110 魔王、審査が難航して頭を悩ます
「エントリーナンバー一番はフラベー原野スネイクです」
トルアリーナの声とともにスタッフの魔族が五人がかりで大きなヘビを持ってきた。
「シャーシャー! シャーシャーッ!」
「おっと、フラベー原野スネイク、かなり興奮していますね。毒はないですが、ゴブリン程度なら一飲みにしてしまうので、気をつけたいところです」
司会者、淡々としすぎているので、もうちょっと盛り上がりを考えてほしい。司会のプロみたいなのを雇うべきだったか? でも、予算をオーバーするから無理だな……。
せっかくなので、ワシもステージに上がってヘビを撫でたり、首に巻いたりして確かめる。
「うん、さすが魔族の土地でも最大のヘビなだけはある。鱗も美しく、気品がある。飼い馴らせば、番犬の代わりにもなるし、ちょうどよいかもしれんな」
ワシはアンジェリカのほうに視線をやった。
「アンジェリカ、お前も触ってみろ。顔に近づかなければ、食われることはないから安心だ」
「いや…………ヘビの時点で遠慮するわ……」
アンジェリカが首を左右に振っている。
「お前、ヘビは苦手だったか。ヘビ好き女子も最近は多くなってると聞いたんだが、そのあたりは個人差もあるからな」
「いや、苦手とかってことではなくて……ペットとして飼いたくはない」
「大きい個体だが、餌は月に一回やるだけで十分だぞ」
「とっても経済的ね~」
主婦歴が長いだけあって、この部分をレイティアさんは評価した。
「いや、パスで……。ヘビは飼いたくない……。勇者のペットらしくない」
司会者のトルアリーナがスタッフにヘビを持っていけと指示を出した。
重いのを持ってきてくれてご苦労様です。
「皇太子がヘビを好かないということで、これはダメのようですね。どんどんいきましょう、エントリーナンバー二番、魔族の土地最大級のモグラ、巨人モグラです。どうぞ」
トルアリーナがどうぞと言ったが、何も出てこない。
そこにスタッフが何か事情を説明しにやってきた。
「ああ、なるほど、なるほど」
トラブル発生だろうか? トルアリーナが落ち着き払っているのでよくわからない。
「ええとですね、この会場の地下深くに今、巨人モグラが来ているようです。ただ、目で見ることはできないらしいので、心の目で見ていただくしかないですね」
「「じゃあ、ダメだ!」」
ワシとアンジェリカの声が重なった。
「あっ、今のは魔王も問題だと思ってたんだ……。共感者がいると勇気づけられるものね……」
アンジェリカはどうも複雑な表情をしていた。味方がワシだからだろう。
「そりゃ、見えないのでは判断のしようがないからな……。モグラでは世話のしようもないし」
「ということで、このモグラもパスして。次の動物を持ってきて」
「はいはい、次は三番ですね。三番はビヒモスですね」
かなり手前から何がいるか見えた。
三階建ての建物ぐらいの身長のビヒモスが会場にやってきた。
「ウググググ、ググググ……」
ビヒモスの鳴き声って久しぶりに聞いたと思う。こういう声なんだな。
見た目はなんだろう、鼻が短くて耳も大きくないゾウといったところか。
「あら~、とっても大きいわね~。背中に乗ったら眺めがよさそう~♪」
レイティアさんは手を合わせて、いいポイントを見つけている。よかった探しが上手い。
「うん、これはかなり立派な個体だ。アンジェリカ、お前はどう思う?」
思いっきり、首を左右に振られた。
「こんなペット飼えるか! ふざけてるの!? ちゃんとしたの、持ってきてよ!」
「むっ……。わがままな奴だな……。ちゃんと、かっこいい動物を集めておるだろうが!」
「かっこよさの基準が私と魔王では違うの!」
むっ……。序盤から雲行きが怪しいぞ。
魔族の観点から持ってきた「かっこいいペット」がことごとくアンジェリカの目から見てアウトだったりせんか……?
「どうやら雲行きが怪しくなってきました。大丈夫でしょうか」
司会者、なぜ盛り下げるようなことをきっちり言う?
それから先もいろんなペット候補が登場したが、アンジェリカがことごとく「パス」と言い続けた。お前はカードで賭けでもしてるのか。
観客のうち、一割ほどは帰ったようで空席が見えはじめた。期待外れだったのだろう。だとしても、魔王のイベントだから訴えられたり、返金訴訟をされることはないので大丈夫だ。しかし、第二回はないかな……。
「さて、魔王様のご家族に質問です。現時点で気になっている動物やモンスターがあれば教えてください。ちなみに私はペットに金を使うなら、アイドルにつぎ込みます」
司会者、お前の趣味なんて聞いてない。
「気になってるのがいるかって? 全部ないわ」
アンジェリカが即答した。
「甲乙つけがたいということですね。ありがとうございました~」
深く掘ると厄介なことになると思ったトルアリーナが大人の対応をした。
「いや、そういう意味じゃなくて、どれもお金もらってもペットにしないってことよ! 不適格も不適格なの! こんなのでペットを選べるわけないでしょ!」
おい、観客も多いのに、審査員がキレるな! 皇太子としての印象が悪くなるだろう……。
しかし、一方で家長としてわがままな娘を叱る必要も感じていた。褒めて伸ばす教育は大事だが、それだけではいけないのだ。
「アンジェリカよ、何が悪い? かっこいいペットがいいという話だったから、かっこいいものを取り揃えたのだぞ。そりゃ、姿を見せないモグラみたいなのもいたが……ほかはかっこよさという点ではなかなかのものだったはずだ!」
「え……? かっこいい……? あれが……?」
なんか、アンジェリカが鼻で笑った。
正直、まあまあイラッとした。
娘でなくて息子だったら殴りかけていた。
「かっこいいだろう……? とくにビヒモスのあの巨体なんて、純真な子供が『かっこいー!』って言うやつだぞ。しかも、ああ見えて、温厚だから飼いやすくもあるのだ」
ちなみにワシはビヒモス推しだった。ああいう大きなモンスターを飼うことに多少のあこがれはあった。自分のペットに乗って買い物に行くとか、わくわくするよな。
「ちがーう! 根本的に間違ってるの!」
アンジェリカは両手で×を作った。