拝啓、神様、今からぶん殴りに行きます。覚悟してください。
『今日から君は女の子だ。僕の好みに体を作り替えさせてもらった。過去の改変も数々のイベントが起こるようにする運命の調整も済んでいる。実はつい最近、面白い創作を見つけて精神的薔薇も肉体的百合も僕の好物になったんだ。by神』
朝起きるとそんなメッセージがムダに神々しい声で再生された。
神様を名乗る我が家の住人。
神様を名乗るだけあって人間にはできない不思議な事象を起こす輩だ。
頭痛しかしない。
しかも今日は学校があるのだ。
どうしてくれる……。
「ねぇちゃん、おはよー」
毛布の中から中三になる我が妹のミミが出てきました。
おかしい。まずこの時点でおかしい。
男子高校生の毛布にいるものじゃない。
いや今は女子高生か。
ってうちのミミはそんなことしません!
「ミミ……どうしてそこにいるんだ?」
「神様が言ってたの。お兄ちゃんがお姉ちゃんになったって。
だから確認していたの。確かにねぇちゃんになってる」
元凶は神。
「確認したならどいてくれないか?」
「え、なんで?」
「動けないから。今日は学校だろ」
「行かないでよ」
いつもはこんなことを言わない。
ちょっと冷めた感じの対応がデフォルトで、誕生日だとかに日曜日の女の子向けアニメのファングッズをあげると喜ぶ、淡々とした感じのクーデレさんなのだ。
この頃のお気に入りはヅカ系のお姉様……。
……。
ミミ……。
そっちに走っていたのか……。
神様と仲がいいから、走らせたのは神様かもしれない。
イベントが起こるように運命を調整したと言っていたよな。
つまり兆候はあったとしても、走るきっかけになったのはコレか。
神が悪い。悪いのはあの神だ。
「いや、行くからな」
「わかった……」
そんな残念そうな目で見るな……。
むしろ残念になるから……。
ベットから身を起こすと寝る前に着ていたスウェットの代わりに、着た覚えのない生地が薄く肌触りのいい衣服を身にまとっていた。高そう。
……じゃなくて。神。またお前か。
現状を確認するため近くに在った姿見……。
お前もなんであるんだ……。
とりあえずもういい。変わったモノは全部、神の仕業だ。
姿見の前に立つと、ちょっと棘のある目つきをした黒髪のお姉様がいました。
身長は前と変わらない165cmくらいだ。
男子高校生としてはちょっと小柄だと思っていたけれど、女子高生ならちょうどいい高さかもしれない。
細身で胸はちょっとある。すらっとした手足に透き通るような肌の白さ。
髪はショート。男の子っぽさもある。
草食系男子にはビビられる、小動物系女子には群がられそうなヤサグレお嬢様がそこにはいた。
ちょっとカッコイイな。
「ねぇちゃん、どうやって着替えるのかわからないの? 手伝おうか?」
「いつものようにミキ兄って呼んでくれないのか?」
「今、ねぇちゃんだもん」
「いや、ねぇちゃんだけどね?」
「後、神様がそう呼べって」
確かに乱暴に脱いだらこの高そうな衣服が壊れてしまいそうだ。
だがしかし今の澱んだ目をしたミミに任せると何かよからぬことをされてしまいそうな……。
いや、大丈夫だ。ミミは神のいたずらで一時的におかしくなっているだけで、元々は純粋な女の子なんだ。変な知識なんてない!
「お願いしてもいいかな?」
「うん。神様も困っているだろうから行けって言ってた」
現在進行形で困らせているのは神。お前だ。
「ねぇちゃん、肌すべすべ」
背中にファスナーがあったらしくそれをゆっくりとミミは引き下ろした。
「わかった! わかったから! 背筋撫でないで! ぞわっとする!」
「慌てちゃって……食べちゃいたい」
背後で何かものすごいこと言われている気がするっ!
「ミミ! 何言ってるの!」
「冗談。冗談だよ? ねぇちゃん。冗談に決まってるでしょ?」
笑うように言っているけど、姿見に映るミミの目が笑ってないんだけどっ!
