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144 魔王、家族揃って曲をやる

 しかし、ワシとアンジェリカは微妙に居心地が悪くもあった。

 これも顔を見合わせてわかった。

 似た立場にいるので、共感もしやすいのだろう。


「結局、情操教育の音楽はレイティアさん自身にやってもらうのが一番よいな……」

「そうね。私たちが何か手を出すまでもないというか、出さないほうがいいわ……」


 母親がみずからの手で胎児によい効果をおよぼすのが最善という、身もふたもない結論になってしまった。

 立場上、魔族の楽団を呼んでくるということもできなくもないが、それは物々しいだろう。


 夕飯の最中、ワシはとあることを考えて、少し憂鬱になっていた。

 赤ん坊ができる時に、男親がやれることってあまりないな……。


 今はレイティアさんも動いているほうがいいといって家事もやっているが、そういうのはワシが分担するなり、お手伝いさんを雇うなりできるが、いまいち協力という感じでもない。身重で苦しいならほかの者が仕事を代行するというのは、当たり前のことでしかないものな。

 しかし、ワシが代わりに生むことはできん。

 レイティアさんの負担は軽減できても、それは軽減だけなのだ。


 家族でケンカなどしてないだけありがたいと考えるべきなのだろうか。何でもかんでもやろうとしても、できないのは仕方ないのだろうか。

 父親として初めての立場なので、わからんことが多すぎる。


 答えの出ないことを考えながら食事をしていたら――

「いいこと思いついちゃった~♪」

 レイティアさんが、ぽんと手を合わせた。


「ガルトーさんは太鼓が、アンジェリカはフルートができるわよね。どっちも上手だったわ。気持ちが盛り上がるわね」

「下手ではないけど、魔王が考えていた目的には使えないわよ。私も魔王も戦闘志向だもの」

 アンジェリカの言うとおりだ。たまに披露するぐらいのことはできるが、毎日のようにレイティアさんとおなかの赤子に聴いてもらうというのには使えない。


「みんな、それぞれ、違う楽器ができるんだから、三人でセッションしてみましょうよ。きっと楽しいわ~」

 その考えはなかった!


「なるほど……。三人でかけ合わせれば何か別のものになるかもしれませんな」

「でもさ、三人ともできる曲ってそんなにあるかしら?」

「それは思いつきでいいのよ。厳密な楽譜がなくても合わせていくことはできるはずだわ。正解なんてあるものでもないしね」


 レイティアさんのその言葉でもやが晴れた気がした。


 ワシはいつのまにか情操教育用の音楽という「正解」を求めすぎておったかもしれん。

 まずは耳にして、演奏して、楽しむことができることが最も大事ではないか。

 それこそ、レイティアさんが退屈に感じてしまうなら情操教育によい音楽でもダメだろう。


「ワシは異論ありません。アンジェリカはどうだ?」

「やれるけど、ごはん食べたらうがいするから少し時間ちょうだい。フルートがスープ味になるから……」

 口をつける楽器はそのあたりが大変だな……。


 ――そして食後。

 ワシらはそれぞれの楽器を持ってスタンバイした。


「じゃあ、行くわね。さん・にい・いち、はい!」

 ワシはレイティアさんのヴァイオリンのメロディにリズムをつけるつもりで太鼓を叩く。自分は演奏の主役ではない。自分の役目は戦争における指揮官だ。実際に勇猛果敢に攻め立てる仕事ではない。


 ワシのテンポにレイティアさんのヴァイオリンが続く。そこにアンジェリカのフルートが入る。

 最初のうちはアンジェリカがもたついているようなところがあったが、次第に息が合ってきた。


 最初から完全に調和しているのも悪くないだろうが、徐々によくなっていくというのも趣があるな。


 ワシはリズムを担当するので、どうしても体も動く。

 そのせいか、レイティアさんも心なしかアップテンポになっている。

 アンジェリカの音との重なり具合もちょうどいい。


 途中で主役がヴァイオリンからフルートに代わった。

 ワシはさっきよりもテンポを速く、複雑にする。アンジェリカの音は合わせるというより競おうとするように激しく、それでいて楽しいものになる。


 まるで音楽を通じて戦っているようだ。

 しかし、戦いといっても血なまぐさいものではない。アンジェリカを見たら、とても楽しそうだったのがその証拠だ。

 いわば相手のお題に合わせる勝負。戦いつつも調和させているのだ。


 レイティアさんも一人の時よりも激しく、表現力豊かに、そしてうれしそうにヴァイオリンをかき鳴らす。


 どこで終わりかということも決めていないが、曲の流れでそれも自然とわかった。

 ほぼ、同時に三人の演奏は終わった。


「…………よ、よかったわ! すごく面白かった!」

 開口一番アンジェリカが言った。

 その頬には汗が光っているから、よほど白熱していたはずだ。


「ワシも面白かったぞ。ほかの楽器に合わせて鳴らすのもよいものだな」


「すごい、すごい♪ わたし、泣いちゃいそうなくらいだわ~」

 レイティアさんは自分にもワシらにも参加者全員に拍手を送っていた。


「きっと、赤ちゃんにも届いてるわ。素晴らしい演奏ができるような家族ですってメッセージが」


 目からうろこが落ちるとはこういう感覚なのだろう。

 情操教育も大事だが、まずは家族が明るく和気あいあいとしていて、それでいて、みんなのびのびとやっているのが一番ではないか。

 そんな環境を赤子も感じ取るに違いない。楽団によい音楽を演奏させることよりずっと意義がある。


 ――ただ、多少の問題は生じた。


「魔王、その太鼓、場所を取りすぎるから、どこかに移動させてよ。ダイニングは共有スペースだから私物を置くのは禁止ね」

「いや、セッション用だから、家族みんなのものと言えなくもないわけで……」

「通路をふさいで邪魔だし、壊れる危険もあるわよ」


 壊れるとトルアリーナにすっごく怒られるし、外に物置小屋を作って、太鼓はそこに管理されることになった。

 笛ぐらい小さなものなら楽でいいのだがな……。


魔王、情操教育を考える編はこれでおしまいです。次回から新展開です!

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