リュート教会へ
春の一月、リュートはナル村の教会に通い始めた。子どもの足で大体片道三十分くらい離れてたと言っていた。でも、日本での感覚よりは遠いと思う。
この世界には自転車も勿論バイクも自動車も無い。
馬車はあるけど農耕用の馬をそんなに酷使するわけにはいかない。主に農作物の運搬にしか使わないのだ。
行商人にしても馬車を引く馬は大切な財産だし。
小さい頃から歩き回り走り回ってきたここの人たちの足は日本人よりずっと早く歩けるし、丈夫だ。
ナル村に続く道は私たちのいるコス村の西にある果樹園と牧草地の間にある畔道をずっと辿って行く。
しばらくすると村境に植えてある何本かのモミの木の列がある。その向こうはナル村の東の果樹園と牧草地の間の畔道。
そこを抜けたナル村の家々がある場所のほぼ中心に塔がある建物があって、それが教会。
塔のてっぺんには鐘があってそれで時間や月が変わったことをうちの村まで知らせてもらってる。
ナル村の西隣りはタヤ村。そこからもナル村の教会に通って来る子どもがいる。
神官は二家族四人。夫婦とも神官なのだそう。男の神官は男の子を教え、女の神官は女の子を教えるんだって。
神官はあちこちの村に行くので遠目にも判るような服を着てる。
神官の服は灰色のくるぶしまである長袖の服。それに膝まである長いベストを着ける。
寒い時期や寒い国では膝まである長袖の上着。
この国は冬もあまり寒くないから、基本一年中ベストなんだって。
上着やベストの色は役職で変わる。でもどれも灰色で縁取りされて、左胸に鳥の形の刺繍かアップリケがされてる。神官のベストや上着の色は青。
神官の仕事は子どもたちの教育、罪の告解を聞いて共に神の赦しを祈ること、病人や怪我人に癒しの魔法をかけること、結婚の立会いとその記録、葬儀の司式とその記録。
その時々に寄付を貰うことと、教会に付属している畑や果樹園、飼育している家畜からも収入を得ている。
教会の教義は
「神はこの世界を造られた」
「人は神の教えを守って生活しなければならない」
「盗むな 騙すな 争うな 殺すな 神に感謝せよ」
だそうだ。で、まあ、守らないと犯罪になるから国から罰を受けることになる。
感謝してるかしてないかだけは外からは判らないけど。
読み書きは宗教説話みたいな物語を読んだり書き写すことで教わる。計算もそんな感じの問題らしい。石盤と呼ばれる小さい黒板とチョークを使って勉強する。石盤とチョークは各自で用意する。あとソロバンによく似た計算器も。
これらは大人になっても必要に応じて使うものだからありふれたもので安価だ。そうじゃなきゃ困るし。
なんで男の子と女の子を分けるかというと、読み書きに使われる物語が男の子向けと女の子向けに分かれているせいらしい。
「だからきっと俺が読んでる話をリンは読まないだろうから」
とリュートは覚えてる限り聞かせてくれた。
説話では。
賢い農民がズル賢い商人に騙されかけるが、農民はそれを見破り、商人は罰を受けた、とか、
ある狩人が自分の腕を過信して感謝を忘れ、ある日川のほとりで休んでいると雨が降ってきて、気づくと水が溢れて酷い目にあったとか。
計算問題文は。
ある男がある年に麦を十八袋収穫した。男の家では一年で七袋の麦を食べる。男が売りに出しても良い麦は何袋か、とか、
リンゴを食べようと六個をテーブルに置いていたら妹が一個、母さんが二個食べてしまった。テーブルに残っているリンゴは何個か、とか。
そんな話だった。理にかなっているし、まあ面白い。
読み書き計算をキリのいいところで終わらせると、魔法の授業。
まず魔力のコントロールから。それが出来ると焚き付けの火を出す魔法と、清潔の魔法。
どうするのか具体的には教えてくれなかった(当然だ)けど、リュートは助言だけしてくれた。
「静思をしよう。これから鍛錬の前に、少しだけ」
うん。わかった。




