12 山で親睦を深める作戦
風呂に入ると、お湯が大量にあふれた。
なるほど……。ワシは図体デカいもんな……。その観点からしても、自動的に入浴は最後尾になるな……。ある種、自分でも納得ができる理由があってよかったかもしれん。
さて、風呂から出ると、ワシはパンツ一丁で脱衣場を出る――だなんてことはせずに、ちゃんとパジャマを着て、出た。
パンツ一丁で出歩くのも娘から嫌われることの上位に入っていた気がする。ワシが娘の立場でも、パンツ一丁の親父はあまり見たくないので、そこはわかる。むしろ、積極的に見たがる娘のほうがヤバい。
で、ダイニングでくつろいでいるアンジェリカに対して、ワシはこう言った。
「今度、父さんと山に行こう!」
子供と山に行く。すると、必然的に二人で会話をすることになる。
場所によっては親の手を借りて進むようなところもある。絆もきっと深まる!
「は? 山? なんで? 普通に嫌なんだけど」
すごく、ナチュラルに拒否された。
「いいじゃないか。山だぞ。きれいな景色、すがすがしい空気、心が洗われるぞ! きっと、いい思い出になる!」
「でも、このへんも見事に田舎だから、空気もごみごみしてないし、景色もそんなに悪くないし、それに魔王と思い出なんて作りたくない。あと、どさくさにまぎれて父さんって名乗るのやめて」
取り付く島もないとはこのことか。それとも近頃の若者はこうなのか? シラケ世代か。
いやいや、近頃の若者とか都合のよいカテゴライズをするのはよくないぞ。それは相手を個人として見ていない証拠だ。そういうことをするから、向こうも「老害」とか「オッサン」とかいったカテゴライズをしてくるのだ。
「山はいいぞ。冒険者の修練にも最適だ。あとは……その……ダイエットにも効果がある」
「最後の、無理矢理つけたでしょ。そんなん、たくさん歩けば、誰だって痩せるし。山の要素関係ないし」
正論なので何も言い返せない。
この作戦は失敗かと思いかけていたその時だった。
「あら~、山に行くの? いいわね~」
レイティアさんがダイニングに入ってきた!
「家族三人で登山なんて面白いかも。わたしもわくわくしてきちゃったわ」
レイティアさんも山に来てくれるなら万々歳と言いたいところなのだが、それだと娘との絆的なものが深まらなくなるので、少々難がある。それはそれで、違う観光地への行楽みたいなのを別途に設けたい。
「レイティアさん、申し訳ないですが、山はそれなりに危険も伴います。魔王と女勇者ならどうということはなくても、レイティアさんの身の安全を考えると連れていくことはできません」
「あら、そうなんですか。残念だけど、安全が最優先ですものね」
よし、ご理解いただけた。もっとも、アンジェリカが来ないなら何の意味もないのだが……。
やむをえん。
冒険者の射幸心をあおるか。
「実は登る予定の山は、天剣山といってな、頂上付近に天使がもたらした剣があるという伝説があるのだ」
アンジェリカの耳がわずかに動いた。
「いまだにその剣を見つけた者はいないのだが、アンジェリカだなんて天使にちなんだ名前を持つ女勇者なら、それを発見してもおかしくないのではないか。いや、もはや、これは運命と言ってもよいだろう。うん、運命だ、運命」
「魔王、その話は本当ね?」
「伝説ではあるが、山の神に奉納する意味で、極めて高性能な剣を供えたというようなことは、昔はよくあったらしい」
「わかったわ。すごい剣があるというなら行ってあげてもいい」
よし、剣で釣れたぞ!
ワシは翌日、部下たちに山にいい剣を設置するように命じた。
これでウソではなくなるはずだ。
●
そして、アンジェリカと二人で登山する日になった。
「見ろ、アンジェリカ、あれが天剣山だぞ!」
「へえ、高いわね。このあたりも空気がすがすがしい――ってなるか、バカ!」
登山前からバカと言われた。出だしから不調だ。
「お前な、全体的に言葉が荒っぽいぞ。いくら冒険者とはいえ、女子なんだからもう少し、言葉づかいは考えろ。いや、男だったら荒っぽくていいというわけではないが」
「そんなことより、あの山、どういうことよ!」
アンジェリカは山を指差して文句を言っている。
「たしかに高い山だが、魔王と勇者で登れないことはないぞ」
「いやいやいや! ここ、思いっきり魔族の勢力圏内でしょ! 立ち入った人間なんて一年に数パーティーいればいいほうでしょ!」
ワシは魔族の土地しか詳しくないので、場所も魔族の土地の山にしていた。
「空は朝からずっとどんより曇ってるし、不気味な鳥の鳴き声が定期的に聞こえてくるし……ろくでもない場所にもほどがあるわ! 長く滞在すればするほど心が濁ってきそうよ!」
「お前な、ここは魔族百名山にも選ばれているような雄大な山なのだぞ」
「つーか、こんな不気味な山に天使が剣を置くことなんてあるの? 場所のチョイスが最悪なんだけど」
まずい。そこを突かれるとバレてしまう。
「天使だって間違うこともある。それに、だからこそ、伝説の剣が残っているとも言えるのではないか? 天使にかかわりの深い剣なら魔族は触れることができんかもしれん」
「なるほど……。一理あるわね。それに、攻撃力の高い武器は、どっちかというと、平和でモンスターも弱い地域より、おどろおどろしい地域にあるものだし」
おっ、信じかけているぞ。言ってみるものだ。
「そういうことだ。というわけで、登山を開始するぞ。父さんについてこい!」
「父さんって言うのやめろ」
どうにかスタートすることには成功した。
よし、これで立派な父親像を見せてやれば、アンジェリカもワシを受け入れてくれるはず!




