リュートは神童?
味噌は別にいつ作っても良い。
父さんはリュートから作り方を聞くと、使っていない樽二つを使って味噌を仕込み出した。今年の秋の三月か冬の一月に出来るだろう。
村の皆にも教えたいって言った。ついでに干し果物の作り方のことも。
そんなわけで父さんと母さんが
「リュートが始めたこと」
として干し果物の作り方と味噌の作り方を村の大人たちに伝え、ついでに味噌と干し柿のお裾分けをした為に。
とうとうリュートは「神童」と呼ばれるようになってしまった。
今まで無かった甘い物と、まろやかな味の調味料。そして酒。うん。仕方ない。諦めよう。
読み書き計算の習得も(日本での記憶があるから)早いだろうしね。
リュートは冬の二月に十歳になる。来年の春からは教会に通うから一緒に一日中いられるのは今年いっぱいまでだ。
だから思いきり遊んで、鍛錬しよう。好きなこと、思いついたことを試してみよう。私はそう思ってたんだけど。
リュートの周りの大人たちの目が少し鬱陶しい。
いや、皆仕事をしなくちゃだし、シードルを作る為の道具と作業場を造らなきゃだから裏山へ行けば見られることはないんだけど。
でも村で会うと妙に期待してる顔をされるんだよ。
それから特に。
私が四歳の時に産まれた女の子ハナは今度の夏の一月に三歳になるんだけど。とても身体が弱い子ですぐに熱を出すし、そんなに動けないんだ。すぐ倒れてしまうの。
そのハナのお母さんのカナさんがね、リュートを見ると寄って来てハナのこと、どうにかならないかって訊いてくるんだよ。
実は前からハナが寝込む度に裏山で採れた木苺とか薬草とかお花とかを持ってお見舞いに行ってた。
だからハナの病気のことは知ってたんだ。勿論こっそり「鑑定」と「知恵」を使ったんだけど。
でもこればっかりは迂闊なことを言えなかった。
腎臓に先天的に問題があって、この世界では治療法が無い。薬草茶を飲むと少しは楽になるというくらい。
リュートか私が魔法を使いこなせるようになればもしかしたら治せるかもって「知恵」が教えてくれた。
そしてハナの余命はあと数ヶ月。間に合わない。
だからカナさんには勿論、余命のことは伏せて
「お見舞いはこれまで通り出来るけど、何もわからないよ。」
ってリュートは言った。
でもカナさんは納得してくれなかった。
以来、顔を合わせる度に
「何とかして」
ってリュートに言って来る。その気持ちはわかるけど、無理なものは無理だ。
リュートがウンザリしてるのが私には判る。でもリュートは基本怒っていても笑顔で通す奴だからカナさんは気がつかない。親も、周りの大人たちだってそうだ。
リュートはカナさんをうちに招いて、両親もいる前で話しをした。
リュートは何でも出来る神童ではないこと、
味噌や干物、シードルなどは遊んでいて偶然出来た物であること。(味噌でそれは無理がある、と思ったけど。私が煮豆をおもちゃにして捏ねくり回したのを放ったらかした物が最初だと言いやがった。後で母さんに怒られるな、私。)
だから、人の病気を治すなんて出来ないし、無理を言われても困る、と。
両親はちょっとでも出来上がった過程を(ごまかしとも言うが)を知ってるからいちいち頷いてくれた。
「そういえばそうだったなあ」
「あら、そうだわね。」
って。
そんな両親の様子を見てカナさんはようやく納得してくれた。そして両親の勧めを受けてナル村の教会の神官に何日かに一度来てもらって、ハナを看てもらうことを決めた。
リュートも私もホッとした。
神官は癒しの魔法を使える人だった。神官が来るとハナは少し身体が楽になったらしい。
夏の二月のある日、神官に癒しの魔法をかけてもらったハナは、その魔法の光に包まれながら逝った。身体が楽になっていたのだろう、可愛い笑顔のままで。
その様子をハナの側で見ていたカナさんは葬儀の時、リュートに
「ハナが苦しまずに神様の所に行けたのはあなたとあなたの家族の助言のおかげよ。ありがとう」
と言ってくれた。
私は何も出来なかったけど、カナさんの気持ちが落ち着いてたことが嬉しかった。
ハナが亡くなって悲しい時に、嬉しいなんて変かも知れないけど、本当にそう思ったんだ。