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145 魔王、栄養学の本を読む

「いったい、何を熱心に読んでらっしゃるんですか?」

 昼休みの時間、秘書のトルアリーナに尋ねられた。

 ちなみに昼食のお弁当は食べ終えた後だ。レイティアさんの愛妻弁当を食べる時はながらで別のことをやるなど、あってはならんことである。


「いや、とくにお前には関係のないことなんで、いい」

「おっと、ケンカ売ってますか? 読んでいる本すら秘書には話す必要もないということですか? ほう、そうきましたか」

 ケンカを売ってきたのは、むしろそっちではと思うが、たしかに何を読んでるのかなんて単純な質問に答えないのは、むっとさせてしまう要素もあったかもしれん。


「ワシがお前にケンカを売るメリットなどどこにもない。ただ、お前に話すと角が立つようなことかもと感じただけだ。そういう政治的判断の結果だ」

「そんな返答では納得ができかねます。教えてもらえるまで引き下がれませんね」

 そう言いながら、トルアリーナはノドにいい飴を口に入れた。あの飴、変な味がするから、ワシは好まん。


 でも、聞かれた以上は答えるしかないか。

 ワシは本の表紙をトルアリーナに見せた。

『妊婦の適切な食事について』という本である。


 トルアリーナの眉間にしわが寄った。

「むっ。それは独身の私にケンカを売っていると解釈してよろしいでしょうか?」

「ほら! やっぱり角が立ったような反応になってるだろうが! だから言わなかったのだ! 逆恨みにもほどがある!」


 こういう結婚や出産に関係する本を読んでると、当てつけかよといった反応をトルアリーナはするのだ。

 無論、当てつけではない。トルアリーナに向かって当てつけをやるメリットもない。秘書とは今後とも友好的にやっていきたい。でないと、ワシの仕事も増える。


「ほら、レイティアさんの健康を気づかった料理とはどういうものか、どういう栄養が必要なのか――そんなことが夫の身からすれば、当然気になるではないか。ワシも初めてのことだから、自分なりに勉強してみようと思ったわけだ」


 ワシとしても、こういう本を読んでると知られるのは多少の照れくささがある。

 純粋に趣味なだけの小説みたいな本と比べて、家庭の事情みたいなのが垣間見えるからな……。


「意図はわかりました。ですが――」

 くいっとトルアリーナはメガネを中指で上げた。機嫌は多少改善したらしい。

「それならば、もっとライトな本で学ぶべきではないですか? それ、専門書ですよね。人間の世界では『たまごギルド』という本があるはずです」

 ああ、うん、レイティアさんも読んでいたな。


「それもわかるのだが、ほら、ああいう本を男が読むのって、少しばかり恥ずかしいだろう? だから、こんなチョイスになったのだ……」


 世の中には、男性向け・女性向けと割とはっきりカラーが出ている本もある。

 無論、どっちかの性別でしか読めない言語などないし、誰が読んだっていいのだが、本だってターゲットをしぼらないといけないから、男女どっちかが読みやすいものになることだってある。


 あと、どうせならレイティアさんもすでに読んでる本と重複しないほうがいいとも思うし。『たまごギルド』だと、すでにレイティアさんが読んでいる可能性がある。


「なるほど、なるほど」

 わざとらしくトルアリーナがうなずいた。こいつなりに何か考えているようだ。

「で、こういう料理を作ればいいとか参考になるべきものはありましたか?」


 ワシは一呼吸おいてから、ゆっくりと首を横に振った。

「……この栄養をどれぐらい摂取すればいいだとか、やけに具体的で結局、どうすればいいのかわからん」


 もう、本も中盤に来ているのだが、グラフや統計がいくつもあって、何が言いたいのかはわかるのだが、どうももやもやする。

 つまり、その栄養を得るためにどんな食材を使い、どんな料理を作るべきなのか、どんな料理だと簡単に作れるだとか、肝心な知りたいことがはっきりしないのだ。


 これは専門書あるあるだな……。

「時短超簡単アイディアレシピ」だなんて情報はどこにも載ってない。成分の話をされても、こっちは研究者じゃないから、どうすればいいのかわからん。


 やはり、素直に『たまごギルド』なんかを読むべきだったか。チョイスを間違ったな。背伸びをしようとして、天井に角が刺さったような状態である。


「そんなのは深いことも考えずに栄養価の高そうなものを作ればいいと思いますけど。極度に計画的な食事も不自然でしょうし」

「うん、それが正しいのかもしれんな。バランスの良い食事という発想でいいのか」


 とはいえ、どうせならいい素材を選びたいものだが、どうしたものか。

 そこにフライセが執務室に戻ってきた。

「あ~、揚げ物中心のC定食はおなかにたまりますね~」

 フライセは食堂で食べる派なのだ。ちなみにトルアリーナは出勤前に総菜の店で弁当を買ってくる派である。このあたり、性格が出る。


「これで夕飯は家にある野菜でさっぱりしたものを自炊で作れば、費用はほぼ0。トータルでお金を節約できます。うんうん。我ながら完璧な作戦です!」

 どうも、かなりセコいことを考えているらしい。

 しかし、解せないところがあった。


「おい、フライセ、最近は野菜も高騰しているはずだぞ。野菜中心でもそんなに安く抑えることはできんし、安かったとしても費用がかからんわけがあるまい」

「それなら何も問題はありません。なんだったら、その証拠を明日持ってきましょう」


 フライセは自信満々な様子だったが、正直、フライセのことなので半信半疑でいた。


 そして翌日。

 大きなカゴをかついでフライセは出勤してきた。

「おはようございます。証拠を持ってきましたよ」

「お前、行商のおばさんみたいな姿で来たな……」


「はい、これが費用が0ですむ証拠です!」

 カゴの中にはいくつも野菜が入っている。

 妙に濃い紫色のタマネギに、濃い紫色のカブに、濃い紫色のキャベツなどだ。


「どうにも毒々しい色の野菜だな……」

 トルアリーナなんかは小声で「毒の沼地みたい」と言っていた。


コミカライズ1巻、緊急重版がかかりました! ありがとうございます!

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