102 神官ナハリンの訪問
今回から新展開です! 章タイトルは例によって少し進んでからつけます。
ある日の休日。
ワシが家で本を読んでくつろいでいると、ドアをノックする音がした。
腰を浮かそうとする前に、向こうから名乗る声があった。
「神官ナハリンである。開けてほしい」
アンジェリカのパーティーのナハリンか。
目的はアンジェリカにあるのだろうが、この声では部屋にいるあいつには聞こえんだろうな。
魔王が出ていくよりは勇者が出たほうがいいだろう。
ワシはアンジェリカの部屋のドアをノックした。
「お友達が来てるぞ。ナハリンだ」
「はーい。すぐ行くからー」
しばらく待っていると、パジャマ姿のアンジェリカが出てきた。
「お前、なんでパジャマなんだ……? もう昼過ぎだぞ……」
たしかにすぐ行くとは言ってたし、着替えて待たせるのもどうかという気もするが。
「今日は家でだらだらする日だから。別に家の中でどんな格好しててもいいでしょ。私だって、パジャマで王様と謁見したりはしないわよ」
「とにかく、お友達のところに行け」
「その『お友達』って表現やめて。『仲間』でいいでしょ」
似たようなものだろと思うが、少し気恥ずかしいのかもしれない。
アンジェリカと対面したナハリンも、パジャマであることに少し面食らっていた。
それにしても、ナハリンはいつ見ても背が低い。いったい何歳なのだろう。
「もう、パジャマ……。もはや、日が沈むと同時に就寝する晴耕雨読的生活を送っているのか?」
「違うわよ。面倒だから着替えてないだけ。パジャマパーティーみたいでいいでしょ?」
無理矢理、好意的な解釈をしてきたな……。パジャマパーティーをする時だって、こんな明るい時間からはパジャマにならんだろう。
「そ、そうか……。今日は話したいことがあって参った」
「わかったわ。テーブルの席に座って。魔王はどかすから」
おい、ワシがどくの前提か!
しかし、友達に父親をあまり見せたくないという気持ちはそんなにおかしなものでもないし、そこは従ってもよいか。
「いや、魔王殿もそのままでよい。むしろ、同席していただきたいぐらいである」
なんだ? ワシも加えてどこかに冒険に行くといった話だろうか。
それはまんざらでもないのだが、ワシのせいでパーティーの平均レベルが上がりすぎて、ちょっとずるい気もするのだよな。まんざらでもないのだが。
「え~、魔王も交えて? なんか嫌だな……」
娘のほうに拒否反応を示されている。
「それだけでなく、レイティア殿にも参加いただけると幸いである」
ということは家族全員参加か。教師の家庭訪問みたいになってきたな。
「はいはーい。ナハリンちゃん、こんにちは~」
エプロン姿のレイティアさんがやってきた。おそらく、お菓子作りでもやっていたのだろう。
「あら、ナハリンちゃん、前より背が高くなった?」
「気づかれましたか。さすが、勇者の母親。鋭いです」
ワシだけでなく、アンジェリカも「本当に大きくなってるの?」という顔をしていた。下手をすると、以前より縮んだと言われても納得してしまいそうなほどに背が低い。
「もう少しでクッキーが焼けるからちょっと待っていてね」
「わかりました。では、本題のほうはその時にお話しいたします」
いったい何を話すつもりなのだろう?
期待よりも不安のほうが大きくなってきた。
やがてレイティアさんは焼きたてのクッキーを持って、お皿をテーブルに置いた。
「ママ、ありがとう! じっとしてるだけでお菓子が出てくるって最高よね! ダンジョンだと絶対にありえないし、兵糧用の食事もまずいし。あれ、どうにかならないのかしら」
「ダンジョンと実家を一緒にしてもしょうがないだろう。あと、お前、なんで冒険者になったんだ……?」
アンジェリカは安定した仕事が似合いそうでもないが、そんなに冒険者向きの性格でもない気がする。
「魔王は余計なこと言わないでいいの。それで、ナハリン、いったい何の用なの?」
「うむ。用件というのは、ほかでもない。むぐむぐ」
むぐむぐというのはナハリンがクッキーをかじっている時の音だ。神官でも甘いものはとくに戒律で禁止されたりはしてないようだ。
「むぐむぐ……実は、アンジェリカたちの家族ご一行を我が修道院に招待いたしたいと思っている」
「ああ、そういえばナハリンは今も修道院で暮らしているのだったな」
「御意」とナハリンがうなずきながら答える。
「うれしいわ~。わたし、修道院に行ったこととか長らくないの。まだ子供だった頃に、修道院を見学して以来だわ~」
そこで、レイティアさんは修道院の名前を二つほど出した。どちらもワシも知っているところだった。
「その修道院はいわゆる観光地化した場所。今回招待する修道院は厳格な規律で運営されている、世俗の空気を受けてないところ。以前にごらんになったところとは雰囲気も違うかと」
ナハリンが註釈を加える。
直接は言ってないが、そんな俗なところとは一緒にしないでほしいといった空気を感じる。そりゃ、ガチで修行をしている身からすれば、テーマパーク然とした観光寺院と同列に扱われるのは癪なのだろう。
しかし、どうして、そんな厳格な修道院に招待すると言ってきているのだろう?
観光地に招待されるならわかる。でも、その真逆の場所なのだぞ。
「ワシも行くことはやぶさかではないが、動機を知りたいな。なんで家族全員なのだ? パーティーの一員であるアンジェリカだけというなら話はわかるが」
「ずずず。ごもっとも。今から説明させていただく」
この、「ずずず」はナハリンがお茶を飲んだ時の音だ。こいつ、けっこう音はたてるんだな。
「目的はずばり、アンジェリカの心身を健全に鍛えなおすため!」
ナハリンの声が珍しく、少し張った。
ああ、なるほどとワシは思いそうになったが、アンジェリカがすぐに物申す顔になった。
「ちょっと、ちょっと。どういうこと? 私は普段から体も鍛えてるわよ。今日はパジャマだけど!」
そこでパジャマだから、説得力に欠けるのだ……。
とはいえ、剣や魔法の特訓をしているのは完全な事実だ。他国の勇者と戦うために特訓したせいもあって、アンジェリカは以前より強くなっていると言っていい。
「では、表現を変えたい。鍛えたいのは心のほう。もう一度勇者にふさわしい心を取り戻してもらいたい!」
ナハリンがさらに声を大きくさせる。
「今のアンジェリカは勇者というより、魔王の忠実な配下のように見える! このまま看過するわけにはいかぬ!」
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