×英知ー02(愛好者)
「犯人がさ、最初から分かってるヤツってあるだろ?」
例の自動販売機の前で、またしても英知と出会った。
横にある、古いタイプのベンチに―――まぁ、新しいタイプのベンチなんて知らないんだけど―――座って、林檎ジュースを飲んでいる。
何か英知とは、この場所に縁があるな。
「念の為に聞くけど、それは推理小説の話だよね?」
機械に硬貨を落とし込みながら聞く。
今日は何を飲もうか。
林檎ジュースでは英知と被ってしまうし、ここは無難にオレンジでも―――いや、今日は缶コーヒーにしておこう。何となく。
「ああ、最近そういうのにハマってるんだ。」
そうなんだ、と相槌を打ちながら、英知の正面のベンチに腰を下ろす。
ちょうど机をはさむ感じになった。
「何で?」
「お、コーヒーか、大人だねぇ。ああいうのってさ、逃げ道が少ないんだよ、書いてる人の。」
「大人って、英知だって飲むだろうに。逃げ道って?」
「いや、正直あんまり好きじゃないんだよ。いや、だからな、犯人が分かってるわけじゃんか。」
無言で頷き先を促す。
「他の小説なら、どんな奇想天外なトリックでも、どうにかなっちまうもんなんだよ。意外な犯人だとか、意外なトリックだとか。」
「あと、最終手段として、語り部が犯人なんてのもあるね。」
ずっと黙っているのも何なので、知っている事を言ってみる。
「アレはずるいな。読者に対して不公平だ。あとから矛盾が出てきたとしても、犯人だからあえてそこを見ないようにしてた、とかさ。」
「まぁ、ね。」
とりあえずあいまいに頷く。
あまり詳しくないので、深くは踏み込まないようにしておこう。
「それで俺が言いたいのは、犯人が分かってる小説は、そういうのが無いんだよ。完全に理論的というか。」
何となく言いたい事は分かる。
「どうやって犯人に近付いていくかとか、犯人側の葛藤だとか、ああいうのを読んでるとさ、何かこう何ともいえないカタルシスが―――」
何かスイッチが入ってしまったかもしれない。
それから僕は、30分くらい、犯人が分かってる小説がいかに優れているかについて、聞くはめになった。
英知の前で推理小説の話をするのはなるべく止めよう、と思った。