不意に湿った感触が背筋を伝わる。
「なぁ! なめてない?」
「なめてないですよ? ねぇちゃんが年上なんだからなめた事するわけないじゃないですか」
「いや、物理的に!」
「なめてないですよ? ねぇちゃんがしょっぱあまいなんて思ってないです」
「なめただろ!」
「なめてないですよ」
「もういい! 私は1人で着替える!」
幸い1番困難になるだろう背中のファスナーはおりてる。
もう1人で着替えられるだろう。
せっせと私が着替えている頃……
「このサイトにあった脱がし方をしてみたのですが逃げられました」
ミミの手元にはスマホがあり、検索欄には『ネグリジェ』『脱がし方』とあった。
ミミの指さす先はその1番上。
『上手な脱がせ方って? スムーズに彼女の服を脱がせる方法』
「そっかぁ。で、どこまでいけた?」
「初めのファスナーをおろす段階でちょっと」
「そっかぁ。うんうん。ありがと。ミミちゃん」
「いえいえ。神様。でもなめたり噛んだりするって」
「ごちそうさまですっ!」
「?」
いつもの数倍は時間がかかりながらもなんとか身支度を終えた。
学生服が何故か女性用になっていたりとか突っ込まない。
違和感がすごい。
……無視だ。無視。
階下に降りると朝ご飯が用意されていた。
「おはよ、ミキ」
「母さん、おはよ」
「女の子もいいわね」
「ミミがいるだろ」
「ミミはお人形さんっぽくて飾りたいけど、でもそれはそれなのよ」
「……はぁ。母さん、あの神様に何か言ってくれよ。何なら追い出してくれ」
「縁結びの神様で我が家の守り神だもの。それに巫女の役割はもうミミに譲っちゃたの。
だから何かしてほしい場合はミミに言ってね~」
「えぇ……」
ミミ……神様の言うことまるっと実行しちゃうし、ほとんど望みなしじゃないか……。
「ミキ」
「何?」
「いい経験だと思って!」
「思えるかーっ!」
イベントを起こすと宣言された以上絶対に何かが起こる。
学校を休む? それはそれで危ない。
何より過去改変された影響で女体化しただけで、この後もし男に戻った時欠席が記録に残ってしまう。
それは避けたい。
今日は不動の気持ちでいくのだ。
カバンを肩にかけて学校を目指した。
フラグ1、サッカー少年
サッカーボールが目の前を転がっていく。
ボールは道路へと転がっていく。
嫌な予感がして目の前のカーブミラーを見ると、ご年配の方が運転する高速のワゴン車の姿。
ボールを追いかけて小さな男の子が公園から飛び出そうとしている。
「あの神様っ!」
男の子が道に飛び出そうとしているところを取り押さえると、背中すれすれをワゴン車がボールを弾き飛ばして消えてった。
とりあえず男の子は無事だ……。
「飛び出しちゃダメだぞ。今みたいに車が飛び出してくることがあるからな」
男の子は顔を赤くしながらこくんと頷いた。
私は男の子の頭を軽くなでるとその場を後にした。
これ以上やり取りしていたら遅刻するからな。
小学校に行く前に遊んでいたのかな?
フラグ2、後輩女子高生
事件があった影響でいつも乗る電車に乗れるか不安なので少し小走りでいくと、道の角から勢いよく走りこんできた女の子と衝突した。
女の子のカバンから教科書が飛び出し地面に散らばった。
「ごめんっ!」
「こちらこそ。教科書拾うの手伝うよ」
「ありがとっ!」
教科書を拾って気づいたが同じ学校の後輩である。
たぶん乗る電車が同じになるな。
またあの神様のせいだな。
「あ、電車っ!」
「まだ走れば間に合いますよ」
「そうかな!?」
「そうです。それじゃ私は行きますね」
フラグ3、痴漢被害者女性
目の前で女の子がおしりを触られている。
女の子はガタガタ震えている。
痴漢現行犯だな。
ビデオOK。犯人の手元から顔まで撮影完了。
「そこの痴漢野郎。一部始終撮影させてもらった。言い逃れはできないぞ。
次の駅で降りてもらおうか」
……これも神様の仕業だろうか……。
フラグ4、痴漢取り押さえのヘルプ
「痴漢野郎っ! 逃げんなっ!」
電車のドアが開くと痴漢野郎が逃げようとしたがそれはかなうことはなかった。
ドアの付近で男性が足を突き出し痴漢野郎を転ばせたからだ。
その男性は転んだ痴漢野郎を取り押さえると
「ここは俺が確保しておく! 君は駅員を呼んでくれっ!」
「ご協力ありがとうございます!」
フラグ5、駅員
「被害者が申告してくれないと」
「そいつが痴漢した証拠はちゃんとあるだろ!」
「ですが」
「データをお渡ししますので確認してください。
物証と言えるでしょう。きっちり手元から顔まで映っていますので」
「ですが被害者がこの場にいないので」
「それでは拘留でもなんでもしておいてください。
免許証などをコピーして身元をはっきりさせてください。
被害者の女性はもしかすれば今回の女性だけではないかもしれません。
民事ではなく、刑事案件にしていただければと思います」
「刑事訴訟であれば確かにいけますね。証言をお願いできますでしょうか?」
「かまいませんが今日は学校があるのですが後日でよろしいでしょうか?」
「えぇ。よろしくお願いします」
さてこの案件はいったん保留になった。
それにしても今日は学校に行けるのだろうか?
この遅刻は事情について駅の方から行くから怒られないだろう。
通勤ラッシュももう終わってるし座れるかな。
フラグ6、痴漢する女性
まだ人が多く座れなかった。
電車のドアの側の角に寄り掛かってちょっと休憩。
ふとお尻に違和感。
撫でまわすような触り方。
周囲には女性しか見えない。
誰だ。
お尻を触る手をつかむと細かった。
……女性?
