143 魔王、妻の演奏に感動する
約五分ほどの演奏を終えて、アンジェリカは口を離した。
「――ふぅ……。最近はやってなかったから、うろ覚えなところもあったけど、吹いている間に思い出すものね」
ワシは何度も拍手をしていた。娘の知らない一面も見られたし最高だ!
「よかったぞ、アンジェリカ! たいしたものだ!」
「そこまで褒められると、かえって不安になるけどね。あくまでも自作だし。それでも、歌よりはマシでしょ」
いや、あの歌と比べると今の演奏に失礼なほどに差があった。歌は歌詞のすべてが濁って聞こえたし。
しかも、自作なのか。音楽の専門家ではないから、どれぐらいすごいかわからないが、将来的に本格的に勉強してもよい程度なのではないか。
「本当に上手だった。ただ、唯一問題があるとすれば――」
この一点さえ克服できれば完璧だと思う。
「今のはかなり勇ましい曲だから、情操教育向きではないな……。次はもっとやさしい曲で頼む……」
フルート一本とは思えないほど迫力のあるものだったが、赤子や妊婦さん向けの曲ではない。
「私も勇者だから、こういう心が昂ぶるような曲のほうが得意なの。ちなみに、この曲は魔族の中ボスクラスとの戦闘をイメージしたものね」
「発想が魔族と近い!」
「あと、得意なのは通常戦闘の曲ね。そのへんのモンスターと戦うところをイメージしたもの。まだ、未完成だけど魔王と戦うことをイメージした曲もあるわよ」
ワシもアンジェリカも似た意識で曲を作っていたらしい。変なところでかぶってしまった。
「戦闘に特化したものではなく、もっと違うテーマの曲はないのか?」
アンジェリカは首をひねって真剣に考え出した。
「ええとね……洞窟に入った時のことをイメージした曲でしょ。あとは、塔に入った時のことをイメージした曲ね」
「全部負のイメージだな!」
演奏技術が高くても、情操教育によさそうという本質的な問題が解決してない。
「そういえば、そうね……。ほら、戦いに身を置いてきたから、そういう曲ばっかりになるのよ。むしろ、そういうのしか吹けない」
「いや、しかし、それだけ曲を自作できるほどなんだから、明るい曲も少しは吹けるのではないか? そこは太鼓より幅が広いと思うのだが」
横笛ならメロディーが生まれるからな。
「明るい曲か~。できるかしら……」
アンジェリカは再び横笛を吹きはじめた。
~~♪ ~~~♪ ~~♪ ~~~♪
うむ、結論を言うと――
「明るくはあるが、全体的にバカっぽいな……」
「それは私も感じたわ……」
町の大通りを口を半開きにしてスキップしている奴が頭に浮かんだ。
これを聞かせていると元気な子には育ちそうだが、頭は悪くなりそうだ。三歩歩いたらすべて忘れそうというか……。
なお、レイティアさんは台所からアンジェリカの曲を口笛で再現していた。
口笛だと、より相手をおちょくっているような感じが出る。一切の悪意のないレイティアさんでも、おちょくっているように聞こえるって相当だぞ。
ワシもアンジェリカも音楽的素養がないわけではないのだが、情操教育からはかけ離れている。やはり魔王という立場も、勇者という立場も、戦うのが本義ということだろうか。
「アンジェリカ、とっても上手だったわ。ママも踊りたくなったぐらいよ。ガルトーさんと甲乙つけがたいわ」
レイティアさんが火を止めて、ダイニングのほうにやってきた。料理のほうは一段落したらしい。
「ありがと、ママ。でも、おなかの赤ちゃんに聞かせる曲ではないわね」
「いやあ、難しいですな。ナハリンになら宗教音楽のツテでもあるのだろうか。アンジェリカよ、今度、聞いてみてくれ」
もう、外部委託の方向で考えることにする。別に家族で演奏する必然性はないのだ。赤ちゃんだって、これは他人の歌だから聴かないようにしようとか思わんだろうし。
「お料理の途中で悪いんだけど、ママも久しぶりに楽器をやりたくなってきたわ。少し演奏してもいいかしら~?」
「ええ、それはもちろん。というか、レイティアさんも楽器ができたんですな」
「はい。若い頃に少しかじっていたぐらいだから、たいしたことはないんですけどね~」
そして、物置からレイティアさんは小さな弦楽器を持って戻ってきた。いや、ワシの体の基準で見るからやけに小さく感じるのか。
「ヴァイオリンを昔、習ってたの。じゃあ、やってみるわね。いちにのさんっ!」
その弦楽器から音色が紡がれていく。
私の頭の中には、自然と穏やかな大河の流れが浮かぶ。
そこに立派な橋がかかり、両側には都市が発展している。橋の両側では吟遊詩人が演奏をして、チップをもらっている。
たいして意識したわけでもないのに、そんな情景がやけにリアルに見えてくる。通行人の談笑の声まで聞こえてくるようだ。
レイティアさんのヴァイオリン演奏を聴きながら、ワシとアンジェリカは顔を見合わせた。
それでお互い、何を思っているのかすぐに伝わった。
この場合、家族になって長いだとかそういった要因は関係ないだろう。
純粋に無茶苦茶上手い!
むしろ、上手いなんて褒め方では失礼ではないだろうか。
もはや、その道の人間という領域だ。楽師として食べていけるだろう。
しかも曲も流麗で、それでいて音色の温かみもある。天界に行ったら流れていそうな音楽というか。
幸せとは、こういうものなのか――そう思わせるだけの力があると思った。
十分はある演奏をレイティアさんは完璧にこなした。
「はい、どうだったかしら~?」
ワシもアンジェリカもばちばちと手が痛くなるほどに拍手をした。それだけ強く叩かないと、その演奏に見合わないのだ。
「最高よ、ママ!」
「久しぶりに音楽で感動しました! まさか、これほどとは!」
締めにして文句のない演奏だった。
家族のミニ演奏会と考えれば、かなりの高水準ではなかろうか。
「二人ともちょっと褒めすぎよ。今から褒めてもお料理の品数は変わらないからね。それじゃ、お料理に戻るわね~」
レイティアさんも謙遜しているが、それでもうれしそうだ。なんだかんだで音楽の絶えない明るい家庭だ。大変素晴らしい。
明日19日頃から、コミカライズ1巻と小説3巻が書店に並び始めるかと思います! なにとぞよろしくお願いいたします!