140 魔王、ビートを刻む
ワシは早速、城に行くと自分用の楽器を郵送する手はずを整えた。
郵送担当者が、楽器を丁寧に梱包していく。楽器を運ぶのには骨董品などのように、慎重さが求められるからな。城にはその道のプロがちゃんといるのだ。
だが、ワシがその様子を見守っているところに、足音が近づいてきた。
振り返る前から誰かわかった。ワシに物怖じせずにまっすぐ落ち着いた様子でやってきているのだから、あいつしかいない。
「あの、魔王様、この楽器類は魔王が継承するもので、あまり城からの持ち出しは推奨されてないのですが」
やっぱり、トルアリーナだ。そして、やっぱり文句を言ってきたか。言ってくるとは思っていた。
「持ち出しがよくないとされていたのは、魔王がこの城に住んでおったからだろう? 今のワシはこことは違う場所に居を構えている。ならば、そこに楽器を運んでも問題はないはずだ」
「それはそうかもしれませんが、貴重なものですからね。あちらのご自宅への移動も避けたいのですが」
「ワシの扱いはそこまで乱暴ではない。演奏に関しても音楽の担当官からびしばししごかれて、それなりのものだ」
由来はよくわからんが、魔族の世界では、高貴な者は音楽もできないといけないということになっている。貴族のたしなみみたいなものだろう。
とくに魔王やその側近みたいなクラスになると、自分が戦う時に使う専用の曲を作ったりもする。ワシも自分用の曲を持っている。さすがに作曲までいくと、音楽家に手伝ってもらうが。
「いえ、魔王様の取り扱いは心配しておりません。梱包作業も専門の者がしているから、大丈夫でしょう」
「じゃあ、何も問題などないではないか」
トルアリーナは何を言いに来たんだ? 全部、クリアできておるぞ。
そこで、トルアリーナが暗い顔でうつむいた。
「あのおうちには皇太子もいらっしゃいますよね。あの方がぶっ壊しそうだなと……」
アンジェリカの問題か! その発想はなかった!
「本当だ……。ワシも怖くなってきたぞ……」
「そこは気をつけてくださいね。壊れた楽器に回復魔法をかけても効き目はないのですから」
「うん、やれる範囲で善処する」
触ったら呪われるだとか、テキトーなことを言って、アンジェリカが触らないようにしよう。
「善処ではなくて、確実に大丈夫なようにしてください」
「そこは確約できん!」
勇者という生き物は魔王の斜め上の行動をとってくるのだ。
●
ワシが帰宅すると、ダイニングの隅に楽器が運び込まれていた。
「あなた、おかえりなさい。お昼過ぎにそれが届きましたよ」
台所からレイティアさんが声をかけてくる。
「はい、これで音楽のある生活を実践してみようかと思いましてな」
台所のレイティアさんにもよく聞こえることだし、試してみるか。
「では、早速簡単な曲からやってみます」
ドンドコ、ドンドンドンドン、ドンドコドンドンドンドン、ドドドドドドド……ドドン。
「はぁっ!」
この叫びみたいなのは合いの手的なものだ。
ドゴドゴドゴドゴ、ドドン、ドドン、ドドドドドド、ドドドドドド、ドンドンドンドン。
「ふおあぁっ!」
ただ、叫んでいるだけのようだが、この発声法もいろいろと決まりがある。
ドコドコドコドゴドゴ、ドンドコドンドンドン、ドンドンドドド、ドンドドド、ドンドン、バンバン、バン、ドドド、ドドンドド。
「ふあーっ! ほーっ! てぇいっ!」
「うるさーいっ!」
アンジェリカが自分の部屋から怒鳴り込んできた。
「帰宅したと思ったら、何をやってるのよ! ドア閉めてても、重低音が無茶苦茶響いてくるわよ!」
「お前には芸術の素養がないのか。これはこういう曲なのだ」
そんなに下手ではなかったはずだ。その証拠にレイティアさんが台所から「上手だわ~」と拍手を送ってくれている。
この曲は魔族の士気をおおいに高める神聖な曲であり、ワシが得意とするものでもある。
「グロテスクな顔がついてる怪しいものが運び込まれてると思ったけど、それって太鼓だったのね。叩く場所もよくわからなかったんだけど」
「お前には、これが楽器にすら見えんかったのか」
「気持ち悪い顔をしたオブジェに見えるわよ。そのオブジェのおなかみたいなところを叩いて鳴らすのね……」
「これは手打ち太鼓という、魔族に伝わる伝統楽器だ。祭礼などでも大活躍する。ちなみに苦痛にうめている顔の部分はグロテスクだが、こっちの面には笑ってる顔もついてあるぞ。一個の太鼓で喜怒哀楽の様々な感情を表現しておるのだ」
「いちいち、見せてこなくていいわよ! 情報として知りたくもないわ!」
無茶苦茶、アンジェリカからウケが悪い。
興味津々で、「私にもやらせて、やらせて!」と叩きに来られても怖いが、ここまで否定的な対応をされるのも悲しいものがある。
「それ、邪魔だから早く片付けてよ。外にでも出して」
「そんな風雨にさらされるようなところに置けるわけがないだろう。これはとっても貴重な楽器なのだ。室温だけでなく、湿度にも気をつかって保管する」
「まあ、保管だけなら百歩譲って許すけど、うるさいから練習は休日に外でやってね」
「いや、それでは意味がない。これで生まれてくる子供の情操教育をするのだ」
アンジェリカがものすごくあきれた顔になった。
「ああ、そういうことね……。納得がいったわ」
「なんだ……。言いたいことがあるならはっきり言え……」
「急に演奏をはじめたと思ったらそういう意図があったわけね。いかにも魔王が考えそうなことだわ」
「別に子供のことを考えてのことだからよいだろうが。音楽があふれる素敵な家庭にするのだ」
「多分だけど、情操教育用の音楽って打楽器主体でやる曲じゃなくて、メロディー主体のものよ」
かなり本質的なことを指摘された気がする!
「そんな悪趣味な太鼓で、どれだけ演奏しても無意味だと思うわ。むしろ、逆効果かも」
ワシは魔王に代々伝わる手打ち太鼓一式に視線を落とした。
いや、ワシ、打楽器しかできんのだけど……。
魔王は古来から打楽器担当なんだけど……。