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ミノタウロスは妹好き

作者: コロ

 町中の大通りで、一人の少女が歩いていた。小柄で、花柄のワンピースを着ている。黒髪は肩にかかり、目がクリっとした可愛い顔をしていた。その子の背後から走ってくるのはミノタウロス。牛頭をした二足歩行の魔物で、片手には斧を持っていた。少女は気がついていない。

「逃げろっ」

 傍にいた旅人風の若い男が叫んだ。少女は何事かと振り向く。すぐ傍に迫るミノタウロス。絶体絶命大ピンチ。

「あ、お兄ちゃん。一人でいいっていったのに」

 ミノタウロスは「すまん。やっぱり心配でな」といった。

 ええええええっ!

 初めて見る者は誰もが、そのやり取りに驚くばかりだった。


「もうっ。お兄ちゃん。斧なんか持ち歩いて危ないでしょ」

「いや、でもなあ。リズを狙う不逞の輩をこらしめるため、どうしても必要なんだよ」

 ミノタウロス。名前をアルバという彼は鼻息を立てた。

「確かに最近、物騒になってきたよね」

「そうだぞ。ついさっき、若い女性が三人組の男にからまれてたしな」

「ええ!? 大丈夫?」

「ああ。助けてあげたよ」

「そうなんだ。お兄ちゃんは大丈夫……そうだね」

 ボーガ団という組織を名乗る男たちだった。金品を奪う目的で女性を脅していたのでボコボコにしてやった。

 今日は休日。リズは買い物をし、彼は荷物持ちをすることになっていた。本当は一緒に出かける予定だったが、彼女はたまには一人で出かけたいといって、一緒に行くことを拒んだ。兄としては悲しいことだ。

 リズは店に入った。客が驚くからという理由で入店禁止だったので、アルバは外で待機することにした。入口付近に立つのも困ると、以前注意を受けたことがあるので隅の方に移動する。

 目の前の通りを歩いている男の子がアルバの姿を見て、父親らしき男の背中に隠れた。また、母親におぶってもらっている赤ん坊が泣き出した。アルバはため息をついた。

 やっぱりこの姿、目立つよな。外に出たら、疲れる。

 ニャー。ニャー。

 助けを求めているような猫の鳴き声がした。声がしたほうへ行ってみる。街路樹に猫が上がり、下りられなくなっていた。近くに女の子がいて、猫を心配そうに見つめている。

 飼い主だろうか。よし。

 持っていた斧を木に向かって投げた。この武器はブーメランアクスと呼ばれるもので、投げると戻ってくるものだ。回転し、枝を切った斧は手元へと戻ってきた。足場のなくなった猫は地面へと落下するが、その途中でアルバは抱きかかえた。

 猫は興奮し、腕を噛みついてくる。

「いてて。はい、これ」

「あ、ありがとう」

 少女に猫を返した。その様子を傍で見ていた母親らしき女性が、少女の腕を引っ張る。

「こっちに来なさい」

「え。でも……」

「関わっちゃダメ。ほら早く」

 母と子は離れていった。親としては当然の行為だ。逆の立場だったらそうする。でも、ショックだ。

 そうこうしているうちにリズが店から出てきた。傍に見知らぬ若い男がいて、話をしている。アルバの顔つきが険しくなった。彼の目には若い男が妹に付きまとう寄生虫に見える。

「リズちゃんっていうんだ? 可愛いね。これから、どこか一緒にいかない?」

「お兄ちゃんの許可もらわないと、ちょっと……」

「兄貴がいるの? いいじゃんいいじゃん。黙ってれば平気だって」

 これより駆除を開始する。

 アルバは男の背後につき肩を叩いた。振り返った男は目を点にして固まる。恐怖で引きつった男の顔に睨みをきかせた。

「うちの妹に、なにか?」

「い、いえ……。すみません! 失礼します!」

 男は途中、転けそうになりながら走り去った。

「二度と声、かけるんじゃねーぞ!」

「お兄ちゃん。乱暴」

「俺は何もしてないだろ。それより、リズ。大丈夫か? あの男に変なことされなかったか?」

「なにもされてないよ。だいたい、どうして付き合う人にお兄ちゃんの許可がいるの?」

「両親が亡くなってから、俺はリズの保護者だからな。リズを悲しませる奴を傍に置くことなどできん」

「私、もう十五だよ。束縛されるの、ちょっと嫌なんだけど」

「そんな冷たいこというなよ~」

 すたすたと歩いていく妹の背中を追いかけるアルバ。リズの人差し指には指輪がしてあった。母がしていた指輪で、形見だった。はずしているところを見たことがない。よっぽど大事にしているのだろう。

