1 死んだ妻に似ている
新連載開始しました! 主人公をおじさんにして何か書こうとしたらこんな感じになりました。よろしくお願いいたします!
「ふん! そんな攻撃魔法、効かぬわ!」
ワシは胸を張って、真正面から炎の魔法を受ける。
厳密には多少は喰らっているし、痛くはあるのだが……そこは格好がつかないので我慢している。
「なっ! 魔法使いセレネの攻撃魔法ですら効かないだなんて!」
敵側の勇者アンジェリカが衝撃を受けていた。
女勇者アンジェリカ。まだ齢十六だったと思う。その歳で勇者として女子ばかりの勇者パーティーを作るとはなかなかやる。
が、しかし――所詮、にわか仕込み。魔王であるワシに勝てるほどではない。
ワシの名はガルトー・リューゼン。このマスゲニア大陸を支配する魔王である。
といっても、ほかの大陸とかでも、たくさん魔王はいるらしいし、人間の国同士でも争ってたりするし、ワシを倒せば人間の世界は救われてみんなハッピーというほど単純ではないのだが、女勇者たちの国の敵であることには違いない。
「お返しだ、女魔法使い」
ワシは火球をセレネにぶつけてやった。
悲鳴をあげて、セレネが倒れる。
これで残るのは女勇者のみ。
「アンジェリカよ。お前たちはまだまだ子供だ。特別に出直す機会を与えてやる。逃げ帰るがいい」
「ふん! 私は勇者よ! 魔王にお尻を向けるなんてできるわけないでしょ!」
威勢だけはいいな。
でも、ワシとしては戦いたくないのだ……。
というのも、ごく個人的な理由になるのだが、女勇者アンジェリカはどことなく、ワシの亡き妻の面影があるのだ……。
ワシの妻ササヤは今から三百年ほど前に亡くなった。
当時の四天王の一人がワシを殺そうと反乱を起こした。
もっとも、その四天王が襲った城にはワシはいなかった。視察で出かけていたのだ。そして、運悪く妻だけがいた……。
もちろん、ワシはすぐに謀反の連絡を受け、裏切り者の四天王を八つ裂きにしたが、必死に抵抗した妻のササヤは半死半生の状態にあり、数日後に亡くなった……。
妻の最期を看取って以来、ワシは独り身でずっと過ごし、魔族でも中年と呼ばれるような歳になった。
再婚の話は何度も持ち上がったが、すべて拒否した。
ササヤのような、穏やかで、それでいて芯の一本通った女など、ほかにおらん。
仮に再婚したとしても、その新しい妻だって、前妻と常に比べられたら不愉快だろうしな。
しかし、まさか、女勇者がちょっとササヤっぽい顔立ちとは! いや、あくまでもちょっとなんだが……。
これもまた因果というものだろうか。とにかく、手にかけたりはしたくない。
あと、最近、人間の国でも、ワシの支配している土地でもそういうのうるさいんだよね……。子供とか女子とかだと、敵でもあまり残虐なことをせずに送り返すべきみたいな風潮になっている。
――以上のような理由でワシは女勇者アンジェリカに帰ってほしいのだ。
「負けない! ここで負けたら今までやってきたことがすべて無駄になる!」
剣を杖代わりにしてどうにかアンジェリカは立っている。
くそ、退く気はないのか……。
「待て待て。『すべて無駄になる』は、いくらなんでも言いすぎだろ……。これまでの人生経験はきっと無駄にならんから、出直せ。まだまだお前らは若いんだから……。十代なんだから、人生はまだまだはじまったばかりだ」
「なんで魔王が先生みたいなこと言ってるのよ! なによ、偉そうにヒゲなんて生やして!」
そりゃ、もう中年だしヒゲぐらい生やす。そこは悪く言わないでほしい。
「覚悟しなさい、魔王ガルトー・リューゼン!」
剣を持って突っ込んできた女勇者を――
ワシは右腕で払いのけた。
「きゃあああっ!」
アンジェリカのあげる悲鳴がワシの耳にも響いた。そのまま、アンジェリカはばたりと倒れた。手加減したから死んではいないだろうが、気絶ぐらいはしただろう。
疲労と傷で動きに集中できていない。
努力論だけではよい結果はついてこないのだ。
「さてと……こんなところに置いておくと、ヘルハウンドの餌になってしまうし…………送り届けるか……」
