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120 魔王、勇者の帰還を待つ

 ちなみにその日、仕事に行くとトルアリーナに文句を言われた。

「魔王様、何かあったんですか? 心ここにあらずというか。仕事の能率が明らかに落ちていますよ。また年による衰えがはじまっているんですか?」

 やはり、どうしても集中力を削ぐことにはなるな。


「娘がな……自分探しの旅に出た」

「ぷっぷぷぷ……それは大変ですね。自分探しの旅……ぷぷっ……」


「ワシにわかる範囲で笑いをこらえるな! それならば、いっそ爆笑されたほうがいいわ!」

「だって、自分探しの旅って、自分が何もないからっぽな人に限って、ハクをつけるためだけにはじめるやつじゃないですか。たいてい、自分に自信がないから、どっかに出ていって自分を肯定してくれる人を探すんですよ。現状が自分を否定しているからよそに逃げてるんです。たんなる甘えですよ、甘え」


 自分でも似たことを考えているはずなのに他人に言われると、イラッとするのってなんでだろう。

「あえて言わせてもらうが、それだったら、お前の推しだった奴のアイドル脱退理由も似たようなもんだぞ。八割方、同じだぞ」

「なっ! なっ! 魔王様、言っていいことと悪いことがありますよ! ぶちのめしますよ!」

 お前も魔王にぶちのめすなんて言うな。


「だって、その『アポカリプス団』のコロラル君とやらも、自分がほかのメンバーの中で荷物になってるというような意識があったから抜けることにしたんだろう? 前に聞いた話を意訳したらそうなるぞ! 弟分っていうのは、つまりそういうことではないか!」


「なりませんよ! そりゃ……努力の結果、どうにか『アポカリプス団』に入ったのは事実ですけど、足を引っ張っていたわけじゃないです! それにグループのみんなを考えたうえでの決断と、ファッションで自分探しの旅をして迷惑をかける人を一緒にしないでください!」


 ワシとトルアリーナがヒートアップしてる横で、フライセがにやにやと笑っていた。

 今、あいつはどっちもどっちだと思っているのだろう。それが最も正解に近い意見だ。ワシもそれは認める。


 メンバーのコロラル君の脱退が迷惑をかける行為であったことは、トルアリーナが意気消沈していたことからも明らかだった。そこに高邁こうまいな理想があろうとなかろうと、迷惑は掛かっている。

 むしろ、規模としてはアンジェリカの家出より、よっぽど大きい。



 こういうのは、部外者のほうがよく状況を確認できるのだ。そういうものなのだ。

 ただ、自分の娘が出ていってしまっては部外者ではいられないのだよな……。


 なお、その日はけっこう残業をした。

 あまり早く帰りたくなかったのだ。かといってレイティアさんに会いたくないなどというわけではない。そんな倦怠感にまみれた夫婦のようなことはない。一秒でも長くレイティアさんと過ごしたい。


 遅く帰ることで、その間にアンジェリカが戻ってきている可能性が高くなるからな……。



 その日、帰ってもアンジェリカの姿はなかった。

「さすがに、一日では効かないか……。まあ、あいつが戻ると決めても一週間はどこかにいるだろう。いくらなんでも、初日で戻るのは恥ずかしいだろうし……」


「あなた、アンジェリカのことをもう少しだけ信じてあげてもいいんじゃありませんか?」

 出迎えてくれたレイティアさんにそうたしなめられてしまった。

 アンジェリカがいないから、あなたと呼ばれている。


「あの子も自分探しの旅が格好いいというだけの理由で出ていったわけじゃないと思うわ。少しでも、立派な大人に近づきたい――そんなまっすぐな気持ちだって多少は含まれてるんじゃないかしら」


 レイティアさんの言葉はその笑みと同じぐらいやさしい。

 もしかすると、ワシもそれぐらいおおらかになったほうがいいのかもしれない。

 だが――


「娘の心配をするのも男親の仕事なんです。どれだけ煙たがられても、仕事だからしなければならないんですよ」

 レイティアさんにぎゅっと抱き締められた。


「あなたが大変なのはわかるわ。よしよし、よしよし」

「レイティアさん、ありがとう……」


 アンジェリカがいない環境でも、その時はレイティアと呼び捨てにする気になれなかった。なにせ、ワシがレイティアさんに母性を感じているのだからな……。


「あの子は飽き性だから、二週間もすれば戻ってくるわ。それまで待ちましょう」

「二週間連絡ナシというのは、ワシにはきついですね……」


 アンジェリカがいないので、ネコリンへのエサやりもワシがやった。

「ほれ、肉だぞ。美味いぞー」

 巣箱の前のスペースに置くと、ネコリンがかつかつとつつく。


 ただ、ふっとネコリンがこんな声で鳴いた。

「アンジェリカ、アンジェリカー。アンジェリカ、ドコー」

「お前も待ってくれているんだな……」


 不意を突かれたせいか、胸が締めつけられた。

 涙が目にたまってきた。

「ネコリン、お前は真の家族だ……ありがとう……」


 アンジェリカよ、お前はペットのネコリンにまで身を案じられているなどとまったく気づいていないだろう。

 自分を探すよりも、身近な必要としてくれる者たちのことに想いを寄せてくれ。そのほうが勇者としても一皮むけた存在になれるんだぞ。


 これが誰の家に遊びに行ってるなどとわかれば、レイティアさんと気兼ねなくイチャイチャできるのに。

 アンジェリカ、せめて毎日近況報告をしてくれないか。

 そんな自分探しの旅など聞いたことがないが。


 やっぱり、自分探しの旅というのは他人にも迷惑をかけまくるものだ。


 ワシも手をこまねいて、アンジェリカの帰郷を待っていたわけではない。

 勇者パーティーの仲間たちとは適宜連絡をとって、あいつの居場所や反応を確認していた。


 アンジェリカにパーティーの仲間にはあいさつに行けと言ったのは、今、どのへんを旅しているかを把握するためでもある。おおかたの場所がわかれば不安もぐっと減るからだ。


 そして、あいつが旅立ってからちょうど一週間後。


 ワシが城から帰宅すると、アンジェリカがダイニングの席に座っていた。


「あっ……た、ただいま……魔王」

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