「指輪。ずっと大切にしてるんだな」

「え? うん。これは私の宝だから……」

 幼い頃、父が事故で亡くなった。次いで、病気で母が亡くなったとき、しばらくの間、リズの目に涙はなかった。大好きだった母がいなくなったことを現実として受け入れられなかった。心に余裕ができるのに一年近くかかり、母はいないことを認めたとき、リズは初めて泣いた。それから指輪をはめている。母を身近に感じたいからだそうだ。

「よし。リズ。今日はサービスだ!」

「突然、なに?」

「俺を母さんだと思って、この胸に飛び込んでおいで。よ~しよ~ししてあげるから」

 アルバは両腕を広げ、スタンバイ状態だったが、リズは冷たい視線を投げていた。

「……お兄ちゃん」

「なんだ。我が愛しき妹よ」

「嫌い」

「え! なんで!?」

 冗談が通じなかったようだ。そのあと、謝ったらどうにか許してもらえた。

 買い物を済ませたあと、リズとアルバは暮らしているアパートの一室に帰った。ワンルームにキッチンがついた部屋で、家賃が安いためここを選んだ。バックから買った食材を取り出し、魔法冷蔵庫に入れる。魔法冷蔵庫は、氷の魔法を永続的に発動し、低温環境を実現させている食材保管庫だ。

 ちょうど昼飯を食べる頃合いなので、アルバはキッチンで料理を作った。彼女の大好物、オムレツを愛情込めて作ってあげる。ケチャップでハートマークを描くことを忘れない。

「はい。リズ。俺の全て、受け取ってくれ」

「はいはい。ありがとね」

 オムレツがのった皿をテーブルに並べ、二人は一緒に昼飯に手をつけた。

 最近、反応が薄いのが寂しい。反抗期なのだろうか。

 ふと幼いころ、彼女と過ごした日々を思い出す。

 お兄ちゃん。大好き。

 お兄ちゃん。私、大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになる~。

 一緒に遊んでいるとき、リズはそんなことをいってくれた。

 ふふふ……。じゃあもう付き合っちゃう? 愛に、血の繋がりなんて関係ないよね。なんて。

「お兄ちゃん。さっきから気持ち悪いよ」

「はっ! す、すまん」

 現実に戻された。彼女はジト目で、こちらの様子をうかがっている。

「そういえばお兄ちゃん。そろそろ……」

「ん? なに?」

「いや、なんでもない」

 なにか悩みでもあるのだろうか。そろそろ……の続きが気になる。そろそろ一人暮らししたい? そろそろ彼氏作りたい? そんなことは許しません! そろそろお兄ちゃんと結婚したい? それも許しません! でも、どうしてもっていうなら、特別に許可します!

 昼食を食べたあと、アルバはふとんに寝転がった。横向きだと角が邪魔なので仰向け体勢を維持しないといけないのがつらいところだ。

 アルバは十歳のとき、ミノタウロスになった。妹を守るための力を得るためだ。有名な魔女にお願いし、牛と合体してくれと自らお願いした。合成術と呼ばれるものだ。他にもヘビと合体とかスライムと合体とか色々なプランはあったが、いかにも強そうなミノタウロスになろうと決めた。妹は反対したが、生き残るためだと反対を押し切った。お金はなかったが、牛と男の子の合体は例がなく、魔女も好奇心から実験したいということで費用はかからなかった。

