121 勇者、自分探しの旅から戻る
「あっ……た、ただいま……魔王」
ばつが悪いらしく、アンジェリカは目をそらした。その気持ち自体はわかる。とても堂々としてはいられないだろう。
「おかえり――いや、ワシが今、帰宅したのだから、ただいまと言うべきなのか?」
「別にどっちでもいいでしょ……。魔王は細かいことを気にしすぎよ!」
そのアンジェリカの反応を見て、収まるところに収まったなと感じた。
「それで、自分探しは成功したのか? その自分とやらはどんな形をしていた? きらきら輝いていたか?」
「表現がウザい」
煽ったら文句を言われた。
「やっぱり、これまでどおり、みんなと一緒に行動しながら探すことにしたわ。そのほうがずっと手に入る情報も多いし、自分の成長の近道だなって結論に達したの」
思った以上に理路整然とした答えだったが、あいつの目はずっとテーブルの木目あたりを見ていた。
ワシと面と向かって話せるというところまではまだいかないのだろう。
「うむ、それもまた成長ではないか。それでいい、それでいい」
「なんか、上から目線なの、ムカつくわね……」
王と皇太子の関係性なのだから、上から目線でもいいだろう。
協力してくれたパーティーの者たちには礼を言っておかんとな。
無論、ワシはアンジェリカが戻ってくるような策は立てていた。
――アンジェリカは周囲に流される性格なので、自分探しの旅はダサいとパーティーの仲間たちに言わせまくることにしたのだ。
魔法使いのセレネだけなら、それでも旅に出ると言えただろうが、ナハリン、ゼンケイと立て続けに自分探しの旅なんて今時やる奴はいない、ダサいことだと話をされたら、だんだん気持ちも変わってくるだろう。
で、きわめつけは――
「実を言うと、あのジャウニスが自分探しの旅を続けてこんなに成長したんだってドヤ顔で話してきてさ、一気に冷めちゃったのよね……」
「お前、それ、ジャウニスとやらに失礼だぞ……」
ワシはジャウニスに心の中で謝罪した。
そう、ジャウニスにだけは自分探しの旅を否定するのではなく、その成果を伝えるようにお願いしたのだ。
「ほかのしっかりしてるみんなが自分探しの旅なんてやめておけって言って、一番テキトーなジャウニスが自分探しの旅をプッシュしてて……これはダメ人間がやることなんだって悟ったの……」
アンジェリカは自嘲気味なため息をついた。
「人間というのは、まったく知らん他人がやっていることに関してはよく見えるものだからな。しかし、身近な者がやっていると、効き目があるかないかだいたいわかるだろう」
否定され続けると、どうしてもムキになってしまう。
なので、信用の置けない奴だけに肯定させて、アンジェリカの自信を揺らがせた。
もっとも、賭けの部分もあったが……。
やっぱり自分探しの旅はいいんだと思って、宛てのない旅に飛び出す危険もあった。
しかし、それぐらい気合いを入れて一人旅をやるなら止めようもなかっただろう。そこまで腹が据わってるなら強引に連れ戻すこともできないし、納得がいくまで放浪させるしかない。
「最初はみんながみんな旅を否定するから、これって魔王が手をまわしてるのかなって疑ったんだけど」
危ない! バレかけていた!
ちなみに、みんな二つ返事で了解してくれたぞ。
「だけど、ジャウニスは正反対のことを言ってきたし、これが純粋な反応なんだなって思ったの……」
よし、ワシの作戦大成功! 一人、逆のことを言う者がいたことで説得力が増すだけでなく、疑いも解くことができた!
この場で心から喜べないのが残念だ。
「どうやら、自分探し自体が少し前に流行してたブームで、今はちょっとネタにされてるようだったし……」
これは本当だ。アンジェリカも古い本を手にして、それにのめり込んでしまっただけらしい。人間の世界でも二世代ほど前の流行だった。
アンジェリカのそばにカラスのネコリンがやってきた。
「アンジェリカ、オカエリー」
「ああ、ネコリンも私がいなくて寂しかったのね。ごめんね……」
アンジェリカはネコリンに感情移入して涙目になっていた。ペットがほしいとあれだけ言っておいて、あっさり旅に出おって。勝手にもほどがあるぞ。
しかし、行動力があることだけは間違いないし、そういう奴が案外、すごいことを成し遂げてしまったりもするのだ。
勇者というのは、まさしくそういう職業なのか。まともすぎたら、勇者になろうとすら思えないだろうからな。
だとしたら、勇者の母親と再婚したワシにも責任の一端はある。その責任は果たしてやる。
キッチンからはおいしそうな香りがしてくる。
レイティアさんがキッチンからこちらに顔を向けていた。
「今日はアンジェリカが戻ってきたお祝いで豪華な夕飯にしますからね~!」
心なしか、昨日までよりレイティアさんの笑顔もまぶしく感じる。いや、もしかして、また本当に発光しているのか?
「レイティアさん、ワシも何か手伝います! やらせてください! 一品ぐらいはやります!」
ここで何もかも任せっきりというのはよくないぞ。ワシもやらねば。
「じゃあ、あなたはネコリンちゃんのごはんを用意してもらえるかしら?」
「あっ、あなたって言ってる!」
そこにアンジェリカが反応した。
「私がいない間、ずっとあなたって呼んでたのね。そういうことね」
こんなところだけ読みが鋭い。
別にやましいことはないのだが、気恥ずかしくはある。
「そうよ~。夫婦なんだもの。何も問題はないわ~」
「わ、私がいるところでは、あんまり呼ばないで! でないと、また一人旅に行くわよ!」
一人旅をカードみたいに切ってくるな。
「一人旅自体はいいのだが、せめて三日に一回は何をしているか、どこにいるか、手紙を書け。それと、高くついてもいいから、安心できる宿に泊まるようしろ。それなら一人旅も許さんでもない」
「それじゃ、ただの旅行でしょ! 勇者に対して過保護にもほどがあるわよ!」
ワシとアンジェリカは二人ともレイティアさんに笑われていた。
レイティアさんからしたら、どっちも行きすぎに見えるのかもしれんな。当人でないほうがよくわかるものだ。
「アホー、アホー」
ネコリンまであきれたような声を出していたぐらいだ……。
勇者、自分探しの旅に出る編はこれでおしまいです。次回から新展開です!