108 魔王、ペットを飼うことを承諾する
とはいえ、それもいいかもしれんな。
「猫か。そうだな、猫ならそのへんにも野良がいるし、それを捕まえてくるならいいぞ。エサをやってればなつくだろう」
頭ごなしに反対したりはしない。
動物の世話をすることはアンジェリカの教育にも悪くないだろう。あと、勇者なんだし、庇護欲みたいなのはあってもいいと思う。
「いや、とくに猫である必然性はないの」
あれ、猫をかわいがっていたと思ったが、犬派だったのか? 犬派だからといって猫も好きってことも全然ありうるか。
「どっちかというと、もっと別のペットがいいわ。こう、勇者にふさわしいようなやつ!」
なんか、動機が不純になってきた……。
「実際、猫は割とどこにでもいるし、すでにママが何匹か餌付けしてるのよ」
レイティアさんが台所で食器を拭きながら、「ペコちゃんとフック君に今日もごはんあげてきたわ~」と言った。レイティアさん、きっちりと慈愛の精神を発揮しているな……。
「ちなみに、ペコちゃんがオスでフック君がメスなのよ。ママが適当に名づけちゃったの」
少し面倒くさいな、それ。とくにワシらに支障はないけど。
「そんなわけで猫は割と見飽きてるの。クーリスさんの飼い猫がかわいいのは間違いないけど、どうせ飼うならほかの動物いいかな~って」
「じゃあ、犬か」
「でも、このへんで手に入る犬もいまいち面白みがないのよね。所詮、犬でしょ。スペシャル感がないわ」
「いや……ペットは家族の一員なわけで……その時点でスペシャルであり唯一無二だろう……?」
「魔王、なんかないかな? 勇者のペットとしてかっこいい動物? なつくならモンスターのたぐいでもいいんだけど!」
こいつ、ペットをファッションの一部か何かと勘違いしている!
浅はかな発想の金持ちか!
「お前なあ……なんでかっこいい必要があるんだ? かっこいいものにあこがれているわけでもないだろう? お前、黒猫をすっごくかわいがってたし」
クーリスさんの黒猫はアンジェリカにかまわれすぎて、嫌がっていたぐらいだ。
どっちかというと、アンジェリカはかっこいい動物よりかわいい動物を好んでそうだと思ったのだが。
アンジェリカは手を左右に振って、否定の意を示した。
「魔王、問題よ。これまでに歴代何人の勇者がこの国にいたかわかる?」
「知らん。勇者の数などカウントしたことはない」
だいたい、勇者なんて自称してる奴も多そうだし、厳密な初代勇者とかわかるものなのか? 昔の勇者なんて伝説の一種と化してる気がする。
「うん、私も知らないわ」
ワシは椅子から転げ落ちそうになった。
「知らんのだったら、クイズみたいな聞き方するな!」
「とにかく勇者はたくさんいたわけよ。二、三人ってことはないでしょ。有名どころでも、あの人でしょ。あと、あの人、ええと、それからグレンなんたら……」
具体的には二、三人しか浮かんでない気がするが大丈夫か?
勇者マニアが勇者になるわけじゃないから不都合はないかもしれんが。
「でね、そんな勇者がたくさんいる中で目立つには個性がいるのよ。女勇者ってことだけじゃ足りないわ。女勇者も調べてみたら意外といたし……。三人連続ぐらいで女勇者だった時代もあったし……」
目立つことを前提にして過去の勇者を調べたように聞こえるが、事実、そうなんだろうな……。
「だからね、変わったペットがいれば個性になるでしょ! 『ああ、あの変わったペットがいる勇者か』ってなるでしょ!」
「記号的な意味のためにペットを求めるな!」
作り話でもいいから、ペットへの情愛を表に出せ。その理由で「なら、飼おう」って言う親もかなりヤバいだろう……。
そこにクッキーを皿に盛ったレイティアさんがやってきた。近頃のレイティアさんはおやつ作りに凝っている。そろそろ店で売れるレベルになってきている。
「アンジェリカはパパが魔王という点がすっごい個性があるわよ~♪」
見事な正論だった。
「そうだ、そうだ! しかも今のお前は魔王の皇太子でもあるのだ! もう、設定全部載せみたいになっている! これ以上、ペットまでいらん! 記号としても多すぎる。むしろ引き算の発想を大切にしろ!」
「魔王の存在は言われると思ったけど、それじゃ…………ダメなの!」
アンジェリカは両手を大きくクロスさせて、×を作った。
そんなに大きく×印を作る奴、あんまりいないぞ。
「だって、父親が偉いって自慢するの、親の七光りみたいじゃない! まして親が強い魔王ですって強調されると、私のほうはたいしたことないみたいに聞こえるわ!」
こういうケースを七光りというのかは不明だが、言いたいことはわかる。
親が魔王ですということになると、その設定のほうに喰われてしまって、勇者である自分は目立たないということだな。
親の設定を覆い隠すぐらいにインパクトある勇者の設定がほしいのだろう。
「ねえ、魔王なら各地からいろんな動物やモンスターを取り寄せられるでしょ? その中からかっこよくて、よくなついて世話も楽なのを飼うわ!」
わがままの極致みたいな要望を出された。
ワシはあきれた。ワシじゃなくてもだいたいの親なら、この子供舐めてるなと思うだろう。
だが、動機がどれだけ私利私欲にまみれていようと、ペットを飼うことが教育にいい影響を与えるというのは事実だ。
「お前、世話は本当にするんだろうな? レイティアさんに全部押し付けるのは絶対にナシだぞ」
レイティアさんにばかりペットがなつく可能性はあるけど、それでもアンジェリカに散歩ぐらいはさせるつもりだ。飼いたいと言い出したのはアンジェリカなのだから。
「当然よ。勇者アンジェリカはペットの世話もろくにしなかったなんて後世の記録に書かれたら嫌だもの。むしろ、過保護なぐらい甘やかすのを心配しなさい」
アンジェリカは握りこぶしを作っていった。
こいつ、全体的に過剰なんだよな。レイティアさんと性格が違いすぎるのはなぜなんだ。
それはそれとして、ペットの面倒を見るという覚悟はある程度感じられた。
あと、ペットがいる生活というのは面白いかもしれん。
ワシはペットを飼ったことがない。
散歩のために外出したりするのは防犯の問題としてよくないし、世話係を雇うと、魔王のペットの世話だからその者は無茶苦茶神経をすり減らすだろう。
今なら家族で暮らしているから、ペットを飼う壁はずっと低い。
わしはゆっくりとうなずいた。
「よし。ではペット候補を魔王の城のほうで用意しておくとしよう。候補が集まったら呼ぶから、城に来るがいい」