×千寿ー01(未知)
僕の目の前には、水晶を見ている千寿さんがいた。
といっても、覗き込むのではなく、ただ単に見ている。
そこから何かを読み取ろうとしている気配は無い。
その上、視線は水晶にあるものの、彼女の両手にはトランプのばば抜きをする時のような感じで広げたタロットカードがあり、もう何がしたいのか分からない。
タロットカードってそうやって使うものではないと思うんだけど。
英知か鞘香さんが居れば、これは何の儀式なのか聞くことも出来るのだが、あいにく二人ともここにはいない。
鞘香さんの新しい【微妙に】シリーズの実験という事で、二人とも何処かに行ってしまった。
二人きりになると、千寿さんは、「そうね、いい機会だから、占ってあげるわ。」と言い、何やら準備を始めた。
断るという選択肢は与えられてないらしかったので、占って貰う事になった。
……んだけど、何だろうこの状況。
水晶をどこか虚ろな目で見ながら、手を前に押し出し、鞘香さんが言った。
「ほら、引きなさい。」
命令口調かよ!!
………まぁいいけど。
何枚引くか言われなかったけど、こういう場合はおそらく一枚だろう。
僕は一枚を選び、まさにばば抜きのような感じで引き抜いた。
「ふーん、【塔】の逆位置ね。」
逆かどうか、この場合どうやって判断するんだろうか。
千寿さんの采配次第でどっちにもなるんだけど。
……まぁ、コレが逆位置というのなら逆位置なんだろう。
「…………………」
「…………………」
二人とも沈黙。
って、ええ!?
何で沈黙!?結果とか言ってくれないの!?
「…………あの、千寿さん、結果は?」
「きっと悪い事が起こるわ。」
また大きく括ったな。
悪いと思えばなんでも悪い。
そんなの主観な問題な訳で。
「いや、もうちょっと詳しく………」
「だから、きっと悪いことが起きるわよ。」
「…………………」
どうしようかと、半ば真剣に悩んでいると、千寿さんは、飄々とこう続けた。
「冗談よ、今からが本番。」
千寿さんはそういうと、顔を隠していたベールを外し、
僕の顔を左右から両手で押さえつけ、自分の顔を近づけて来た。
綺麗な顔立ちをしている。
僕は何だか恥ずかしくなって、視線を逸らそうとしたが、
「動かないで!!」
と怒鳴られ、視線の自由も失ってしまった。
視線が交差する。
千寿さんに目を覗かれる。
その奥の何かまで、覗かれる気がした。
時間にして5秒ほどだろうか――僕としてはもっと長く感じた訳だけど―――僕の目を見ていた千寿さんは、やがて眉を顰め、僕の顔を離した。
おかしいわね、と呟く声が聞こえた気がした。
「…………………」
「…………………」
二人してまた沈黙。
いや、だから…………
「あの………結果は?」
馬鹿にしたような視線で―――きっと気のせいだろう―――僕を見ながら、千寿さんは堂々と言った。
「分からないわ。」
…………やれやれ。【此処】の人間は、やっぱり皆、何かしらおかしいらしい。
はいそうですか、と引き下がれる訳もなく、もう少し詳しく聞いてみる。
「いや、分からない、というのは?」
「だから分からないわ。」
「いやでも――」
「五月蝿いわね、分からない物は分からないの!!そんな事も分からないの!?」
そんな事もと言われても。
それだと占いとは言わないのではないか。
僕を無言で睨んでいた千寿さんだったが、しばらくすると視線を落とし、小さな声で言った。
「悪かったわ。今日は調子が良くないみたい。………出て行って、もらえるかしら。」
その言葉に逆らう理由も、勇気も無かったので、僕は黙って部屋をあとにした。