126 魔王、告げるタイミングで徹底して悩みまくる
「あなた、どうしてドアの前で頭を抱えてるの?」
レイティアさんの言葉で我に返った。
「頭痛? 事務職の人は頭痛持ちの人が多いって言うわよねえ」
魔王が事務職に分類されるか怪しいが、普段の仕事は事務的なものであることは間違いない。毎日、どこそこの町を焼くなんて仕事をするわけがない。
「いえ、頭痛ではありません。少し、ドアを開けるのに、今日は抵抗がありまして……」
こんなところで留まっていてもしょうがない。とっとと家の中に入ろう。
ドアの先にすぐアンジェリカがいた。
遭遇するの早すぎる!
心の準備ができてない!
「家の前でしゃべってる声がしたから、帰ってきてたのはわかったけど、やけに入ってくるのに時間がかかったわね」
「いやあ……出迎えご苦労……。『束縛の樹』の剪定作業のことでも考えてたんだ」
「そんなことはどうでもいいんだけど、ママの体調はどうだったの?」
当たり前だが、真っ先にアンジェリカは尋ねてきた。
自分の母親が病気かもしれないのだ。気になるに決まっている。
「ああ、それのことね~」
レイティアさんがほんわかした空気を醸し出しながらアンジェリカの前に出た。
そうか。レイティアさんの口からこの場で言ってもらえばいい!
もちろん、アンジェリカが複雑な気持ちになる危険はある。
だが、ワシの口から言うよりは、レイティアさんから言ってもらうほうが心理的に楽! レイティアさんが喜びながら言ってくれるなら、「魔王最悪!」などとその場でキレることもないだろう。
いつ言うかと悶々とするぐらいなら、帰宅早々に話題として出してしまったほうが宿題は減る。
うん、嫌いなおかずは後に残さずに先に食べるべきなのだ! 残したまま捨てるということはできんのだから。
レイティアさん、このまま赤ちゃんできたと言ってください。
「なんともなかったわ~。悪いところはないって」
言わなかった!
「さあ、夕飯の準備をしなきゃね~♪」
どことなく、お茶目な調子でレイティアさんは部屋の中を歩いていく。
せっかくだし、アンジェリカを驚かすために黙っていようということか?
あるいは立ち話でさらっと出すような話題ではないだろうということか?
体調を聞かれただけだから、悪いところはなかったというのはウソではないのだが……結果的に宿題が残ってしまった……。
「ふうん。大丈夫なようなら、よかったわ。ママって昔から怖いぐらいに元気で、風邪すら引いた記憶がほとんどないのよね。だから、今日のことはびっくりしちゃった」
アンジェリカもこれ以上、追及してくる様子はない。
このまま、当面は黙り通せるか。
しかし、ワシが出勤してる最中にレイティアさんが赤ちゃんできたと伝えた場合――アンジェリカはワシがやましい気持ちがあって黙っていたと考えるかもしれない。
だって、家族としてとてつもなく重大な事項を言ってないわけだものな……。言わない理由があったと考えるのが自然だ。ワシがおらん間にアンジェリカが聞くと、軽蔑の念を抱く可能性はありうる。
すぐに言っていれば喜んでくれることかもしれんのに、「うわ、魔王……黙ってたってことは変なことしてる意識があったのね」と思うきっかけを与えるかも……。
魔王になってから、トップレベルで難しい政治的判断を迫られている!
「ねえ、魔王」
アンジェリカに聞かれて、びくりとした。
「うむ、何だ……?」
「どっちかというと、ママより魔王のほうがやつれてる気さえするんだけど」
絶対にこの政治的判断による心労だ。
「レイティアさんのことを心配していたせいだ。結果として杞憂だったがな、ははは……」
赤ちゃんのことを言いづらい。
やっぱり、最低でもみんな揃って椅子に座ってするような話だ。
「魔王が心配でやつれるって……。そのあたりの精神力みたいなのは一般人と変わらないのね」
ひとまず、疑われてはいないらしい。
「うむ。メンタルを鍛えるというのは難しいのだ。肉体の鍛錬とはまったく別種のものが必要になってくるからな」
別種であることには違いないな。
こんなにやきもきするぐらいなら、領地をぐるっと一周走るほうがマシだし。
ワシは自室に閉じこもった。
作戦会議だ。
参加者はワシだけだが。
いつ、アンジェリカに赤ちゃんのことを伝えるのが最善かを検討しよう。
ワシの出勤中にレイティアさんが言うのはよろしくないし、大事なことをすぐに言わなかったことを責められたりもしそうだし、今日中には言う方針で!
思ったよりも、そこまではすぐに参加者全員(繰り返すがワシだけ)の判断が一致した。
言いづらいとはいえ、待てば待つほど不利な要素が増えるのだ。明日以降にはできん。
――問題は今日のいつ言うかだ。
「今、言いにいこうかな……。でも……怖いな……」
部屋を出るのすら、ちょっとしたストレスを感じるぐらいだ。一週間ぐらい石化して、そのあと元気に目覚めるような都合のいいメデューサの力ってないものだろうか……。
悩んでいる間に、夕飯の時間になってしまった。
「今日はいつもよりちょっと豪華にしてみたわよ~♪」
たしかにレイティアさんの言うように料理の品数が多いし、肉料理もボリュームがある。ワシが部屋にこもって全然手伝えなかったのに、手伝った時よりも豪華なぐらいだ。
「うわ~。食べごたえがあるわね~! 育ち盛りの私には最高だわ!」
アンジェリカはダイエットのことはほとんど気にしない。
まあ、冒険者だからな。旅先では温かい料理すら食べられないということも珍しくない立場だし。
太るぞと言えばものすごく怒るだろうが、ダイエットのためにお菓子やごはんを我慢した記憶はほぼないと思う。
「でも、なんで豪華にしたの? お祝い事でもあった?」
うっ! 鋭い指摘!
お祝い事ではあるのだが、お前が祝ってくれるか判断がつかんのだ!
ある意味、おめでたを告げやすい状況をアンジェリカのほうから作ってくれる形にはなった。