118 魔王、勇者が浅はかなことにあきれる
「ええ、勇者の言葉に二言はないわ。ネコリンの世話はする!」
だが、アンジェリカはワシの意に反していい笑顔で答えた。
「ネコリンも連れて旅に出るから! 友はカラス一羽だけなんて、ものすごくかっこいい――じゃなくて、それぐらい身軽なのが一人旅としてはいいと思うの」
くそっ、全然解決には結びついていなかった! カラスなら旅に連れていけなくもない!
やっぱり、こいつ、かっこよさがすべての行動理念に優越するところがあるな……。
若い世代だからそれもやむをえないのかもしれんが、魔王の皇太子にしてしまった手前、このままではよくない気がする……。
ちゃんと教育せねば……!
「ところで、ネコリンは旅に参加したいのか?」
「もちろんよ!」
アンジェリカはネコリンのほうに手を伸ばした。
「ネコリン、ついてきてくれるわよね!」
しばらくネコリンはじっとしていたが――
台所のほうに歩いていってしまった。
本当に賢いなあ……。勢いだけに身を任せると、ろくなことにならないとはっきり理解している……。冗談ではなくアンジェリカより賢いかもしれない。
「ネコリン、私と過ごした日々を思い出して! 戻ってきて、ネコリン! ネコリン!」「お前……ネコリンは家族の一員になったばかりだぞ……。まだ一週間ぐらいしか経っていない……」
「しょうがないか。いくらカラスの頭がよくても自分探しは理解できないわよね。うん、私一人でバカをやってくるわ」
いや、だから、本当にバカだからやめてほしいのだが。
はからずも、トルアリーナが感じていた推しメンバー脱退のつらさを思い知ることになろうとは……。その推しメンバーも自分を探すだとか書いていたはずだ。
探すのは勝手だが、周りにそんなに迷惑をかけない範囲でやってもらいたいものだ……。
「それにしても、いったい何がきっかけで自分探しの旅をやるって言いだしたんだ?」
アンジェリカを焚きつけてるものが絶対に何かあるはずだ。人間はこの年頃になると誰しもが自分探しをしたがるなんてことはない。
「それは…………私の中で湧き上がるパトスというか、パッションというか、そういう系のが目覚めた系?」
「言葉を知りはしたが、まだ使いこなせてないという感じだな……。せめて理論武装程度はできるようになってから行動したらどうだ……?」
「旅に出なきゃと思ってしまったら出るしかないの。そういうものなの!」
バンバンと革袋をアンジェリカは叩いた。
その衝撃で、袋から何か本が一冊落ちてきた。
『自分を見つける旅に バレンダー・フライダー著』
「わかりやすく影響受けすぎにもほどがあるぞっ!」
今からどんな得心のいく理由を語ったところで、真相はその本を読んだからだ! それ以外にない!
しかし、よりにもよって典型的な「自分探し本」か。
そういや、魔族の世界でもずっと昔に流行った気がする。
着の身着のままで旅に出て、普段触れ合わない人に助けられたりして大切なものを学びました、人として成長しました――などと書いてるやつだ。
ただ、あの手のブームはもう廃れた。
理由の一つは自分探しをした連中がいまいちぱっとしなかったせいだ。
旅に出て、そんなすごい奴になれたら苦労はせん。
趣味で貧乏旅をするのは勝手だし、それはそれで面白いのかもしれんが、そこに成長だなどと意味をつけると、変な感じになる。
なんらかのジャンルで成長をしたいのなら、その道に打ち込んだほうがよほどマシである。剣術を極めたいなら、当てのない旅をするより剣術の師範のもとに通うほうがいい。
そもそも人としての成長というのが抽象的でどうとでも言えるのだ。
そして、まさに自分の家の娘があこがれてしまっている……。
さすがに、この本が出てきたことはアンジェリカにとってもカウンターパンチだったらしい。しばらく黙り込んだ。
「…………うぅ」
必死に言い訳を考えているのだろう。言い訳の余地などないと思うが、この本に影響を受けましたと素直に話すわけにはいかんはずだ。
「ええとね……この『自分を見つける旅に』というのは参考書なの……」
「その本に感化されて、自分探しの旅をするぞと決めたわけだな」
「いや、そういうわけじゃなくてね……ほら、読む前から私の心の深層に自分探しをしようって意識はあってね……それに対する気づきをこの本で得たの……まだ知らない自分を目覚めさせたいの……」
おそらく本の影響だと思うが、言葉がいつもよりうさんくさい。
「で、その本の著者はどういう自分探しに成功したんだ? ワシに話してみろ」
「乗せてくれる馬車を見つけて移動する旅をして、各地で住み込みで働いて、三年後に故郷に戻ってきたわ」
戻ってくるの、割と早いな! 書いた奴はせめて十年ぐらいは放浪しろ!
「それでそいつは具体的にどう成長したんだ?」
「ちょっと、今日の魔王、ずかずか聞いてくるわね……。性格悪いわよ……」
「魔王だから性格は悪くていいのだ。ワシの質問に答えろ」
しかし、この戦いは一時休戦となった。
「みんな~、ごはんよ~」
レイティアさんが夕飯を作ってキッチンからやってきたからだ。
カラスのネコリンまでレイティアさんの足下を一緒に跳ねながらやってくる。この家での暮らしにも慣れてきたようだ。
まさかペットとしてカラスを飼うことになるとは思っていなかったが、順応性が高い動物なので案外、ペット初心者にはいいのかもしれない。
「あっ、ごはんね。ママ、今行くわ。ていうか、もう来てるようなもんだけど」
アンジェリカめ、明らかに論戦が中断して救われたという顔をしたな。
しかし、ワシも「ごはんはあとだ。大事な話がある!」みたいなことは言えん。
レイティアさんのごはんが冷めるなどということはあってはならぬのだ。レイティアさんにもレイティアさんのごはんにも罪はない。
だが、ワシも負けんぞ。
レイティアさんの前で自分探しのことを話題に出して、旅などなかったことにしてやる。
魔王は勇者に負けるわけにはいかんのだ。
マンガワン・裏サンデーにてそれぞれコミカライズ最新話更新されました! なにとぞよろしくお願いいたします!