まさしくきょうも覚めてしまう。


 ワシはシチュー用の野菜をきれいに切り揃えて、煮込むだけでいいような下ごしらえを行った。その他の料理も自分で作れる分は作っておいた。

 そして、レイティアさんが野菜を煮込めばシチューができるという状態にしておいて、時間を逆算して庭でタマネギを蒸し焼きにしはじめた。


 なんか、ミステリのトリックみたいな書き方だが、毒を盛るわけではない。


 ちょうどタマネギがいい頃合いに焼けてきた時――

「あなたー、晩御飯ですよー」

 レイティアさんが家から出てきてワシを呼んだ。


「はい。今すぐ行きますのでお待ちを!」

 ワシはタマネギ三個をお手玉しながら家に入った。


「魔王、何? 曲芸? 別にそんな小手先のことをしなくても、魔王なんだから、どっしり構えてればいいんじゃないの。それとも、飲み会で隠し芸大会みたいなのがあるの?」

 アンジェリカはワシの真意がまだ理解できてないらしい。これで理解しろというのも、高度すぎるかもしれんが。あと、隠し芸大会なんかやらんぞ。


「違う。お手玉をしているのは熱いからなだけだ。このまま、皿に載せるぞ」

 ワシは事前に用意していた皿にその黒くなったタマネギを置いた。


「あなた、何ですか、これ? 鉄球?」

 さすがに鉄球を皿には載せません。


「レイティアさん、よく見てください。これはタマネギなんです。ただ、決してただのタマネギではなく、とんでもなく栄養価の高いスペシャルなタマネギなんです。これを食べて、ぜひ元気な赤ちゃんを産んでいただきたいなと!」


「いやさ、魔王、言いたいことはわかるけど、タマネギを焼いただけって雑にもほどがあるでしょ。薬じゃないんだし。しかも、見た目の色が悪いし……。皮をめくっても紫だか黒だかわからない色してる……」

 アンジェリカ、相変わらず、ボロカスに言ってくるな。


「まあ、見た目が悪いことは認める。しかし、味はそんなことはない。自分でも食べたが絶品なのだ!」

 ワシも胸を張った。こういうシンプルな料理ほど素材の味が出るから誤魔化しがきかない。だからこそ、文句なくおいしいと言える!


「それじゃあ、いただこうかしら~」

 躊躇なく、レイティアさんはナイフとフォークでその熱々のタマネギを口に入れた。


 次の瞬間、レイティアさんの目が、大きく見開かれた。

 驚愕の表情で間違いあるまい。そして、その顔を見た時、ワシは「勝った」と思った。別にレイティアさんと勝負をしたわけではない。いいものを妻に食べてもらうという課題に勝ったということだ。


「素晴らしいわ~。こんなに上品な味のタマネギ、人生で一度も食べたことがないです。口がびっくりしちゃってるのがわかるもの」

 レイティアさんは右手で口を押さえて、思わずうっとりしている。色っぽぎて食事中に見るのがはばかられるほどだ。逆に言えば、それぐらいの破壊力がそのタマネギにあるということだ。


 おいしさと栄養、その二つの柱を共に完全に満たすことができたのだ。

 もう、何も言うことはない。ワシは一歩高みにのぼることができたと言えよう!


「へえ、そんなにおいしいんだ……」

 アンジェリカは、あきれたようにレイティアさんのことを眺めていた。

 なお、アンジェリカ自身はまだ手をつけてない。


「ふっふっふ、早くお前も食べて美味さに驚嘆するがいい!」

「え~。おいしいのは事実なんだろうけど、都合がよくてちょっと怖いのよね。見た目もグロいし。こう、勇者の本能が危ないって告げてるっていうか」


 こんな時だけ勇者ということを持ち出してきおって。

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