 それから六年。どうにか妹を守りながら暮らしていけている。


 ■■■


「はあ、はあ。ボーガ様!」

 ボーガ団の若い男三人は、傷だらけでアジトに戻っていた。薄暗い地下の部屋に、組織のボス、ボーガは椅子に座っている。頭はイノシシ、首から下は太った男のそれだった。

「例の、ミノタウロスの野郎にやられました!」

「仕返ししましょう。やつならまだこの辺りにうろついてるかもしれねえ」

 ボーガは無言で立ち上がり、机の上にあった棍棒を持った。そして、もっとも近くにいた若い男の頭を殴りつける。男は血を吹き出しながら倒れた。

「ひいっ!」

「俺はよお。お前らに金目のものを取ってこいっていったんだが?」

「い、命だけは!」

 容赦なく振るわれる棍棒。悲鳴のあと、壁に血が飛び散った。男三人の死体が転がり、部屋は真っ赤に染まった。

「ミノタウロスか。邪魔な存在だな。俺が殺してやろう」

 ボーガは巨体を揺らしながら、部屋から出た。


 ■■■


 目が覚めた。起き上がるとリズの気配はない。

「ううん……。リズ?」

 机の上に書き置きがあった。そこにはこう書かれている。

 ちょっと出かけてきます。夕方には戻ります。リズ。

 夕方……だと?

 時計を見ると現在午後三時。まだ二時間以上時間がある。俺に内緒で勝手に外出するなんて……。心配だ。ああ、心配だ。

 アルバは部屋をうろうろと歩き始めた。待ってもしょうがないか。

 彼は、衣類が入っているケースからリズのパンツを取り出した。それを鼻に近づけて匂いをかぐ。リズのいい匂いを頼りに彼女の行方を追った。牛は人間より嗅覚は鋭い。そのため、牛と合体したあとアルバは、犬のように匂いで追跡できるのだった。

 部屋を出たアルバは、匂いの痕跡が消えないうちに走った。大通りを通り過ぎ、商店が立ち並ぶ場所へと向かう。人通りは多く、焦りからか人とぶつかりながら進んだ。彼女の後ろ姿が見えた。

「リズ!」

 彼女は振り返ると、驚いたように口を開けた。

「お、お兄ちゃん。どうしたの?」

「はあ……はあ……。いや、突然、いなくなったから心配になって」

「夕方には戻るって書いてあったでしょ?」

「そうだけど、もしなにかあったらと思うと……」

「もうお兄ちゃんったら」

 リズは呆れたようにため息をついた。そのあと、優しく微笑んだ。彼女はなにか買ったようで白い買い物袋を持っていた。中身はなにかわからない。気になって聞いてみた。すると、

「秘密だよ」

 といわれ、ますます気になった。ともあれ、リズが無事で良かったという安堵感が強く、まあいいかと帰宅道を二人並んで歩いていた。

「ところでお兄ちゃん。よく私がいる場所わかったね」

「まあな。妹を想う気持ちが、道を示してくれたのさ」

「ええ? 本当に?」

 下着を嗅いで追跡したとはいえない。実はまだリズのパンツはポケットの中にあった。ばれたらまずいので、帰ってからこっそりと戻すつもりだ。

 人通りが少なくなった住宅街に差しかかったとき、前からイノシシ頭をした巨体が迫ってきた。片手には棍棒を持ち、口からよだれを垂らしている。

「見つけたぜ。ミノタウロス」

「……誰だ?」

 リズを後方へと下がらせる。

「この辺りを縄張りにしているボーガ様だ。覚えておけ」

「ボーガ? どこかで聞いたような……」

「ゲヘヘ。後ろの女、なかなか可愛いじゃねえか」

「下衆め。立ち去れ」

「なんだあ? お前の彼女か?」

「お前に答える必要はない」

「そうか。じゃあ力づくで奪ってやるか。ゲヘヘ」

「やれるものならやってみろよ」

 アルバは斧を持って構えた。ボーガは腹を揺らしながら間合いを詰めていく。アルバは斧を奴の顔面に投げつけた。素早い横の動きでボーガは避ける。奴は地面を蹴り、急接近。棍棒を振りかぶり叩きつけた。アルバの姿はそこになく、地面に穴があく。彼は横っ飛びで避けていた。先ほど投げた斧は二の矢となり、ボーガの死角から襲いかかる。

 これは避けれないだろう。

 しかし、ボーガはデブとは思えないジャンプで斧を避けた。戻ってきた斧を受け止めるアルバ。あれを避けるか。

 ボーガは地面に着地したあと、こっそりと手に砂を握った。今度はボーガが先行し、アルバに迫った。棍棒による攻撃をしてくると身構えていたが違った。投げつけられる砂で視界が覆われる。

「うっ」

 目の中に砂が入った。突然の不意打ちに前が見えない。

「お兄ちゃん!」

 リズが叫んだ。奴が近くにいるのか?

