136 魔王の一家、お見合いの場に赴く
「うん、アンジェリカ、とってもかわいいわ~。お姫様みたい! 貴族の人と会っても、ちっとも違和感がないわ~」
レイティアさんは今日も褒めまくっているが、レイティアさんは心にもないお世辞を言う人ではないので、本当にアンジェリカが美しいということだ。
それにアンジェリカもレイティアさん譲りの美貌は兼ね備えている。がさつな冒険者の要素があって、普段はそれが曇っているだけだ。
だが、今日は娘が美しいほうが不安と言えば不安だ。
「でも、サイコスって人、どんな人物なのかしら」
アンジェリカがワシのほうに顔を向けた。
「私も個人的に調べてはみたけど、本当に箱入り息子っていうか、情報が出回ってないのよね」
アンジェリカも冒険者なので、情報収集は一般人よりずっと得意だ。あるいは盗賊のジャウニスあたりのコネクションを使って調査したのかもしれない。
「わからんのはワシも同じだ。人間のことは、アンジェリカのほうが調べるのも有利だろう。ワシだけが知っているような情報はとくにない。ただ、いくつかの想定はできる」
「どんな? どんな?」
アンジェリカが馬車の向かいの席から、体を乗り出してきた。
「ほとんど外に出ていないということは、病弱なのかもしれん。蒲柳の質というやつだな。十五歳ということだから、幼い頃からあまり頑健ではないのだろう」
「病弱だったら、私と話は合わなそうね。毎日、家で読書をしていますってキャラとは話題が噛み合わなそう」
うん、噛み合わなくて破談なら、それはそれでいい。
とはいえ、相手が病弱であることを祈るのは、一種の呪いのようで、あまりいいことではない。そういうことは考えないようにしよう。
「病弱だからこそ、冒険者にあこがれているという線もあるな」
「あ~。私の武勇伝を聞きたいってことね! よーし! その場合は魔王を倒した話をじっくりしてあげよ!」
「お前がワシを倒したことないだろ!」
過去を捏造するな。
「とにかく、もうすぐすべてが明らかになる。お前がしっかりと見極めろ」
「うん……。確率が高いとは思ってないけど、結婚するかもしれない人と出会うって考えると、変な気分……」
アンジェリカも柄にもなく頬をわずかに赤らめた。
ワシも妙に体がむずむずした。
今日すぐ結婚ということはないだろうが、意気投合して一年後に婚約だなんて話になることはありうる。
あまり具体的に考えるのはよそう……。それにいくらなんでも先走りすぎだ。
やがて、馬車は別荘に着いた。
別荘と言っても、さすが大貴族。白亜のちょっとした宮殿と言っていい。
しかも、丘にあるために、遠くに海を望むこともできる。
保養施設としては完璧だと言ってよかった。魔族にとっては、少しばかり日差しが痛いほどだが。
ワシらは当然、丁重にもてなされた。
まず、家族用の控えの間に通される。こういうのは到着してすぐに会いましょうということにはならない。服を調える時間なども必要だからな。アンジェリカも別室でレイティアさんとともにドレスの最終調整をしていた。
でも、隣の部屋なので声は聞こえてきた。
「ええと……本日はお日柄もよく、大変素敵な日でありますことですわ……」
「アンジェリカ、不自然な感じが出てるから、いつもどおりの口調でいいわよ」
「貴族の女性って語尾がザマスになるんだったっけ?」
「それ、何かの誤情報だと思うわ」
付け焼刃にしても、もう少ししっかりやれよ! そこまで不十分なんだったら試そうとするな!
「アンジェリカ、レイティアさんの言うとおり、いつもどおりでいい! どうせ、相手も冒険者と知ったうえで会いたいと言ってきているのだ。口調のことなど気にはせん! 変に礼儀正しかったら、こいつ、キャラを作ってきたなと思われるぞ」
「ああ、うん、わかったわ――って、盗み聞きしないでよ!」
「声が聞こえてくるんだから、しょうがないだろ!」
娘のお見合いの前なんだから、娘の声は気になる。不可抗力だ!
そこに使者がやってきた。ワシらの家に来た時と同じ男だった。
「こちらは準備が整いました。魔王陛下のご家族もご用意ができましたら、お申しつけください」
「うむ、こちらも大丈夫だ。……アンジェリカ、大丈夫か?」
「モチのロンよ」
お見合いで使うべき表現じゃないぞ、それ。
いよいよ、アンジェリカがサイコスという男と会う。
落ち着け、落ち着け……。
余計なことを考えるな……。ワシは会場を俯瞰するつもりでいるべきなのだ。
●
ワシら家族は会場の間に入った。
前に広いテーブルが中央にあって、その奥に向こう側にも通じる扉がある。
すでに目の前には、いかにも貴族ですという豪華な織物の服を着ている、壮年の男が立っていた。
ただ、見た感じ、十五歳の男はまだ部屋にはおらんらしい。
まずは向こうの当主にあいさつをしておくべきだな。
「貴殿がルーベ侯のクマソルーダ四世殿ですかな? ワシは――この角を見ればすぐわかるかと思うが、魔王のガルトー・リューゼンです」
「いやはや、魔王殿、このたびは遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。私の息子が勇者のアンジェリカ嬢にお会いしたいと申しておりまして……」
向こうの貴族は少し、いや、かなり恐縮気味だった。
魔王という立場上、相手に恐縮されることは多いのだが、どうもそれだけではないようだ。
「息子はずいぶんと変わり者でして……もちろん、話にならないということであれば断っていただければけっこうです。ただ、多少は気が合うと思っていただけましたら、婚約者などとだいそれはことはお考えになられずともけっこうですので、友達として遇していただければありがたいですな……」
むっ、どうやら政治上の問題ではないらしいぞ。少なくとも、向こうの当主が結婚を望んでいる様子ではない。
どういうことだ? ドラ息子に手を焼いているということか?
とにかく、断りやすい環境になっていることはうれしい! ワシとしては助かる!
けど、両想いになられたら、ワシの一存で断るのも難しいし、相手を見ないことにははじまらんな……。
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