129 魔王、早くも生まれてくる子供の教育で心配になる
「レイティアさんに赤ちゃんができていた。おめでただ」
おめでた。おめでたいことだから、最後はわずかに自分の表情をゆるめた。
もっとも、それがアンジェリカにとっておめでたいかはわからない。
アンジェリカがどういう反応を示すか。
どんな反応だろうと、ワシはそれを受け止めるだけだ。それに変わりはない。
それが父親の仕事なのだから。
「あっ、そうなんだ」
アンジェリカの表情は、見た感じ、ごく普通だった。
むっ……。これは想定外だぞ……。キレてないから成功と言っていいのか……?
しかし、油断するにはまだ早い。ショックが大きすぎて感情が追いついてないだけかもしれん。これから嫌悪に満ちた顔になることだってありうる。
ワシはごくりと唾を飲んだ。
判決を待つ政治犯の気持ちとは、このようなものだろうか?
しかし、天を仰ぐことはできない。審判は目の前のアンジェリカが下すのだ。
「じゃあ、私、お姉ちゃんになるっていうことなのね。そっか、そっか~。お姉ちゃんか~」
アンジェリカは笑っている。しかも、機嫌もよさそうだ。
勝った。
ワシは賭けに勝ったのだ!
この喜びを表現するために城の前に凱旋門を五十ぐらい作りたい!
このまま、できるかぎりのケアを今のうちにしておこう。
「その……父親の違う子供になるわけだが、お前との差をつけたりするようなことはせんから、そこは安心してくれ。この世界を作りだした漆黒の闇に誓って、ウソはない」
「そんな怖いものに誓わないでよ」
人間としては怖いものらしい。魔族としては自然な信仰なのだが。
「半分はママの血が入ってるなら、性格の悪い子供にはならないはずだし、お姉ちゃんとして問題なく接していけると思ってるわ」
むしろ、レイティアさんの血が入っていて、どうしてアンジェリカみたいな乱暴者になったのかおおいなる謎だぞ。そんなに前の夫の性格に問題があったのか? いや、前の夫を悪く言うのは反則だな。器が小さいにもほどがある。
おそらく、レイティアさんの、ちょっととぼけたところだけ、強化されてアンジェリカに伝わったのだろう。とぼけたところは共通点があると言える。
「あと、ワシの場合、政治的な面でもいろいろあるので言っておくぞ」
「げっ……長くなりそう……」
勉強をさせられてる時みたいな顔になるな。
「一言で言うと、皇太子の問題だ」
「あっ、そっか。私って魔王の皇太子だったわね」
忘れてるレベルか……。
「お前が魔王になんてなりたくないということであれば、子供が生まれた時点で、そちらを新しい皇太子ということにしてもいい。その点はお前の希望に沿った対応をとる」
もともと、アンジェリカに皇太子になってもらっていること自体がワシの都合だったからな。
「そういうのは、まだ早いわよ。これからゆっくりと考えていけばいいじゃない。そんなに気にしてないわ。」
思った以上にアンジェリカは冷静だった。
なんだ、すべてはワシの取り越し苦労だったか。
皇太子を信じればよかったのだ。
アンジェリカは変なところもあるが、大きなところで道を踏み外したりはしない。
今も、肖像画に描かれた表情かというほどに穏やかな笑みをたたえて――
アンジェリカの顔がにやけはじめている。
えっ? どうしてそういう顔になっているんだ? あんまり穏やかじゃなくなってきたぞ……。
「ふふふ、私がお姉ちゃんかぁ……。ふふふ……」
ああ、姉になることを喜んでいるだけか。それなら何も問題はない。
「私が素晴らしい勇者の姉だってことを弟か妹にはしっかりと伝えていかないとね……」
こいつ、よこしまなことを考えてないか!?
「今から情操教育用の本の執筆でもしておこうかしら。いかに姉が偉大な存在かみっちり教えていかなくっちゃ!」
「おい! 偏った教育は許さんぞ! 教育方針に問題がありそうなら事前に検閲するからな!」
今になって新しい問題に気づいた。
アンジェリカみたいな性格にされてしまいかねん!
「なんで、魔王に勇者の教育をチェックされないといけないのよ!」
「だって、お前の教育なんてこれっぽっちも信用できんだろうが! だいたい、魔王の子供であるのだから、魔王のチェックを入れて何が悪い!」
「姉である勇者の価値観を受け継いだ清く正しい人間に育てるからね!」
「お前のどこに清さと正しさがあるんだ! あと、自分から清く正しくとか言ってる奴はまったく信用できんぞ!」
ワシは結局アンジェリカとけっこうな時間、口論になった。
当初、危惧していた口論よりはどうでもいい内容だったからマシと言えばマシだが……その分、子供が生まれてからも一切気が抜けん……。
「これは、わたしも元気な子をしっかり生まないといけないわね~♪」
ワシとアンジェリカのやりとりを見ながら、レイティアさんは楽しげに微笑んでいる。
レイティアさんが喜んでくれていることがわかる。
ワシもそれがわかって、心底うれしい。
家族が四人になっても、ワシはこの家庭をしっかりと守ってみせるぞ。
悪い敵の侵入など許さんし――
あと、アンジェリカの変な教育も許さんからな!
そう決意した一夜だった。
「ヨカッタ、ヨカッター」
その時、ネコリンが図ったように鳴いた。
「ああ、ネコリンも家族だったな」
だったら、もうすでに四人家族ということだ。
「ネコリン、私の妹か弟をつついたりしちゃダメよ?」
アンジェリカがネコリンに注意した。
「心配するな。ネコリンはお前より賢い」
「失礼なこと言うな! 私はネコリンの親も同然の存在なのよ!」
「エサやりもワシに任せておって、母親面も父親面もするなっ!」
子供の教育のことで今から問題が山積しているな……。
魔王、妻のおめでたを知る編はこれでおしまいです。次回から新展開です!