「残念だったなあ!」

 ボーガの声が背後から聞こえた。しまったと思ったのも束の間、頭に激痛が走る。強烈な棍棒の一振りがアルバの脳天に直撃した。彼は崩れるようにして倒れた。

「お兄ちゃん!」

 間近に迫る妹の悲痛な叫び声。

 リズ、来てはダメだ。逃げるんだ。

「ゲヘヘ。つ~かまえた」

「キャア! 離して!」

 うっすらと目を開ける。そこにはボーガに腕をつかまれ、手足をジタバタさせているリズの姿があった。

「おい。大人しくしないと、こいつを殺すぞ」

 リズの抵抗はやんだ。

 なにをしている。逃げろ。

 声を出そうにも出なかった。先ほどの頭部へのダメージが効いているようだった。

「ゲヘヘ。いい子だ。お? 高そうな指輪してるな。俺様によこせ」

「いたっ」

 ボーガはリズから強引に指輪を奪った。

 あれは母の形見だ。それでも抵抗しないのは俺のせいだ。俺が弱いから……。

「なんだあ? いかにも安物だな。こんなものこうしてくれる!」

「あっ!」

 指輪は遠くの方に投げつけられた。リズはガクッと膝を折り、地面に座り込んだ。あふれる涙が頬を伝う。

「う……うぅ……」

 彼女の涙を見たとき、怒りが頂点に達した。それは自分に対する怒りでもある。

 せっかく合成術を使って強くなったのに、これじゃあ意味ないじゃないか。

 手を地面に置き、重く、鈍った体を強引に起こす。

 リズが俺に対し、泣き叫んだのは一回あった。俺が勝手に合成術を使ってミノタウロスになったときだ。お兄ちゃんのバカ! 大嫌い! といわれ、ショックを受けたのを記憶している。

 それでも俺を兄として見てくれた。こんな人外を慕ってくれた。そんな心優しい妹を傷つける奴は、俺は絶対に許さない。

 膝を曲げ脚の力で立ち上がった。落ちている斧を拾い上げ、震えている脚に気合を入れるため、太ももを拳で叩く。そして、驚きの表情をしている憎き敵の顔を睨みつけた。

「お前だけは許さない」

「ゲヘヘ。だったらどうする?」

 アルバはボーガに向かって走り出した。斧を投げようと振りかぶる。

「そんな攻撃、効かねえんだよ!」

 ボーガはいつ投げるかタイミングを見計らっていた。

 こいつは意外と素早い。先ほど避けられたので、同じことをしても無駄だろう。ならば。

 アルバは斧を投げず、頭にある鋭い角を向けて体当たりした。

「がはっ!」

 予想していなかったのか、避けることができなかったボーガ。胸に角が突き刺さり、血が吹き出した。よろめく奴の顔に焦りの色が見える。

「こんの野郎!」

 棍棒を振るうが、傷のせいであきらかに遅く、後ろに下がって楽に避けることができた。確信があった。今なら当たる。

「くらえ!」

 渾身の一投だった。投げつけた斧はボーガの腹に直撃。ボーガの顔は苦痛に歪み、ふらふらと左右に体を揺らし、仰向けに倒れた。

「はあ、はあ……」

「お兄ちゃん!」

 リズは勢いよく抱きついてきた。こけそうになるが、なんとか踏みとどまる。

「ごめん。母さんの形見が……」

「ううん。いいの。そんなことより傷の手当てしないと……」

 そのあと、アルバは病院で治療を受けた。そこで、嬉しいことが二つあった。

 一つ目は指輪が見つかったことだ。ボーガと戦っていたとき、見ていた住民から届けられた。手紙が添えられていて、幼い字で『あのとき、猫ありがとう』と書かれていた。助けた猫の少女だと思った。

 そして二つ目。リズから誕生日プレゼントをもらった。アルバに内緒でこっそりと買っていたものはそれだった。

 アルバはベッドに座っていた。その傍の椅子に座るリズは、はにかんでいた。照れくさそうに笑う妹は天使のようだった。プレゼントの中身はどうでもいい。彼女が俺を想う気持ちがとても嬉しかった。喜びを爆発し、アルバはいった。

「リズ! 結婚しよう!」

「はいはい。今度ね」

 軽くあしらわれてしまった。

 俺は諦めないぞ。愛しき妹よ。


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