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138 魔王、親同士の苦労を感じる

「わたし、サイコスはご覧のように男です」

 ご覧のようにと言われたら、姫様だぞ。主張にツッコミを入れるような野暮なことはせんが。


「なので……好きになるのはあくまでも女性なのです」

 ああ、女装しているからといって、男が好きになるとは限らんと、どこかで聞いたことがある。


「ですが、一方で、たおやかな女性は好きにはなれないのです……。自分がこんな様子なのであこがれることがないのです。どうせなら、武勇にすぐれた方と伴侶になりたいという気持ちでいます」

 だから、強い女性がいいのか! いろいろと屈折してるな!


「それで……アンジェリカ様のことが目に留まり、ぜひ一度お会いしたいと思った次第です」

 屈折はしているが、自分の気持ちを素直に告げられたという点は立派だ。


「かなうならば、アンジェリカ様の婿にしていただけないでしょうか?」

 ただ、その言葉はワシの胃に痛みを与えた。

 やはり、結婚したいとは思っているのか。


 ううむ……。この場合、ワシはどうすれば……。


「父親である私からもお願いいたします。息子はこのような人間であるので、結婚できる可能性のある方が限られてくるのです。貴族の姫君で武勇にすぐれた方となると、そうそういないので……」

 ルーベ侯も頭を下げた。


 そりゃ、あんまりいないだろう。

 姫君のほうも、相手も姫君みたいだと混乱することもあるだろうしな……。


 みんなの視線が自然とアンジェリカのほうに集まっていく。

 ワシも祈るような目でアンジェリカを見ていた。


 ふぅ、とアンジェリカはため息をついてから――


「ごめんなさい。悪いけれど、私はまだ結婚する予定はないわ」

 よかった! 邪神への祈りが届いたのかもしれん!


「いきなり好きと言われても、あなたは私がどんな性格かも全然知らないわけだし、あこがれだけで結婚相手を決めるのはよくないわよ。あとで幻滅するかもしれないしさ。そこはもっと慎重になるべきじゃない?」

 アンジェリカらしからぬ正論だった。


「それに、私もあなたがどんな人かわからないことばかりだしさ。貴族の間では事前に結婚相手を決められるのだって珍しくないんだろうけど、私は価値観があくまで冒険者なの」

 たしかに冒険者の中では恋愛結婚ということが自然なのか。


 それにダンジョンという命懸けの場所で生きているから、人間の本性を見る機会が一般の職業よりずっと多い。その分、相手を自分なりに知ったうえで結婚相手を決めるというケースも多くなるのだろう。


「そうですか。そうですよね……」

 サイコス姫(もう、ややこしいので頭の中では姫と呼ぶ)は自嘲気味に笑った。

 こちらはこちらでダメ元でのアタックだったようだ。


 そこにアンジェリカはさっと立ち上がって、手を伸ばす。

 サイコス姫のほうに。


「まっ、でも、友達になってということなら、やぶさかではないわ。せっかくここまで来たんだし、武勇伝ぐらいはいくらでも聞かせてあげるけど」

 その表情はなかなか男前だった。


 ああ、アンジェリカは冒険者だものな。

 突発的な事態に遭うことも慣れている。

 ワシが思っていた以上にピンチにもトラブルにも、アンジェリカは強いのかもしれない。


「あ、ありがとうございます!」

 サイコス姫もその手を握り返した。


「じゃあ、部屋を移動して、二人で話さない? 空いている部屋はある?」

「わかりました。案内いたします!」

 二人は部屋を出て、どこかに向かっていった。


 ちょんちょんとレイティアさんがワシの腕をつついた。

「ねっ? あの子に任せておいても大丈夫だったでしょう?」

「ですな。レイティアさんとワシとのアンジェリカの親歴の違いを感じました」

 ワシよりはるかにレイティアさんはアンジェリカのことを理解している。だから、たいして心配もしていなかったのだ。


「お二人とも、今回はご迷惑をおかけいたしました」

 ルーベ侯はこっちの親二人に頭を下げてきた。

「あきれて帰られても仕方のないところ、このように穏便に対応していただけてありがたいです」


「いえいえ、子供で苦労している方のことはよくわかりますのでな」

 どれだけ偉くなっても家庭問題というのは大変なものなのだ。


 三時間もアンジェリカはサイコス姫と話をして、帰途についた。

 といっても、帰りは空間転移の魔法ですぐに自宅の前に戻っただけだが。


「ああ、もっともっと武勇伝を聞かせたかったんだけどな~」

「お前、一方的に話をして、相手を幻滅させなかっただろうな……?」

 自慢話をずっと続けるのはマナー違反だぞ。


「それぐらいは注意してるわよ。それに、今回の相手は私のファンみたいなものだし」

 ファンか。

 案外、そう間違いでもないのかもしれない。


「私も勇者なのよね。人のあこがれにもなれてるんだって、久々に知ったわ」

 アンジェリカにも改めて勇者としての自覚が生まれたということか。


 やきもきはしたが、人との出会いは人を成長させるのだな。


「ねえ、ところで魔王、ちょっとお願いがあるんだけど」

「ん? なんだ?」

「今度、サイコスに会った時に、私が魔王をあと一歩のところまで追い詰めたって設定で話をしていい? 返り討ちにされたっていうんじゃ、締まらないからさ……」

 ずうずうしいことを言ってきた!

 本気で捏造した話をするつもりか!


「ウソはいかんだろう! 勇者なんだし、そこはありのままに話せ!」

「だって、相手は私のファンなのよ! それが全然かないませんでしたっていうんじゃ、ファンを幻滅させるじゃない!」

「それでもウソはダメだ! 収拾がつかなくなって、また新しいウソをつく破目になったりするからな!」


 ドアの前でそんなやりとりをしているワシらをレイティアさんが笑って見守っていた。


「まったくいつもどおりだったわね~♪」


 そう、すべてはワシの取り越し苦労だったというわけだ。まあ、取り越し苦労でよかった。


 その晩は、何も変わったことのない夕飯を家族でとった。

 最終的な収支としては、アンジェリカにファンが一人できたことだし、よい一日だったのではないだろうか。


 願わくば、当分はアンジェリカへの見合いの話などは来ませんように……。



魔王の娘、お見合いをする編はこれでおしまいです。次回から新展開です!

そして、7月中旬にはコミカライズ1巻と小説3巻が出ます!

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