×頴娃ー02(把握)
この部屋に来るのはこれで何度目だろう。
何度来ても慣れる事など無いだろうと思っていたが、そこは人間の適応力の凄さ。
何だかんだいって、この風景も、別にそこまで変だとは思わなくなった。
単に感覚が麻痺してきただけなのかもしれないけれど。
「ああ、茉莉さん。今日は?」
椅子に座って本を読んでいた頴娃君が、顔を上げて問いかけて来る。
今日も全身真っ黒だ。
が、サングラスはしていない。
そういえば、初めて会った時以来、かけてる所を見ていない。
ちらりと見えた表紙から推測するに、どうやらそれは哲学書らしい。
本当に何でも読んでるな、頴娃君は。
この前来た時は、詩集を読んでいた。タイトルは……何だったかな。
著者が日本人では無かった事しか、印象に残っていない。
あながち、【図書館の支配者】というのも、誇張ではないのかもしれない。
「うん、英知に本を薦められたんだけど。」
「はい、それで?」
「あいにく、英知は持ってないみたいなんだ。【此処】に来る前に読んだものらしくて、それでここにならもしかしてあるかと思って。」
「タイトルは何ですか?」
「【牧歌的な思想を軸とした殺人事件】っていうらしいんだけど、………ないよね。こんな変なタイトルの本。」
「ちょっと待ってて下さい。」
と言って、棚に向かった頴娃君は、1分もせずに戻ってきた。
そして驚いた事に、その手には、僕の探していた本が有った。
「これですか?」
「……凄いね。もしかして全部位置を把握してるの?」
「はい。」
マジで!?それは凄いな。色々と。いや、本当に。
「……………すみません、冗談です。そんなに簡単に信じられるとは思いませんでした。」
冗談か。焦った。本当かと思った。
「いや、もしかしたら、って思わせる何かがあるよ、頴娃君には。」
「そうですか?それは光栄ですね。…………ネタばらしをしてしまえば、その本、以前僕も英知さんに薦められましてね、その時に一度探していたので、位置を覚えてたんです。聞いてみればどうって事ない話でしょう?」
「それでも充分凄いよ。僕なんて、自分の本棚でさえ把握出来てないくらいだからね。」
「ふふ。それで、その本読まれるんですよね?」
「あ、うん。良かったら、貸してもらってもいいかな?」
「ええ、どうぞ。一応こんな状態でもここは図書館なんですから、そんな風に遠慮しなくて構いませんよ。」