124 魔王、上手く言葉にできない
こうしてレイティアさんの検査がはじまることになった。
検査の最中、ワシが見守ることはできないし、待合室で待っているのも気が気ではないので、ごく普通に勤務に精を出し、頭の中から検査のことを追い出せるように努めた。
「魔王様、今日はここ最近でも一番、気が散っていますね」
「なんだ、その葡萄酒の出来具合みたいな表現は……」
トルアリーナには即座に指摘されてしまった。ちっとも頭から追い出せてない。
「そういうのって、わかるものか……?」
「わかりますよ。大所帯の部屋でもないですし。部屋にいる三人のうち一人が落ち着かない調子であれば、こちらに伝わるのは自然の理でしょう?」
「まっ、そうなるな」
トルアリーナの言葉は合理的で反論する気もなくなってくる。
「なお、それでもフライセさんよりはよっぽど有能ですが」
「えっ? そこでこちらをくさすのはやめてくださいよ! もらってる給料の額が全然違うんですから!」
なにせ、フライセは臨時職員だからな……。やってることも手伝いのレベルのことだし。
「奥さんが検査でお城にいらっしゃますね」
「もう、知られていたか」
検査の段階であまり口外することもないかと思ったが、秘書にはワシのことはきっちり知られてしまうな。
「せいぜい、仕事で余計なことは忘れてください。魔王様の心配がプラスに作用する可能性は一切ありませんから」
「事実ではあるが、もっと言い方というものがあるだろ!」
どうせ、ワシには医療知識などないし、中途半端な素人の知識があると、かえって事実誤認があったりするからよくないのだ。わかっている!
「お医者さんのシュローフさんは、ベテランの医者です。信じましょう」
ああ、トルアリーナもトルアリーナなりに気をつかってくれているのだ。顔はいつものようにむっとしているようだが、言葉尻に思いやりのようなものを感じ取った。
「もちろんだ。シュローフは我が国の医者の中でも、最高の知性と技術を兼ね備えたものの一人だからな」
やがて、昼が過ぎ――
医務室の看護師の一人がワシを呼びに来た。
「お妃様の検査、すべて終わりました。説明を行いますので、医務室のほうにお越しください」
いよいよか……。正直、すっごく緊張する……。
この看護師が今すぐ「どこも悪いところなくて、健康でしたよ」って言ってくれんだろうか……。
ワシが医務室に入ると、すでにレイティアさんは石化も解けた、いつもどおりの姿になっていた。
服装も検査用の衣服などではなく、ここに来る時に着ていた服だ。それを見て、今すぐ入院ということはなさそうだなと、自分を安堵させる理由を作る。
「ガルトーさん、お仕事お疲れ様♪」
そのレイティアさんの微笑みもいつもとまったく変わりがない。
メデューサの医者のシュローフも白衣姿で椅子に腰かけている。
この女もトルアリーナのように、あまり表情がころころ変わる奴ではないので、顔を見ても判断できない。ここから「問題ありません」とも「悪いです」とも言いそうである。
医者の立場であまりに表情に出るとよくないので、なかば意識的に平板な顔というのを作っているのだろう。
「シュローフ、妻の検査結果はどうだった?」
ワシは椅子に座る前に、立ったままシュローフに尋ねた。
ワシがほしいのは、安心だ。「ああ、なんともなかった」あるいは「なんだ、たいしたことはなかった」と思いたいのだ。それ以外のろくでもない結果をこの耳は聞きたくない。
検査に行きましょうにとあれだけ強く言ったのに、そのワシがこうも検査結果を聞く前から取り乱しているとはな……。
やはり、医療の場というのは精神衛生上、悪いな……。
超健康で問題ないって時には来ないところだしな……。
「魔王様」
シュローフがワシの顔を見て、ゆっくりと言った。
そこでタメを作るな! 「魔王様」なんて言う必要はないから、「まったくの健康体です」とすぐに結論から入れ! それは本当によくないことだぞ! 患者やその家族はとにかく安心したいんだぞ!
ワシは唾を飲んだ。
レイティアさんは落ち着いているので、これではどちらが検査を受けた者かわからない。
さあ、どうなんだ! 教えてくれ! 聞かせろ!
ぶっちゃけ聞きたくないという矛盾した感情もあるのだが……このまま聞かされないわけにもいかない!
「おめでとうございます」
シュローフは不思議なことを言った。
「あっ? 何を祝福しているのだ?」
いまいち、つながりのわからない言葉だ。「もうダメです」と言われるのよりは千倍いいが、腑には落ちん。
「ワシとレイティアさんが結婚してそこそこ時間が経つぞ。ここにレイティアさんが来たのは初めてでも結婚を祝うには遅すぎる」
「ああ、これではわかりませんか。では言葉を少しだけ変えましょう」
このメデューサの医者、意図的にもったいぶっているな……。
「おめでたです」
「おめでた?」
つい、オウム返しに聞きなおしてしまった。これでは言葉を覚えようとしているネコリンみたいではないか。
レイティアさんが顔を赤くして、少しうつむいている。
これは、まさか、まさか……。
「シュローフ、それはおめでたということか!?」
「だから、そう言いましたよ。おめでたです。お妃様はご懐妊されていらっしゃいます」
その時、朝にあった出来事がすべて一本の線でつながった。
――気分が悪くなってトイレに駆け込んだり、食欲がなかったレイティアさん。
――ずっと昔に似たようなことがあったと話したレイティアさん。
妊娠による体調の変化と考えれば、すべてのつじつまが合う!
「そういうわけで、病気ではありませんので、その点はご安心ください。もちろん、出産時など母体に危険が伴うことはありえますので、そのあたりのことは今後、気をつけないといけないわけですが、今はご懐妊を喜ぶべき時でしょう」
ワシはもう、シュローフの言葉をあまり聞いてはいなかった。
レイティアさんと向き合って、その手を取った。
「その……ワシはこんな時、どう言っていいのかわからんのですが…………ありがとう」
言葉として適切なのかどうか見当もつかない。でも、自分の中に最初に出てきた言葉は、それだった。
この章は今後ちょっと更新頻度早めます。