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魔王です。女勇者の母親と再婚したので、女勇者が義理の娘になりました。  作者: 森田季節
魔王、義理の娘と山に行って親睦深める作戦に出る編
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14 同じ弁当を食う

 入山してから約一時間後、モンスターとは別個の問題が発生した。


「あれ? この先、道が途切れてるわ。ただの崖しかない……」

「むっ……。おかしいな。この道で正解ではないのか……?」

 端的に言うと、道に迷った。


「もう、魔王、地図持ってるんだったら貸しなさいよ」

 アンジェリカはワシから本をひったくった。


「まず、言葉が魔族語でよくわからないけど、それ以前の問題として――――地図が載ってないし!」


「ああ、それは『魔族の登山ルート百選』という本だ。そんな難関のコースは対象としてないから、『登山道入口から約三十分⇒展望休憩所、ここから四十分⇒悲嘆峠への分岐点 ここから一時間⇒頂上』みたいな形でおおかたのフローチャートしか書いてない。文章はそれの補完だ」

「それで、きっちり、迷ってるんじゃないの? 少なくとも間違えてるからこそ、こんな何もない道に突入してるわけよ。引き返すわよ……」


「そうか……。しかし、この程度の崖なら下っていく道が正規ルートの可能性もありえないこともないかも……」

「崖を進むなんて聞いたことないわよ! 戻るわよ!」


 ワシとアンジェリカは道を引き返した。

 ――そして、さらに迷った。


「おかしい……。どっちから来たかすらあいまいになってきたわ……」

「このあたり、平坦だから下りか上りかもわからんな」

 ワシとアンジェリカはどちらに進めばいいかもよくわからなくなってしまった。

 しかも、迷っている間にもアンジェリカを狙って、モンスターが来襲してくる。さっきもスタンピード・ボアが一体出てきて、なかなかの激戦になった。


「もう、これ、登山というより、立派なダンジョンよ……」

「そうかもな……。人間の価値観で言うと、そのようにとらえてよいかもしれん……」


 ワシも今まではあまり気にしてなかったが、魔族の土地はどこもかしこもそれなりに危険が多い。この山も道が複雑だ。


「しかも、モンスターがそこそこ強いのよ……。王国の山でもモンスターも野生動物も出るけど、こんなに強くないわよ」


「うむ、弱いモンスターはむしろ人間の土地へと逃げていった節があるのだ。魔族の土地では生き残れんからな。魔族の土地のほうがモンスターが強めの傾向にあるのはそのせいだ」

「よくそんな土地で暮らしたいと思うわね……」

「だから、魔族でもきついと感じたものは人間の土地へ逃げていくのだ。でないと、魔族の本拠地に近づくほど、敵が強くなる理由が説明できんだろ」


「じゃあ、王国のほうに進出してた魔族って落伍者なの!? なんか切ないわね!」


 アンジェリカの頬に汗が垂れている。

 登山でほどよく汗を流すことを想定していたが、そういう汗じゃないな、これ。九割以上、戦闘によるものだな。


「どうする、アンジェリカ? 引き返すのでもいいぞ。なにせ、ワシは――」

「いいえ、やるわ」

 アンジェリカがワシの声をさえぎった。


「ダンジョンだと考えれば泣き言も言ってられない。ダンジョンを攻略するのが冒険者の仕事なんだから。まだまだ行くわ」

 アンジェリカの瞳は曇っていない。むしろ、気合いが入りなおしたように輝いている。

 さすが勇者といったところか。苦境に陥ったからといってすぐにめげたりはしないのだな。


「わかった。ならば、このまま行くとしよう」

「その代わり、魔王も援護してね。回復魔法は私も多少は使えるけど、魔力はそんなに多くないから」

「心得た。お前は剣を振るうことに専念しろ」


 これまでで一番、娘との距離が縮まった気がした。

 そうか。戦闘というのも、また極限状態の一つ。

 そこで、二人で行動を共にすることで一種の友情めいたものが芽生えるのかもしれん。


 楽しげな会話というのが増えたわけではない。むしろ、モンスターの物音を察知するためにも口数は少ないことが求められる。

 しかし、娘とのつながりは増している。


「娘よ、前方から、ヨミノツカイアゲハとハカアラシトンボが来ている」

「アゲハは毒があるから魔王でやって。私はトンボをやる」

「了解した」

「それと娘って呼ぶな――と言いたいところだけど、名前だと長いから戦闘中は許可するわ」


 ワシとアンジェリカはなかなかいいコンビネーションを見せた。


 次第に山の道もわかってきた。迷いつつではあるが、確実に頂上へと近づいている。


 そして、見晴らしのいいところに出たあたりで――

 アンジェリカの腹が鳴った。

 なかなか豪快な腹の虫だった。


「お昼、まだだったわね……」

「よし。弁当を開けるか。レイティアさんお手製の弁当、楽しみだ」

「ああ、魔王もママに作ってもらってたのね。そりゃ、そうか。一人分用意するのも二人分用意するのも大差ないものね」


 ワシとアンジェリカは景色を見ながら弁当を広げた。雄大でおどろおどろしい山並みがよく見渡せる。


 ちなみに弁当の中身は同じだが、量はワシのほうがだいたいアンジェリカの三倍ぐらいある。アンジェリカが小食だということをレイティアさんも見抜いているのだろう。


「おお、サンドイッチと、デザートには色とりどりのフルーツが! やはりレイティアさんは華やかだな。センスがある!」

「そこまで絶賛することじゃないと思うけど。でも、魔王は長らくお弁当なんて作ってもらってなかったからしょうがないか」


「うむ。前の妻はあまり料理が得意ではなかったしな。職業柄、会食が多くて弁当を作ってもらう機会そのものが少なかった」

「あっ……余計なこと思い出せちゃったかな……。ごめん……」


 アンジェリカにもデリカシーというものがあるのだな。

「謝る必要などどこにもないぞ。どんな存在にも過去はあり、別れもある。それに過去の話をしたのは、ワシのほうだ」


 女勇者と同じサンドイッチを食べるというのも不思議な縁だなと思った。

「味のしみた甘辛い肉がパンにはさんでいるやつが、とくに美味い」

「ああ、それ。ママの得意料理なの。お酒の肴にもいいらしいわよ。私はお酒飲んだことないからよく知らないけど」


「たしかに。それと、お前はあと五年ほど酒は我慢しろ。どのみち、そんなに勧められんのだが。人間はアルコールの分解能力がしれているからな」

「はいはい。五年後にそのへんのことは考えるわ」


 ああ、いい感じで会話が成立している。

 トラブルも多くあったが、山に来てよかった。ワシの選択は間違ってなかった。


「さてと、食ったし、行くか」

「いや、魔王、食べるの早すぎるでしょ……。いつのまに食べたの?」

「魔族にとっては、これぐらい普通だが」

「明らかに人間の速度じゃないわ!」


 うむ、同じ弁当を食べて、娘との距離も縮まった。

「目指すは頂上あたりにあるとされる伝説の剣だな」

「ええ、もちろんよ!」

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