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141 魔王、打楽器に限界を感じる

「だいたい、その曲、何なの? 血沸き肉躍る感じがあるわよ」

「これは『出陣』という曲だ。かつて魔王が軍勢の士気を高めるために作曲したという伝説が――」

「じゃあ、ダメじゃん! 生まれる前から戦闘モードに慣れさせてることになるじゃん! 血の気が多い子になるし!」


 アンジェリカに言われて今更ながらに気づいた。

「ほんとだ」


 こんな激しい曲は向いていない。乱暴な奴に育つかもしれんし、そこまでいかなくても、落ち着きがない子になるかもしれん。

 音楽といってもいろいろあるので、情操教育に不向きなものもたくさんある。伝統音楽なら、教養の一部だし、いいだろうと思い込んでる部分があった。


「なら、ほかの曲をやろう。それならいいだろう……。一曲しかできないわけではないからな」

「待って。事前に曲名だけ教えて」

「『剣闘士』、『血祭』、『怒れ、そして敵を裂け』」


「絶対にダメなやつでしょ。打楽器だから勇ましいのに特化してるのよ!」

 楽器のジャンルの時点で不利だと!?

 その時点で否定されてしまうと、対処法がないぞ!


「なんか、嫌な予感はしたのよ。見るからにおぞましいし、優雅さと対極にあるのよ。やけに骨みたいなのもついてるし」

「これは狩りで仕留めた動物の骨だと言われている。太鼓も狩りで仕留めた動物の皮を使って造られているとか」


「由緒からしてダメでしょ。明らかにボツだわ」

 ワシは愕然としてうなだれた。

「お前の言葉が正しい……」


 これでは仮に効果があっても、むしろ冒険者を目指すような性格の子供になる。


 あまりに気弱でも将来魔王になる時などによくないのだが、今のご時世、あまりに攻撃的な性格のほうが苦労すると思う。それと、あまりに乱暴な奴はえてして実力は今一つだと相場が決まっている。本当に強い奴ほど、性格はおおらかだったりするものである。


「わたしは聞いてて楽しかったわよ。体が動き出しそうだったわ~」

 レイティアさんは褒めてくれるが、それではダメなのだ。


「レイティアさん、おそらく体が動き出しそうな曲では情操教育には向かないのです……」

「魔王も理解したようね。もっと、こう、演奏会でじっと座って聞くような曲でないといけないの」

「そんなものはワシにはできん。こなせる楽器は打楽器のみだ。お手上げだな」

 この太鼓はまた送り返す手続きをしよう。


 だが、アンジェリカがぽんぽんとワシの肩を叩いた。

「魔王、諦めるのはまだ早いわ。情操教育という考えそのものは悪くなかった」


「しかし、打楽器でドンドコやっても優雅な曲にはならんぞ。弦楽器は使えん。手が大きいから、向かんのだ。笛も穴を指一本で二箇所押さえてしまうので、できん」

 小柄な種族のほうがああいう楽器の演奏は楽そうだ。



「楽器というモノを使わなくてもできる音楽があるでしょ。頭を使いなさい」

 アンジェリカが自分の頭を人差し指で叩く。こいつに頭を使えと言われるの、そこそこ屈辱だな……。


「楽器を使わずに奏でる……自分の体を叩いて鳴らす、とか?」

 腕をばしばし叩いたら、いい音がした。

「違うわ! 全然違うわ!」


 まあ、ワシも違うだろうなと思っていた。

「それは、歌よ」

 アンジェリカは自信を持って、そう言った。


「美しい歌で赤ちゃんにいい効果をもたらすの。これなら、楽器が扱えなくても誰でもやれるし」

「たしかに! アンジェリカ、ワシもその策に乗ろう!」

 それにしてもアンジェリカがこうも協力的とはな。

 家族の結束が強くなってきたということか。


「赤ちゃんにいい歌をたくさん聞かせて、おどろおどろしい魔族の要素を減らすにはやぶさかではないわ」

「お前、親に向かって失礼だぞ」

 だいたい、お前のほうがワシよりはるかに血の気が多いではないか。


 とはいえ、利害が一致しているのは事実だ。

「よし、手始めに、魔族の中で人気の歌を聞かせてやろう。ワシの世代の魔族なら誰でも歌えるような歌だ」

 ワシは軽く太鼓でリズムをとりながら歌いはじめた。


「今日も冷たい雨が降り続いてる♪ 君と別れてから三日目だね~♪ もう心にもカビが生えてきそうさ♪ 外に出てびしょぬれになったら花が咲くのかな♪ oh~ooh~♪」

「ストップ、ストップ! 魔王、ストップ!」

 アンジェリカが右手を握り締めて止めろのポーズをとった。


「これは名曲『冷たすぎる雨』だぞ。聞くだけで我が青春がよみがえりそうだ。ワシの世代はみんな歌えると言っても過言ではない」

「内容も曲名もメロディーも暗いから! 闘争本能は刺激しないかもしれないけど、もっと明るい歌にしなさいよ!」


「そうか。もっとポップなもののほうがよいのだな。心が浮き立つような歌……」

 だが、自分の歌える流行歌を頭に思い描いて、はたと気づいた。

「ワシの時代、しんみりした暗い曲がやけに人気があったんだよな。『届かない手紙』だろ、『魔人川』だろ、『断崖絶壁の女』だろ。おおかた、暗いぞ……」


 そのあと、何曲か試して、アンジェリカの反応を見たが、ことごとくダメ出しをされてしまった。

「魔族の曲って、そもそも短調ばっかりみたいね。だから、自動的に物悲しくなるのよ」

 国民性みたいなところで情操教育に向いてないことがわかってしまった。

 そういえば、明るく元気の出る曲がまったく思い出せない。いや、元気の出る曲はあるのだが、今度は戦意高揚系のものばかりになるのだ。


「じゃあ、もう、魔族は赤ちゃんにいい要素は与えられんのだな……。諦める……」

 個人の問題ではなく、もっと大きな次元での問題では、どうしようもない。

 しかし、アンジェリカのほうはまだまだやる気のようだった。


「さっきも言ったけど、音楽で子供にいい効果を与えるって発想はいいのよ。明るい歌ぐらいなら、私が何曲も知ってるから問題ないわ。歌のほうは私に任せて」

 アンジェリカの瞳には力強い意志が宿っている。生まれてくる弟か妹には立派に育ってほしいのだな。

 やはり、目的が同じである分、昔ほどの苦悩は感じない。家族が一丸となれば、たいていの困難は打ち破れるのだ!

小説3巻、コミカライズ1巻の発売まであと10日ほどとなりました! 自分も待ち遠しいです!

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