127 魔王、告げる覚悟だけは決める
ここはワシの口から理由を言うか? レイティアさんもこの場にいるから、家族が揃っていることになるし。
だが、食事がはじまる直前に教えて、もしもアンジェリカが怒ったりすると、食事が非常に気まずいものになる。
「ごはんなんていらない!」と言って、部屋にこもられたりするかも……。
調理をいつも以上に頑張ったレイティアさんの苦労が水の泡になる。しかも、レイティアさんに申し訳ないということもアンジェリカは部屋にこもりつつも理解はしているという、誰も得しないことになる。
それは…………ダメだ。
まずは待つ。ここは待つべきだ。
もっとも、レイティアさんの口から伝えてくれるなら、そのかぎりではな――
「それはナイショよ~♪」
レイティアさんのほうも答えをはぐらかした。
ものすごく情けない本音だという自覚はあるが、レイティアさんが家族揃っているこの場で言ってくれないかな~という気持ちはある。
ああ、ワシの卑怯者め! でも、しょうがないのだ! ワシだけが恥をかくだとかいった次元のことじゃないのだ! アンジェリカの反応がまったく予想できんのだ!
というか、レイティアさんはどのタイミングで伝えるべきだと考えているのだろう。帰宅前に聞いておけばよかった……。
「ふうん。まっ、よかった探しの得意なママにとったら、一年中が何かの記念日みたいなものだしね」
ものすごく、あっさりと引き下がったな。
でも、これで考える猶予ができた。
可能性としては、まず、誰かの食事が済んで、雑談をする雰囲気になった時。
第二に、食後にしばらくしてからお茶とお菓子を用意すれば、アンジェリカも来るだろうから、その時に言うか。
最後に、寝る前に「大事な話がある」と言って呼び出す。
以上、三つぐらいのタイミングが想定できる。
よし、それぞれのメリットとデメリットを洗い出して、最善と思われるものを選択するぞ。
「うん、おいしかったわ! ごちそうさま!」
アンジェリカ、食べ終わるの、早いな……。がつがつと冒険者らしいいい食べっぷりだった。でも、年頃の娘としてはあまり褒められた感じもしない。男でも行儀はあまりよくない。
「お前、もう少しゆっくりと味わって食べるべきだぞ……」
「冒険者たるもの、食べられる時にさっと食べ終わらないといけないのよ。いつ、モンスターが襲ってくるかわからないところで食事にする時も多いんだから」
正論ではあるが、なんで今日に限って、冒険者意識を重視してるのだ。
アンジェリカはそのまま自室に入ってしまった。
選択肢の一つ目がすでに消滅した。
「今日の夕飯、いつもより遅かったから、おなかがすいてたんじゃないかしら」
レイティアさんが仮説を提示した。
直後にカラスのネコリンも「ハラヘッテタ。ウエジニスルカトオモッタ」としゃべった。
「ネコリン、少し単語を覚えすぎだぞ……」
この知能だったら、買い物ぐらい問題なくやらせることができそうな気がする。
「サケノメナイ。セメテオナカイッパイクイタイ」
ネコリン、何者かに操られたりしてないか? 大丈夫か?
「まあ、夕飯が遅かったのは事実なんで、今日は検査でレイティアさんもお疲れなんで、あいつも皿洗いぐらいしても……あっ……」
無意識のうちに検査の話題を出してしまっていた。
「そうですね」
まさに母性のかたまりのような、包容力のある笑みをレイティアさんは見せた。
「あなた、あの子はいつ話を聞かされても気にしないと思いますよ。あの子も、もう大きいんだから、受け止められるわ」
右手の人差し指はくちびるにそっと添えられている。
母性とその……いやらしさが合わさった素晴らしい表情――って、何を考えているんだ、ワシは……。
もっと大切なことがある。
レイティアさんがアンジェリカを信じているということがわかった。
それと、ワシがいつカミングアウトするべきか迷っているということも。
まったくかなわんな。すべてレイティアさんには見透かされていたのだ。
レイティアさんから見たら、ワシもアンジェリカ同様、子供のように見えているのではないか? そんな気すらする。
「どういう方向性にしろ、心に大きな影響が出ますし、苛酷な冒険の前などは避けようかなと思います。あいつの今後のスケジュールでもそれとなく聞いておこうかと」
「当分、遠征はしないと言ってましたよ~」
言い訳がましいワシの言葉はすぐに封殺された。
父親としての責務をどう果たすか、ワシは試されているのかもしれない。
逃げてはダメだ。再婚先の子供の未来を考える――それは再婚する者にとって決しておろそかにしてはいけない問題だ。
アンジェリカと向き合う、その当たり前のことをやるだけのことだ。
あいつにショックを与えないためという理由をつけて、向き合うことそのものを避ければ、それは逃げたことにしかならない。
「ワシも魔王です。情けないことはしません。退いたりはしません」
「はい♪ 責任とってくださいね♪」
両手を合わせ、頬にくっつけて、おどけるようにレイティアさんは言った。
よし、魔王のプライドを見せてやれ。
「ワシにお任せください」
もしかすると、これは自分の実の子に対しての最初の仕事になるかもしれない。
食事が終わって、だいたい一時間後。
ワシはお茶用のお湯を沸かしている。
もともと、お菓子の用意はある。立場上、遠方から来た魔族からお土産をもらうことが多いので、そういうのを持って帰ってきているのだ。
今日は薄焼きにした生地を何層にも重ねた、バウムクーヘンというお菓子にしようか。お茶にもよく合うだろう。
お茶とお菓子を楽しむ席で、アンジェリカに伝えるぞ!
何があっても、おどおどするな。言いづらそうにしたり、申し訳なさそうにしたりすれば、やましいことだとアンジェリカに思われるだけだ。
一切恥ずかしいことはない。毅然とした態度で、レイティアさんに子供ができたとアンジェリカに言えばいいのだ。
今すぐ、戦場に出ても何の悔いもない気持ちだ。
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