142 魔王、娘の隠れた才能に驚く
「今から私が歌詞も明るくて、気持ちもうきうきするようなとっておきの歌を披露するわ。これを覚えれば、すべて解決よ」
「心得た。早速、聞かせてくれ」
親子の連携プレーで情操教育作戦を完遂するぞ!
「あ゛~、お゛たや゛かな゛、な゛がれ゛に゛の゛っ゛で~♪」
ワシは右手を握りこぶしにして、止めろのポーズをとった。
「何よ、まだ冒頭も冒頭なんだけど」
「それ、下のパートか何か? まずは主旋律からやってくれ。どんな曲かわかりづらいだろう」
「この歌、上下とかって概念ないわよ。こういう歌なの」
で、またアンジェリカは歌いだした。
こういう歌だと言っていたし、娘を信じてもう少し先まで聞くことにした。
「わ゛だじだぢ、あ゛る゛い゛で゛い゛ぐ~♪」
そして、想像していたとおりの結論に達した。
こいつ、下手だな!
脳内に茶色い濁流の映像がよぎったぞ。
そういえば、こいつ、いつか歌手を目指そうとしていて、普通にオーディションで落ちたことがあったな。
客観的に聞いても下手だ。むしろ、この実力でよくオーディションに参加しようとしたな。その肝っ玉の大きさは皮肉ではなく評価できる。そのあたりが勇者たる所以なのかもしれん。勇者として生きるには、はったりみたいなものも必要となってくるだろうし……。
しかし、情操教育には不適!
このままでは音程がずれている子供になってしまう気はする。
「アンジェリカ、前よりも上手になってる気がするわ。頑張りなさいね~!」
「うん、ママ! 私、もっと上を目指すわ!」
あっ! レイティアさんの褒めて伸ばす教育なせいか!
子供を否定しまくる毒親よりはいいが、もっと得意なところを伸ばしたほうがみんな幸せになれる気がする。
それと、歌が下手なままゴリ押しで続けても、上手くはならないので、きれいに歌える歌唱法みたいなものは身につけないとダメだぞ……。
「アンジェリカ、父親として、正直に言うぞ。ワシはもう逃げたりはせん。聞いてくれるか?」
「何よ……言えばいいじゃない……」
この反応は自覚があるのか? いや、自覚があるならあんなに堂々と歌わないか。
「――お前、歌が下手だ」
言うのに躊躇もあったが、言わないとはじまらないので言った。
「えっ……? それはどれぐらい下手ってこと? 歌手というほどじゃないってレベル? 我慢すれば聞けなくもないレベル? これは平均点以下ってレベル?」
こいつ、比較的ダメージの少ない返答を期待しているのが丸わかりだぞ。
「平均点を五十点とすると、お前は二十点ぐらいだ」
アンジェリカがテーブルに両腕を置いてうなだれた。
「そんな……。セレネは個性的な歌って言ってくれたし、ナハリンも前衛的な歌だって褒めてくれたのに……」
「それ、どっちも評価する時に使う表現ではない」
勉強のできる・できないは客観的に把握しやすいが、歌みたいなものは自覚症状がないから、なかなか厄介ではあるな……。
しかし、音痴だと赤子に悪影響になるから、一切歌うなというのも問題がある。
親としてあまりいい対応ではない。どうしたものかな……。
「赤ちゃんに悪影響が出たら困るから歌はやめるわ」
よかった。素直に折れてくれた。
「休日に外に行って歌うことにするね」
それはそれで近所で噂になったりせんかな……。
アンジェリカはあっさりと自分の部屋に戻っていった。
おかしい。いつもと違って、引き下がるのが早すぎる。
あいつ、また、何か計画しているのではないか。あいつのやる気はこんな程度では冷めないはずなのだ。
そして、ワシの予想は当たった。
アンジェリカはすぐに部屋から出てきた。
「じゃーん! 今度はこれで試すわよ!」
アンジェリカの手にあるのは木製の横笛だった。
「私、フルートなら演奏できるの。吹かないと開かない扉があるダンジョンもあったし、覚えるしかなかったのよ」
なるほど、冒険者に必須の教養だったのか。
もっとも、横笛の演奏ができると言われても、まだ信用がおけないというのが本音だった。
どうせ、また音が出ないとか、出たとしても不協和音だとか、そういったことなんじゃないか?
でも娘が試す前から否定するのもよくないし、言うのはやめておこう。千に一回ぐらいはいい意味で裏切られることもあるかもしれんし。
「魔王、口にしなくても表情がすべてを語ってるわよ。どうせ成功しないだろうって顔に書いてある」
「そ、そんなことはないぞ……!?」
「さすがにわかるわよ。隠さなくても怒らないし。歌が下手なせいで説得力がないのは私の責任だし……」
言わなくても、伝わってしまったら意味がない。
いや、しかし、以心伝心と表現できなくもないし、悪いことだけではないのかもしれない。親子で気持ちが通じているのだ。うん、ポジティブにとらえることにしよう……。
「この笛の演奏で汚名を返上してやるわ!」
剣のようにアンジェリカは横笛をかまえた。
少なくとも、そういう持ち方ではないと思うが、大丈夫なのか?
あっ、ちゃんと横に向けたな。縦にしたのはただのポーズか。
「それじゃ、やるわよ。フルートは本当に自信があるんだからっ! ちゃんとセレネもナハリンもフルートは個性的とか前衛とか言わずに褒めてくれてたから!」
そんな前口上のあとにアンジェリカの演奏がはじまった。
~~~~~♪ ~~~♪
「おっ、音が出せている。曲として成立している!」
少しにらまれた。あまりにも低次元な褒め方をしたので、かえって侮辱したようになってしまったか。
そんな低次元な褒め方はたしかに失礼だった。
アンジェリカの演奏技術はなかなかのものだったからだ。
ただ、曲を演奏できるというところにとどまらず、なんというか表現力があるのだ。
下手の婉曲的表現の「個性的」という意味ではなく、本来の意味での演奏者の個性がそこにはある。
曲も短いものではない。高級料理店での楽師のショーのようだ。
おいおい、こんな特技を隠しておったのか。すごい能力ではないか。もっと早く教えてほしかったと思うぐらいだ。
こんな才能を隠していたのか、アンジェリカ!
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