112 魔王の親戚、つまみ出される
「はい、次はどんなペット候補が出てくるのでしょうか」
トルアリーナがずっとうつむいたまま進行を続けた。
心を殺して、事務的にやるべきことをやってやろうということか。
そのあたりの公務員精神は見事だと思う。
「ええとですね、次は今回のペット候補でも最もイロモノ――個性的な存在のようです」
トルアリーナ、今、イロモノって言ったよな……。その時点で次もダメだろう。いや、エサのネズミをアンジェリカが気に入ったぐらいだし、一発逆転ということもありうるか?
――と、舞台袖から誰かが走って出てきた。
ちなみに、見知った顔だった。フライセだ。
あいつはスタッフとして裏方で動いていたはずだが、心配になって出てきたのか?
今までのところ、方向性はズレてしまってはいたが、フライセの頑張りは認めねばならない。どうにかこのまま走り抜けてくれ!
だが、そのフライセの胸にエントリーナンバーを示すワッペンみたいなのがついていた。
あと、服装もなぜかメイド服で、首輪がついていた。
率直に言って、ものすごく嫌な予感がした……。
「はーい! エントリーナンバー十六番、フライセでーす! 皆さん、ペットにどうですか? ほかのペットと違って家事も庭掃除もやりますよ~!」
こいつ、趣旨を勘違いしてるんじゃないのか。……いいや、こいつはわかっていてやっている。動物の手配もやってたわけだし、むしろ狙ってやっている……。
「魔王様、飼ってください! このフライセ、どのペットよりも利口ですから! とことんご奉仕しますから!」
会場が今までで一番変な空気になった。
「ねえ、魔王、あれは何なの?」
アンジェリカが冷たい目で聞いてきた。
「知らん。何が出てくるかワシも知らんかったからな。責任はない」
今度はワシが目をそらした。
「あらあら、かわいいメイドさんね~♪」
レイティアさん、とくにそいつのネタは拾わなくてもいいです。
「どうしたら、魔王側室として権力を手に入れられるのか――私が考えに考え抜いた方法が、『魔王邸に就職作戦』です! 公務中に接近しても、魔王も当然お仕事の最中なのでちっともいい雰囲気になれませんが、リラックスした家での時間に接近すれば恋に落ちることだってきっとあるはず!」
仮にメイドさんを雇うことになったとしても、絶対にこいつは雇わんとこう……。
フライセ、やけに一生懸命働いていたと思ったら、このためか。
中途採用のことは白紙にしよう。
「さあ、どうですか? 今回の候補の中でぶっちぎりで私の知能が高いですよ!」
どうでもいいけど、フライセはペットと同列にエントリーされて恥ずかしくないのか。一応、貴族のはしくれじゃないのか。もはや、そのあたりのことは全部捨てたのか。
「メイドさんはとくに募集してないわね~。とくに家事が追い付かないということもないし、ガルトーさんもよく手伝ってくれるし」
そう、ワシはレイティアさんに何でも任せるなんてことはしてない。料理のレパートリーも増やすため修行中である。
「というわけだ。メイドなどいらん」
「ま~ま~、そう言わずに~。一度、自分で何もしなくてもお皿が洗われてたり、部屋が片付いてたりってことに慣れればメイドなしではいられなくなりますよ~。奥さ~ん、どうですか~」
悪魔の誘惑みたいなことを言ってくるな。
「そして、魔王様は全力で籠絡してみせます! 側室に私はなる! 玉の輿で大逆転してみせます!」
アンジェリカの今日一番あきれた顔がきつい。
「魔王、あの人、何なの?」
「遠い親戚の貴族だけど、没落してヤケクソになってる奴だ。マスゲニア王国にもああいう貴族出身者、少しはいるんじゃないか?」
「いや、あれはいくらなんでもいないでしょ」
まともな反応をされるとワシのほうがいたたまれなくなるのでやめてほしい。
司会者のトルアリーナが何か指示をしたかと思ったら、スタッフが数人出てきた。
そのまま、スタッフがフライセを運んで、どっかに連れていった。
「ちょっと! 放してください! まだアピールタイムは終わってないですよ! 審査の後半に登場することによって印象の上書きを図る作戦が!」
「つまみ出してください」
司会者がイベント中に言う言葉ではない。
フライセはこれで排除できたが。
いまだにペットとして選ばれそうなのが出てきていない……。
イベント失敗及び、アンジェリカからのワシへの評価も低くなりそうだな……。何もかも、裏目に出ている気がする。
「え~、残念ですが、次が最後のペット候補です」
無情にもトルアリーナがそんなことを告げた。フライセも後半に登場するって言ってたよな……。あの言葉に間違いはなかったのか。
「ここまでのご感想を審査員のご家族に聞いてみましょう。まず、皇太子殿下」
「無理してペットを飼わなくてもいいかなと思うようになったわ」
すでに終わった空気を出すのはやめろ」
「続いて王妃、いかがですか?」
「最近、近所の猫ちゃんに子供が生まれたのよ~。とってもかわいいわよ~。母親の猫ちゃんは子供がどこかに行かないか気をつけて見てるのに、子供のほうは興味津々で人間のほうにも近づいてくるの。もう、純真すぎるわ。けど、母親の猫ちゃんがしっかり親の顔になってるのも、またかわいいのよね~」
レイティアさん、イベントについて言及してください。
「最後に魔王様、どうして失敗したとお考えですか?」
「失敗前提で尋ねるのはおかしいだろう!」
「責任はどのようにお取りになられますか?」
「敗戦処理をワシに背負わすな!」
「え~責任は担当者のフライセという者がとることになるようです。厳正に処分したいと思います。ご来場いただいた方にはご迷惑とご心配をおかけいたしました」
イベントが終わる前から謝罪が発生するの、おかしいだろう。
「以上、審査員のコメントでした。今回は魔王様も選ぶ側なので、最終的な候補者の選定に携わってもらわなかったのですが、それが見事に裏目に出たようです。肝心の皇太子殿下へのヒアリングを怠ったことも敗因の一つでしょうか」
もう、徹底して終わらせにかかっている。