117 魔王、娘の自分探しに焦る
「それぐらい、アイドルって流動的なんですよ。そこに熱中したら、脱退で悲しむなんてことも当然起こりうるじゃないですか。なのに、トルアリーナさんは熱中して、しっかりと絶望していたからMだと言っているんです」
話を聞いていると、いろいろ腑に落ちてきた。
「お前がMだと言うのももっともだが、いつ、いなくなるかわからないような儚い存在だからこそ応援したくなるという感覚も同時に理解はできる。トルアリーナも一瞬の輝きだからこそ全力で声を送っていたのだろう」
たとえば、数千年続いてるお祭りなんかだと、別に今年参加しなくても、そのうち見に行く機会もあるだろうだなんて考える気がする。アイドルのファンはいつ消滅するかわからないから、今回が最後かもしれないから、毎回全力を尽くせるのではないだろうか。
「あっ、今、すっごくいい感じで会話が成り立ってますよね……」
「そういえば、そうだな。トルアリーナも帰ってしまっているからな」
「私はこのまま、宿屋に行く流れでも大丈夫ですよ! 不倫しましょう!」
「するか。ワシはもう落ち着いた年齢だから、そんな若気の至りみたいなことはせんのだ」
しかし、ついついフライセとの話が長くなってしまったのは事実だ。早く、家に帰らないと。
空間転移魔法で家の前に移動する。
我が家の場合はアンジェリカがアイドルやらのファンでないので、トルアリーナみたいなことはない。そこは安心だ。それともアイドルみたいなものって人間の国にはあまりないのだろうか?
帰宅すると、アンジェリカがやたらと大きな革袋に荷物を詰めていた。
「おっ、アンジェリカ、新しい冒険の準備か」
また、パーティーでどこかダンジョンの攻略でも目指すのだろう。
アンジェリカも冒険者としての実力は上がっているし、さらなる挑戦をしたい時期なのだと思う。向上心があるのはいいことだ。
「ううん、違うの。いや、冒険と言えば今まで以上の冒険なのかな」
なんか、ふわふわした返事が戻ってきた。
「アンジェリカ、今度はどこに行くつもりなんだ?」
「行き先は――――ないわ! むしろ、ないからこそ出発するの!」
意味が全然わからん。
「私はね、自分探しの旅に出ることにしたの!」
変なこと言い出したぞっ!
「お前、頭が混乱状態になるキノコでも食べたか? あるいは誤って酒でも飲んで酔っ払ったか?」
「失礼ね。私は正気よ!」
アンジェリカににらまれたが、本音を言うと、正気でこういうこと言われるほうがきつい。
「あのね、私はずっと勇者パーティーで行動してきたわけよ。それはかけがえのない時間だったと思うわ」
「うむ……。それを無意味なものだったと定義されると、ワシまで悲しくなる……」
魔王を倒すという目的は達成できなかったが、アンジェリカ自身の成長にこれまでの冒険は寄与してきたはずだ。
あと、ワシとしても、そのおかげでレイティアさんに出会えたわけで、感謝してもしきれない。縁は異なものだ。
「でもね、最近ふっと思ったの。このままみんなとパーティーを組んで冒険するだけでいいのかなって。実は自分の知らない可能性をつぶしてるかもしれないなって」
おっと! 妙なことを言いだしたぞ!
「ほら、私の周囲にはいつもセレネやナハリン、ゼンケイ、ジャウニスがいたでしょ。私にとってはみんながいるのが当たり前のことになってるの」
「それでけっこうなことじゃないか。とくにトラブルもないなら、そのままいればいいだろう……」
「それじゃ、ダメなの!」
アンジェリカは水筒を勢いよく、革袋に突っ込んだ。
やけに力んでいるのはわかる。
「私一人で何ができるのか、私は何も知らないままなのよ。今の私は、みんなと一緒にいる私しか知らないの!」
「う、うん……。言いたいことはわかった……」
「だから、一人旅をするの。自分探しの旅に出かけるの!」
「それはやめておけ!」
何を言うのかある程度予測がついていたので、ワシもすぐに止めた。
「どうして止めるの? 私を子供扱いしてるの?」
「それもあるが……お前が一人で旅に出るのは様々な意味で心配だ。トラブルの予感しかせんぞ……」
だいたい、娘が一人旅に出ると言い出したら、普通、親は心配するだろう。
だが、そこで、ふっとアンジェリカはシニカルな笑みを見せた。
娘ではあるが、若干イラッとさせられる笑みだった。
「まさにこのままじゃ私はいつまで経っても子供なのよ。だからこそ、自分探しの旅をしないといけないの」
「どうして、そこまで自分探しにこだわるんだ……?」
「それは…………ええと……」
あっ、こいつ、あまり深く考えてないなと、なんとなくわかった。
いつもの向こう見ずな行動と判断して十中八九間違いない。
「ほら……自分探しって響きがかっこいい――ではなくて……自分と向き合うためには一人旅をして、自分探しをする必要があるの。あてどもない旅を続けて、今まで発見できなかった自分に気づかないといけないの」
「お前、最初、『かっこいい』って言ったな。完璧に雰囲気で流されているぞ」
ダイニングの奥から「アホー、アホー」という声が聞こえてきた。
我が家の一員となったカラスのネコリンが鳴いているのだ。
もう、言葉を覚えたのか。やっぱりカラスは賢いな……。
「ちょっと、ネコリン! アホ扱いはひどいわよ!」
ネコリンが「アホー、アホー」と言いながら、こっちに小ジャンプを繰り返してやってきた。カラスはちょっとした距離ならぴょんぴょんジャンプしながら移動する。
「でも、たしかに頭が悪く見えるかもしれないわね。けど、自分の成長には一見、ばかげた行為も必要なの。むしろ、バカになるために旅に出るのかもしれない」
アンジェリカがかっこつけた、たそがれた笑みを浮かべた。
混乱魔法を受けたわけでもないのに、自分に酔っている。
いかんな。この流れだと、こいつは何を言っても全部自己正当化に結び付けてくるので、埒が明かん。
そうだ、ネコリンで思い出したぞ。
「お前、ちゃんとペットの世話はすると言っておったではないか。速攻で一人旅に出ますって舐めてるのか。自分の言葉には責任を持て」
これは今までの言葉と違って効くだろう。ペットの情に訴える作戦だ。