139 魔王、音楽を取り入れようと思う
今回から新展開です! よろしくお願いいたします!
最近はレイティアさんと夫婦の部屋で過ごすことも増えてきた。
一言で言って、たいへんよいことだと思う。
今日もワシは風呂から上がると、夫婦の部屋でくつろいで過ごした。
魔族の統計の本を読む。この手のものは絶対に眠くなってくるので、夜に読むのがちょうどいいのだ。アンジェリカだと、三分で寝ると思う。
そこに同じくお風呂に入っていたバスローブ姿のレイティアさんがやってくる。
「いいお湯でしたよ、あなた」
「いやいや、それはよかったですな」
そのやりとりのあと、ワシは椅子に座って本の続きに戻る。
毎日、顔を合わせているのだし、常にしゃべり続ける必要もない。
そう、つまり、ワシらは黙っていると気まずいという時期はとっくにクリアしているのだ!
多くの言葉はいらない。でも、ちゃんと相手をわかりあえている。これこそ真の夫婦というものではないだろうか。
あと、やはり、この部屋はくつろげる。ダイニングだと広々としすぎているのもあるし、ぶっちゃけアンジェリカがうるさいのだ……。
声も大きいが、それだけではなく、存在感が一般人五人分ぐらいある。そのあたりも勇者のカリスマ性と言えなくもないのだが、そういう者が同じ空間にいると、地味に精神力を消耗するのだ。魔王のワシでも疲れを感じるって相当だぞ。
なので、夫婦の部屋での憩いの時間というのは一層素晴らしい。本当にずっとこうしていたいぐらいだ。この部屋での一年が外の世界での一日みたいなことにならんかなあ。
いつのまにか、本を読むのが止まって、変な考え事に移っていた。それだけ本がつまらないのだ。データがひたすら書いてる本を面白くするのも難しいからしょうがないが。
と、レイティアさんもベッドに座って本を広げていた。
「何をお読みですかな?」
ワシは椅子から腰を浮かせて、顔を少しレイティアさんのほうに近づけた。
「こんな本ですよ~」
その本の表紙には卵の絵とともにこんなタイトルが載っていた。
『たまごギルド ~もうすぐ赤ちゃんが生まれるママ向けの情報満載~』
妊娠してる人用の本か!
「二人目ではあるんだけど、アンジェリカの時はずっと昔だったし、もう一度勉強しなおそうと思って~」
「大変素晴らしい心がけかと思います。人間の世界にはこんな本も売っているのですな」
「あら、魔族の世界にはないんですか~?」
このレイティアさんの反応からすると、少なくともマスゲニア王国では一般的な本であるらしいな。
「おそらくですが、魔族は人間と比べるとはるかに体が丈夫なものが多いので、あまり注意をしなくてもいいのでしょう。たとえば妊娠中はあまりお酒は飲まないほうがいいと人間では言いますよな」
「はい。お酒が子供に悪影響を与えると言われてますよ」
「魔族だと、それぐらいでどうこうということはないんです。大きいおなかで走り回ってるような妊婦もたまに見ますし……」
魔族の妊婦も赤子も、人間より強いということだろう。
「あっ、育児休暇制度はしっかり整備しておりますからな。その他、保育園なども誰でも入れるようにしております」
このあたりはワシの功績だ。ちゃんと政治の面でも働いてるのだ。勇者と戦うのは魔王の仕事の一パーセントほどである。
あの魔王は子供がいないから、子供がいる家庭のことをわからないのだとか陰口叩かれるの嫌だったしな。そこは手厚くした。
ただ、長命の魔族の場合、子供の期間もかなり長いから、職場との接点が切れないようにどうするかなんて課題も多かったが……おおむね好評に運用されている。
「じゃあ、あなたの血が入っているから、元気な子になるわね」
レイティアさんがおなかをさする。
「でも、しっかりおさらいはしておくべきだから、もう少し勉強するわ。また、アンジェリカみたいなおてんばになると、あなたも大変そうだし」
「それは、ぶっちゃけ大変なので、気持ちもうちょっとおしとやか気味に育てましょう」
レイティアさんはもちろん冗談のつもりで言って、微笑んでいるのだが、かなり重要な問題である気がしてきた。
アンジェリカ二人を育てるのはかなり疲れるぞ。
別に不愉快というわけではないし、ああいう子供も割といると思うが、確実にストレスはたまる。
もっとも、こんな勉強熱心なレイティアさんを見ていれば、そこまで心配しなくともよいかもしれん。絶対にいい子に育ってくれるだろう。
「ちなみに、それにはどんな記事が載っているんですか?」
「じゃあ、あなたも見てみたら?」
レイティアさんがぽんぽんとベッドの隣側を叩いたので、ワシもそこに座る。
「『妊婦さん向けの栄養を考えた食事』、これは、まあ、基本ですな。次の特集は『体に負担の少ない眠り方』ですか。なるほど、なるほど」
だが、次の特集ページでふと目が留まった。
『賢い子供に育てるために心地よい音楽を聞かせよう』
そう書いてある。
音楽か。そういえば、情操教育に音楽がいいなんて話を聞いたことがあるな。
記事には『落ち着きのある理知的な子に育てたいなら、母体にあるうちから素晴らしい音楽を聞かせましょう。自然と家庭にも笑顔が花咲くはずです』とある。
表現がうさんくさくもあるが、優雅な雰囲気の家庭に生まれれば、その影響を受けないほうがおかしいから、つながりはあるのだろう。
あと……この家の場合、アンジェリカがいるからな。
かなり教育に気をつかわないと、アンジェリカの影響を受けて、がさつに育ってしまう可能性は高い。普通の家よりもずっと高い。それはよくない!
「音楽ね~。わたし、楽器は全然できないわ~」
レイティアさんがふうっとため息をついた。
「できないものはできないわね。今から覚えようとしても、出産の時には中途半端な実力のままだろうし。いい子に育つ効果があるって書いてはいるけど――」
「ワシがどうにかします。任せてください!」
ワシは強く断言した。
生まれてくる子供のために努力は惜しまんぞ!
「あなた、楽器は弾けるの?」
「はい。少しばかりなら心得もありますので。楽器類はここにはなくて城にあるのですが、明日にでも持ってきましょう!」
しばらく音楽の演奏からは遠ざかっていたが、我が子のためだ。妥協は一切しない。
見事な音楽を我が子に聞かせてやろうではないか!
章タイトルはネタバレ回避のため後になってからつけます。
もうそろそろコミカライズ書影が発表されるはずなので、小説3巻書影と一緒に公開する予定です。お待ちください!