握ったら握り返してきて不気味に感じ思わず手を離してしまった。
……誰だ……。
周囲を見回しても不審な人物が見つからなかった。
似たような手をした女性ばかりだったから手の感触で誰だったかは判別がつきそうにない。
電車に乗っている間、もうウトウトできなかった。
余計に疲れた。
フラグ7~11、守衛のおじさん達
くたびれたが何とか学校に着くことはできた。
もう何も起きないでくれ……。
「お、お嬢さん。遅いご到着だね。ここに名前を書いてくれ」
防犯機構だけれど時間外の来訪者には守衛さんが名前を記入しないといけない規定なのだ。
これがあるから遅刻はしたくないんだ……。
「神庭光紀さんね……。おっ? え、痴漢捕まえたの?」
「はい」
「すごいね!」
守衛のおじさんの声につられて他の守衛のおじさんも集まってきた。
「え、えっと行ってかまいませんか?」
「あ、引き留めちゃいけなかったね! いってらっしゃい! あ、いや、そうだ! 校長室に行ってくれ!」
フラグ12、校長先生
「君はよくやってくれた。対処の仕方も見事だったとか」
「え、えぇ……」
「君の事を全校集会の時に話してもいいだろうか? 」
「勘弁してくださいっ!」
「は。ははははは。わかった。ありがとう。
ここまで呼んでしまって悪かったね。それでは授業に行ってきなさい」
目立ちたくてしたわけじゃないっ!
フラグ13、公民の先生
「お、いらっしゃい。事情は聞いているよ。席についていいよ」
すごくにこやかに出迎えてくれた。
すごく周囲から見られている。
理由。公民の先生は規則に厳しく、本来遅刻を許してくれる人じゃないから。
もう勘弁してくれ……。
フラグ139、先輩
情報は下手に隠すと余計に広がるモノです。私、覚えました。
授業中、視線が飛び交い、公民の先生のにらみで抑えられていたクラスメイトの疑問が休み時間に噴出。
抑えられた分色々聞きたいことが頭の中でまとまったのもあってか、根掘り葉掘り聞かれて死んだ。
モウヤスミタイヨ。
食堂でご飯をとろうとしたらクラスメイトの襲撃から同級生の襲撃に規模が拡大した。
「とりあえずご飯食べてもいいかな? 」
そう言ったら引いてくれたのはいいけど、監視されるようにじーっと見られてる。
私が食事をとることに決めたテーブルは相互監視の影響で空いた。
ただ見られながら食べていると行儀悪く掻っ込むことなどできない。
自然、姿勢もピシッとしてしまうし、1度に口に運ぶ量も少なくなる。
ご飯を食べるのに時間がかかる……。
「あっ!ここ空いてる!ねぇ、君!ここ座ってもいいかな? 」
「どうぞ」
特に断る理由もなかった。
「ここって席取りでもしてた? 」
「いいえ」
「そっか!君、可愛いし、友達を待っているのかな、なんて思ったよ」
「そんなことありませんよ」
フラグ140~145、先輩達
「お、席空いているじゃん」
「ねぇ、ここ座ってもいい? 」
「いいですよ」
別に断る理由はない。
「なんか視線がすごいな? 」
「ん? へぇ……君が」
「なるほどね……」
「ねぇねぇ。詳しい話って聞いてもいい? 」
「え、えっとかまいませんが……」
ただうちの神様の影響で起きた災害は基本的に私であれば被害を出さずに対処できる仕様なのだ。
そういう仕様だから下手にムシも出来ない……。
フラグ2-1、後輩女子再び
「あ、朝はありがとうございました!」
「いえ、気にしなくても大丈夫」
全てうちの神様のせいだからむしろごめん。
「もしかして痴漢の被害の!? 」
「え? ちが」
「ねぇ、話聞かせて!」
誤解が生まれている……。
……とりあえず
「静かに!」
辺りを睥睨し黙らせると
「彼女は痴漢とは何も関係がない。今朝、物を落とした彼女がいたから拾うのを手伝っただけだ」
どうやら納得してくれたのか、みんな静かにしてくれた。
モウヤスミタイヨ……。
フラグ53-2、気になっていた女の子
「ねぇ? 今日さ、一緒に帰ってもいい? 」
「いいよ」
「やったっ!」
彼女の名前はミサちゃん。
昔から気になっていた女の子だ。
ただ話したことがなかった。
彼女はいつも女の子たちの輪の中にいて、男が近寄るとサラッと遠くに離れていた。
縁結びの神様の癖に本命とはこれまで縁をつなげてくれなかった。
ようやく……ようやく……それも向こうからっ!話しかけてくれたっ!
しかも一緒に帰れるなんてっ!
「実はね……。ずっと前から気になってたんだ。ミキちゃんのこと。
でもね、なんでか、今日まで話しかけられなかったの。こんなに可愛い女の子なのに」
「私もずっとずっとミサちゃんのことが気になってた」
「そうなの? アタシね。実は女の子が好きなの」
神様。なんでこんな事してくれるんですか……。
家に着くと神様が出迎えてくれた。
「お、たくさん出会いあったろ? どうだった? いい人いたか? 」
「殴っていいですか? 」
「いや、待てっ!本命とのフラグも作っただろ? 」
「拝啓、神様、今からぶん殴りに行きます。覚悟してください」