119 魔王、勇者の自分探しの旅を容認する
令和一発目の更新です! 今年も(同じ年だった……)よろしくお願いいたします!
今日のごはんはスープの中に穀類がたくさん入っているものだった。
「リゾットっていう名前の料理よ。麦とは違う穀物を市場で買ってね、それでやってみたの~。お米というらしいわ~」
「ほう、なるほど。魔族の土地だとあまり実らない作物ですな」
なかなか滋味深い味だ。穀物自体に味はあまりないのだろうが、しっかりとスープを吸っている。
ちなみにネコリンは、部屋の柱に巣箱とネコリン用のテーブルを増設したので、そのテーブルで食事を食べてもらっている。雑食性なのか、何でも食べられるらしい。
さて、様子を見て、勝負を仕掛けるか。
「レイティアさん、アンジェリカが旅に出ると言ってるんですが、ご存じですか?」
ここはストレートに聞く!
レイティアさんがやめときなさいと言えば、ワシの百倍ほどの威力があるだろう!
「あら~、旅に出るの? いいわね~」
しまった! 普通に肯定された!
ぬかった。レイティアさんは性善説のかたまりみたいな人だった。
ハンカチを振って笑顔で送り出してしまう!
「そうよ。旅に出て自分を見つめなおしてみたいと思ってるの」
にやっと笑いながら、アンジェリカが言った。
レイティアさんの笑みとはえらい違いだ。
だいたい、お前みたいに目先の情報に流される奴がどこに行こうと、見つめなおせることなどない! 全部、かっこいいかどうかみたいな先入観で濁って見えるだけだ!
「しかし、レイティアさん、アンジェリカは一人旅をしようとしてるらしくてですね……女子の一人旅は何かと危険かなと思うのですが……」
「でもアンジェリカは勇者だし、それぐらいは大丈夫じゃないかしら?」
うっ! 勇者であるという要素がアンジェリカに追い風になっている!
「そう、そう! 私は魔王の玉座までたどりついたのよ。一人旅だって余裕よ!」
それはパーティーだったからどうにかなっただけだし、偶然ワシのところまで楽に来られる日だったからだ! お前一人ではまだまだきつい!
どうしよう。まさかの母親のほうが自分探しの旅を応援する流れになっている。
「レイティアさん、アンジェリカは勇者ですが、女の子なんですよ。たぶらかそうとするようなものも出てくるかもしれませんし……」
「でも、アンジェリカなら勝てちゃうんじゃない? アンジェリカがやりたいって言うならママは止めないわ~」
ヤバい! レイティアさんによる放任主義とのコンボが炸裂している!
このままでは自分探しに出てしまうぞ……。ぶっちゃけ、まだ男子なら少しぐらい旅に出てもいいかという気もするが、女子の一人旅は物騒だ。
ただでさえ、自分探しの旅なんかであればろくに金も持たずに出かけるだろうし、見ず知らずの者の家に泊まるなんてことも多いはずだ。
「ふふふ~。もう決定ね! じゃあ、明日の朝一番に旅に出るから!」
アンジェリカはアンジェリカでやけに行動力だけはある!
こうなれば――こいつの価値観を上書きしてやるか。
「わかった……。行きたければ行けばいい……」
ワシは腕組みしながら言った。
「あれ、魔王が認めるだなんて珍しいわね」
「その代わり、長旅になるわけだし、パーティーのみんなのところには顔を出していくようにしなさい。知らない間にいつ戻るかもわからん旅に出たなんていうのはいいことではない。逆のことをされたらお前もショックだろう?」
「それは……そうかも……」
よし、どうにか打開の糸口はつかめたぞ。
短い時間ではあるが、この間に打てる手を打っておこう。
本に影響されて自分探しの旅を決めるようなアンジェリカなら、やれることはある。
夜のうちにワシは罠を張るために各地に飛んだ。
●
翌朝。
日がのぼると同時にアンジェリカは家を出た。
革袋はいつもの冒険の数倍のサイズにふくれ上がっている。
おそらく野宿や自炊用の道具なども多いのだろう。
「じゃあ、ママ、行ってくるわ」
アンジェリカはすごくいい顔をしている。
内心、今の自分はかっこいいぞなどと思っているのだろう。
日がのぼる時間に出発するというのも格好をつけた結果のはずだ。
「は~い。行ってらっしゃい」
レイティアさんはいつものように右手を振る。
「晩ごはんまでには帰ってくるのよ~」
アンジェリカががくっと脱力した。
「いや、帰らないわよ。いつ戻ってくるかは本当にわからないわ。そう簡単に自分を見つけることはできないはずだから長丁場になるだろうけど」
そんなに自分を見つけたかったら鏡を見ろ、そんな言葉がノドまで出かかったが、ここで余計なことを言うと逆効果だから黙っておく。ここでムキにさせると、かえって家に戻ってきづらくなってしまう。
「ちゃんとごはんは食べないとダメよ~。無理なダイエットのためにごはんを抜くのはよくないからね」
「はいはい、食べるわ。三食ありつける旅になるかわからないけどね」
こいつ、一日ぐらい食べるものがなくてさまようのもかっこいいなどと考えていそうだな……。徹底して形から入るタイプだからな……。
「魔王もママのことをよろしくね」
「そんなこと、お前に言われんでもわかっている」
むしろ、お前をどうにかするために苦労させられている。
「ネコリンも元気にやるのよ」
「アホー、アホー。ドアホー、ドアホー」
「なんで、そんな言葉だけ覚えてるのよ!」
しっかりネコリンが本音を語ってくれた。動物だから言いたいことを言えるのだな……。
「今度こそ、行ってくるわ。宛てはまったくないけど、そういう気ままな旅もいいでしょ。目的地がないからこそ、発見できることもあるはずなの」
言葉が全部上すべりして聞こえる。この会話を記録して、後日、アンジェリカに読ませてやりたい。
「気をつけてね~」
レイティアさんはぶんぶんと手を振っていた。
一方でワシはずっと腕組みをしていた。
みんな、上手くやってくれよ。
父親というのは、娘に対してあまりにも無力な存在なのだ……。どちらかというと、逆らってナンボみたいな風潮すらあるのだ……。