134 魔王、娘のお見合いにいろいろ悩む
「うん、アンジェリカがそう思うんだったら、そのとおりにしなさい」
母親らしくレイティアさんはアンジェリカの背中を押す。その声にはやさしさだけではない、娘を奮い立たせるような何かがあった。
レイティアさんは、本当によい母親だ。母親としてやるべきことを絶対に間違えない。
ただ、レイティアさんがこう言ってしまった以上、もはやサイコスという男とアンジェリカが会うのは確実となってしまったな……。
アンジェリカは男慣れしているとは言いがたいし、案外貴族の子供にあっさりなびいたりしないだろうな……?
レイティアさんの料理だというのに、ろくに味がしなかった。
どう考えてもワシの心理的な問題のせいだ。
「ママ、今日のシチュー、味が薄いわよ」
「あ~、お客さんが来て、お塩を入れるのを忘れてたわ~」
味のほうの問題だった!
サイコスという男が見た瞬間、すぐにわかるほどの人間のクズでありますように。
それで、アンジェリカも即座に愛想を尽かしてしまいますように。
娘の幸せを全然望めていないな。
見合いがろくでもないことになれと、ここまでストレートに考えることになるとは自分でも想像していなかった。
父親として、それでいいのかと思うが、まだ結婚するには早い。弟か妹ができる前から結婚が決まってしまうというのは、いくらなんでも早すぎるだろう。
だいたいアンジェリカには恋愛経験がないから相手を見極める能力の怪しいのだ。もうちょっと人生経験を積んでからでも遅くはないのだ。
どうか、出会っても上手くいきませんように!
ワシはその日の深夜、レイティアさんが眠りにつくと、邪神に熱心に祈りを捧げた。
いわば、愛縁祈願の逆のようなご利益がある神だ。
「破れ、壊せ、断ち切れ、破れ、壊せ、断ち切れ、破れ、壊せ、断ち切れ……」
「魔王、ぶつぶつうるさいわよ! 低い声が詠唱みたいに響いてくるんだけど!」
ドアをどんどん叩かれて注意された。
「詠唱みたいなものだから、やむをえんだろう……」
「不吉な夢を見そうだから、やめて! お昼の勤務時間中にでもやってよ!」
邪神への祈りは娘の反対により、中止となった。
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「げほっ、げほっ! 空気が悪い……。悪すぎます……」
職場でフライセがむせていた。尻尾もばたばたそのへんに打ちつけている。あまり能力の高くない魔族にとってはつらいらしい。
「すまんな、確実にワシのせいだ。あんまりきついようだったら、別室で作業してくれ」
アンジェリカがルーベ侯の息子と出会うと決めたことで頭がいっぱいなのだ。
「では、責任をとって私の愛人になってください!」
「舐めるな。どんな責任の取り方だ!」
「じゃあ、給料を少し上げていただけるとうれしいんですが……。家の水道管工事が控えていまして……。古くなったところが詰まったらしくて……。ほら、ああいうの、案外お金が入り様じゃないですか」
割と生々しい話だった。
「そっちについては考えておく……」
爵位だけあっても、こんなふうに生活に困窮している者もいる。むしろ、経済力のない奴を満足させるために乱発した爵位のような要素もあるからしょうがないが。お金はなくても爵位はやるから、胸を張って生きろということだ。
ただ、ルーベ侯がそんなに貧乏という話は聞いたことはない。まともな有力貴族である。
すでにルーベ侯には、アンジェリカが彼の子息であるサイコスと面会する意思があることを伝えている。近いうちに日程と場所も決まるだろう。
だが、サイコスというのはどんな奴なんだ?
ルーベ侯の話はある程度、聞こえてくるが、家を継ぐ可能性も極めて低い四男の情報はほぼ入ってこない。あまり人前に顔を出すこともないとか。使者が置いていった資料にも肖像画も載ってなかった。
正直、とてつもなく不安だ。
「すっかり父親の顔になっていらっしゃいますね」
トルアリーナはいつもどおりの冷徹とすら言える無表情で業務をこなしている。
ワシが悪くしている空気による影響もほぼないらしい。
素朴な疑問だが、こいつ、自分がファンのアイドルの公演でどんな様子なのだろうか? はっちゃけられているのか? それともこんな態度で腕組みしながら遠くから見てたりするのか?
「そりゃ、心穏やかではいられんさ……。娘のこととなれば他人事ではないからな」
「ある面で家族仲がいいとすら言えるんじゃないでしょうか。微笑ましいことです」
「全然、微笑まずに言われても説得力が何もないぞ」
見事なまでに他人事な立場からのプラス思考の発言だ。
「こちらから見ていると、何に悩むことがあるのかよくわかりませんね」
それは結婚できるだけいいじゃんという意味だろうか? いや、それはセクハラになりうるから聞けないな。
「なにせ、家長でもある魔王様が結婚は認めんと言えば、破談は確定ではないですか。結婚の有無を決める権利は魔王様にあるも同然です。だいたい、魔王を敵に回してまで駆け落ちする人間の男などいませんよ」
「ああ、そういう意味か……」
簡単に言ってくれるわいと思った。
「それは理屈のうえでできることをすべて現実にできると言ってるようなものだ。娘が結婚するとかたくなに主張したら、それを認めんなどとは言えんだろう」
「世の親の中には、そう言う方もたくさんいるはずです。それとも――」
そこで変なタメをトルアリーナが作った――と思ったが、別の書類を出すことでできた間だった。仕事しながらしゃべっているので、こういう時間ができる。
「――娘さんに嫌われたくないんですか?」
「当たり前だろう」
ワシは即答した。
「むしろ、娘に嫌われたい父親なんているのか? そのほうが不思議だ。会ってみたいわ」
「本当に娘の幸せを願うなら、娘に嫌われるのも父親の仕事なんじゃないでしょうか。褒めるだけでなく、叱ることも教育の一つなのと同じですよ」
「お前は他人事だから、そういことが言えるのだ……」
「もちろんです。事実、他人事ですもの」
だが、トルアリーナの言葉は一面の真実を突いてもいる。
娘のために、あえて嫌われるようなことを言うのも必要なのだろうか。
こんな奴は娘を任せるには足りんと思ったら、がつんと言ってやって断るべきなのだろうか。
そろそろ公式が漫画1巻、小説3巻の書影などを公開するはずですので、そしたら報告いたします! もう少しお待ちください!