私は移動魔法を唱えた。
魔王なのでその程度の魔法は造作もない。
そして、女魔法使いの故郷の町に来た。
うん、あまり知られていないが、人間の町に来ることもできるのだ。
ちょうど女魔法使いの兄らしき男がいたので、声をかけた。
「あっ、すいません、そちらのお嬢さんが魔族の土地の戦闘で倒れたので、お連れしました」
「あ……セレネ、セレネ!」
「軽い火傷はありますが、命に別状はないです。ご安心ください」
「わざわざありがとうございます。最近の魔族は女性にあまり暴力は振るわないというのは本当なんですね」
なんか感謝されてしまった。
そう、敵を捕らえても、残酷な刑罰とか拷問とかしてもいけないことになっているし、人間と魔族の争いも新しい局面に入ってる気がする。
「それじゃ、ワシはこれで。ほかのパーティーの方も送り届けないといけませんので」
「わざわざすみませんでした!」
まず一人目は終わった。このまま、平和的に送り返せればいいだろう。
あまり雑に扱うと、魔族の女性団体からも苦情が入るのだ。
「じゃあ、男の勇者とだけ戦うよ。だったら人間の女を傷つけることも絶対ないからいいだろ?」と一回言ったのだが、それはそれで女性の社会進出を阻むようなことだからダメらしい。
冒険者みたいな危険な仕事は男だけという価値観もあまりよくないとか。本当にいろいろとうるさい。
そして、ワシは勇者パーティーを一人ずつ送り届けていった。
さすがに部下にやらせてもいいのだが、魔王のところにまでたどりついた奴らではあるのだし、そこは敬意を払って自分で送り返すのだ。
最後に女勇者アンジェリカが残った。
「気を失っていると、余計に似ているな……」
当然、亡き妻ササヤと違うことぐらいわかる。だいたいササヤは角が生えていたし。それでも、ササヤのことを思い出してしまうぐらいには似ていた。
「あまり変な思い入れは無用だな」
ワシはアンジェリカを抱きかかえて、移動魔法を唱えた。
女勇者の出身地である農村はよく知られているからワシも場所はわかる。農村が有名なのではなく、女勇者の出身地だから有名になったのだ。
たしか、女勇者の父親は早くに亡くなって、母親一人の手で育てられたとかいう話だ。
だったらなおさら、冒険者だなんて危険な仕事はせずに母親のそばにいてやれよと思う。これもおっさんの余計なお世話だろうか。
女勇者の家では女性が一人、ホウキで家の前を掃除していた。
「あの、女勇者のおうちでしょうか? 魔族の地で倒れたので、お届けにきました。命は無事です」
「あららら、親切なこと。本当に、ありがとうございますね~」
その掃除中の女性は顔を上げた。
刹那、ワシは雷魔法に撃たれたかと思った。
亡き妻にあまりにも似ているっ!
その少し垂れ目がちなところ。おっとりとした話し方。
なにより、彼女の発する空気。
「あの……失礼ですが、女勇者の……お姉さんでしょうか?」
「いえいえ、お上手ですこと。わたし、その子の母親ですわ」
母親だと! そんな歳には見えないが……。いや十代でアンジェリカを産んだとしたら、これぐらい若くてもおかしくはないのか……。
そ、そうか、アンジェリカですらササヤっぽさがあったのだ。
まして、そこから小娘要素を抜いて、大人に近づければ、もっと似るのも当然のこと。
「もしかして、魔王さんでしょうか? その立派なお体、そうかとお見受けするのだけど」
のぞきこむように女勇者の母親は言った。
「は、はい……魔王をやっております、ガルトー・リューゼンと申します……」
ごく普通に自己紹介をしてしまった。ちょっと威厳がなさすぎるだろうか。
「あの、よかったら、お茶でも飲んでいきませんか? ちょうどハーブティーを作ろうと思っていたの」
初対面の相手にも、ちっとも壁を作らないところもそっくりだ。
「では、一杯いただけるとうれしいです……」
ワシはそのまま、女勇者の家に入った。
「すみません、失礼ですが、お名前は?」
「わたしですか? レイティアと言います」
「レイティアさんですか」
ワシは完全に舞い上がっていた。
次の話も早目に更新いたします!