122 魔王、妻の体調不良を心配する
今回から新展開です! また章タイトルは少し更新続いてからつけます。
朝、ワシはレイティアさんと一緒に朝食を作っている。
「あなた、もう少し寝ていてもいいんですよ」
「いえいえ、仕事を言い訳にして家事をやらん男にはなりたくないですからな。むしろ、レイティアさ……たまには、レイティアこそゆっくり寝ていてもいいのに」
まだ呼び捨てにするのは慣れない。丁寧語のほうが板についているというのもある。
どれだけ仲良くなろうと敬意は払うべきであるし、このまま「レイティアさん」と呼び続けるほうがいいだろうか。うん、そういうことにしよう。
レイティアと呼ぶのは――本当に特別な時だけということに。そのほうが長くときめいていられる気がする。倦怠期を向かえた夫婦だなんて関係にはいつまでもなりたくない。
「毎朝、同じ時間に起きて台所に立つほうが体もしゃきっとするんですよ~。だから、これでいいんです」
エプロン姿のレイティアさんがにっこりと微笑む。
これで今日も一日頑張れる気がするぞ!
ワシ積極的に家事をやろうとしているのもレイティアさんの喜ぶ顔が見たいからだ。
もっと言うと、レイティアさんを見たいからということになるかもしれない。レイティアさんの起きる時間が決まっている以上、あとから起きればレイティアさんを見られる時間は減ってしまう。
そういう意味では、打算が働いていると言えなくもない。
だが、打算のない愛なんてものがあるだろうか?
そりゃ、誰にも優しく接するというような愛はあるかもしれない。人間の宗教に出てくる神はそういう者を説くケースもあるようだが、それは恋愛とはまた違う愛だろう。
だって、誰にも等しく優しさを分け与えたら、特定の誰かのために何かをするということができなくなる。正しく打算が働いているからこそ、ワシのこの気持ちは恋愛感情なのだ。
まだまだレイティアさんへの愛は冷めない!
むしろ、永久に冷めない!
水回りも空き時間にワシが磨いているので、常にピカピカで清潔である。
魔王の力で磨くと、たいていの場所は驚きの白さになる。あまりやるとすり減ってしまうので、力の調節が必要だが。
あと、カラスのネコリンの餌やりもさっきワシがやった。
本当はペットがほしいと言ったアンジェリカがするべきことなのだが……。
あいつが起きてくるのが遅いので、それまでネコリンに何もやらずにほったらかしにするのも悪くなってきて、ワシがなし崩し的にやる流れになっているのだ。
こういうのって、結局、親が世話をすることになるんだよなあ……。ペットほしいって言う子供あるあるみたいなことになってしまった。
もはや、ネコリンもワシがメシをくれる係だと認識していて、朝に起きると、ジャンプしながらこっちにやってくる。
日によっては、朝にドアを開けると、その真ん前で待っていることすらある。それはそれでかわいいし、動物に癒やされる要素もあるのでいいのだが、ペットの世話をアンジェリカにさせることで何かを学ばせるという計画はボツになっている。
いかん、サラダ用の野菜を切っている時に考え事をしてしまっていた。刃物を持つ時はもっと注意しなければ。
横ではレイティアさんが卵料理の準備をしている。見事な二人三脚で手際よく朝食を作るぞ。
「さてと、次は卵ですね~」
レイティアさんが卵を一つ取る。卵はご近所の農家から新鮮なものをたくさんもらってこれる。
しかし――
少し、レイティアさんの体が横に傾いた気がした。
レイティアさんの体ががくっと沈む。
その場に膝をついて、手は台所の上に石でもつかむように置かれている。台所が支えになってくれて、転倒するという最悪の事態は防げたらしい。
卵は床に落ちて、ぐしゃりとはじけて、広がっていた。
「レイティアさん、大丈夫ですか!」
「は、はい……。これぐらい、へっちゃらです……よ……」
顔はまだ笑みを保っているが、どう見ても体に力が入っていない。顔色もだんだんと悪くなってきた。
「レイティアさん、疲れているんじゃないですか? ベッドで横になっていてください!」
ワシはひとまずレイティアさんを抱え起こす。
お姫様だっこで、部屋のほうに連れていこう。
「いえ、それはおおげさですよ……。これまでも体調が悪かったってことはなかったですし。あっ…………あなた、行き先を変えてください」
レイティアさんは口を押さえた。
「あの、トイレに……。できるだけ早めにお願い……」
これは吐きそうということだろうか? だとしたら、やはり何か病気なのでは? 食中毒か? いや、昨日食べたものが原因ならもっと早く影響が出るだろう。
理由を考えるのは後だ。まずはトイレに!
「すぐに向かいます! 数秒だけ耐えていてください!」
ワシは魔王の能力の高さを最大限に利用して、トイレへと向かった。
状況が状況なので、一緒に入って、レイティアさんの背中をさする。
首筋から冷や汗のようなものが出ているし、体調は間違いなくよくない。
急性のものだろうか。それなら、つらい時期さえ乗り越えれば自然と回復するだろうが、まだ何とも言えない。
「まずは全部出してしまってください」
ワシはゆっくりと背中をさする。
レイティアさんは弱々しく咳き込んでから、しばらくそのままうつむいていたが――
「あなた、ありがとう。楽になったわ。気持ちがすっとしました」
さっきよりははるかに元気のある笑みを見せてくれた。
「よかった、よかった――と言いたいところですが、異常事態だったことに違いはありません。今日は医者に行ってください」
原因不明の体調不良というのは、気味が悪い。看過できない。
とくに、レイティアさんはワシのような肉体的に強い魔族と違って、人間だ。病気などになる率も高いだろう。
「ああ、魔王城の医務室には、いい医者が詰めておりますので、そこで受診を受けてください。それならワシもすぐに連れていけますし」
「わかりました。わたしも念のため、受けてみることにするわ。でも……」
そこでレイティアさんは何か考え込むように上目づかいになった。
「過去に似たことがあった気がするのよね~。かなり前のことだから、よくは覚えてないんだけど。あれはいつだったかしら?」
だとしたら持病のようなものだろうか。
ワシとしては、命にかかわるものではないという情報が一にも二にもほしい。