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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

破棄系

影の王国と花嫁

作者: アロエ




どれだけの間、私は彼女の傍にいたのだろうか。



あの日のように彼女に軽く声もかけられず、ただただ影を通して彼女を、あちら側の世界を眺めるだけしかできなかった。



目を閉じれば幼き日の彼女とのやりとりが目に浮かぶ。彼女は闇の目を持っていた。我ら、影の王国のものに通じることのできる選ばれたもののみが得ることのできる目。



小さき幼精霊と戯れる彼女を、私は彼女と会う前から知っていた。それで興味を持ったといえば聞こえはいいが、ようは幼い故の初恋であったのだ。きっと。



――――――――――――――――……



「どうして泣いているの?」



ある時、泣いている彼女を見かけ、堪え切れず影より飛び出し声をかけてしまった。そのような事を迂闊にするなと言われていたにも関わらず。



人が我らの姿を見れば正気でいられるものは少ない。もし彼女にこの時叫ばれたのなら。悲鳴をあげられ、逃げ去ってしまっていたのなら。私の初恋はその時点で儚く散ってしまっただろう。



けれど彼女は私を拒絶しなかった。ごくごく普通の人と話すように、幼妖精と話すように私と話してくれた。



「……わたし、おうじさまにきらわれちゃったの。」



「王子ってあのぎらぎらと目にうるさい金髪の?」



私が先に目をつけたのに、後からやってきた小国の王子ごときが彼女を悪しように言ったというのは聞き捨てならなかった。それに私たちにとっての忌み色を纏ってるのも気に食わない。



だからわざとそんな風に言ってやれば彼女はくすりと可愛らしく笑った。



「そんなふけいな事、言ったのがバレたら大変よ」



「いいんだよ、どうせ誰にもバレやしないさ」



「もう……。がんばってドレスもえらんで、かみもきれいにしてもらったのに……。おまえみたいなぶすはいやだっていったの。いつかおうじさまのおよめさんにならなきゃいけないから、ぜったいにすきになってもらいなさいって、おかあさまにいわれていたのに」



な、なんだと……!?あの小便垂れの鼻垂れ小僧め!貴様がまだ母親と共にではないと寝られないのも、寝小便を垂れているのも知っているのだぞ!!そんな馬鹿で何もかも彼女に劣っているガキがそんな事を……!



「……そいつ、本当に王子様だったの?初対面の女の子に、そんな失礼なこと言うなんて考えられないよ。それに君はとっても可愛いよ。」




心の内では罵倒の嵐だったが、ぐっと堪えて私は彼女を励ます為に言葉を紡いだ。そんな私の事など露ほども知らず彼女は柔らかそうな頬を仄かに染めて微笑んだ。そのなんと愛らしい事か。



「まぁ……。うふふ、ありがとう」



「その綺麗な滑らかで美しい黒髪も、紫の目も、薄桃色のドレスやアクセサリーだってとても似合っているよ。まるでおとぎ話のお姫様、ううん、それ以上の可愛らしさだ。天使か精霊といってもいいかもしれないね。」



世辞でもなんでもない。心から思った事を並べたて、全力で褒める。そうすれば彼女は目を丸くして、そうして恥ずかしそうに僅かに顔を俯かせる。



「そ、そんなこといわれたのははじめてだわ。なんだかはずかしい……」



「初めて、か。それは光栄だね。ねぇ、君の名前は何て言うんだい?」



聞かずとも知っていた。あちら側からいつも彼女を見ていたから。けれどその柔らかで薄紅の唇からこぼされる言葉を直接聞きたかったのでそう尋ねた。



「ルミアーナ。ルミアーナ・シェパードよ。あなたは?」



「僕は―――・――……。」



「え?ごめんなさい、よくききとれなかったわ。もういちどおねがいできる?」



影のものと光の世界を生くるものでは中々に対話も難しいと聞く。……私は彼女と話したいがために生まれてから今日までずっと光の国のものらをのぞき見て学び、難なく喋れるようにはなったが。



「いや、聞きとれなくても当然さ。僕と君の住む世界は違うからね。発音も異なるのさ。」



私の言葉に不思議そうに首を傾げる彼女を見ながら、その弛まない努力が無駄ではなかったと何度となく感じ、体が震えそうになる衝動を抑え込んだ。



「そうなの?」



「そうさ。でも、そうだな。名前を呼べないというのは不便かもしれないね。そうだな、君が呼びやすいよう、僕の名を考えてくれないかい?」



真名を呼ばれずとも、彼女だけに呼ばれる名があればこの上なく私は幸福を得るだろう。そう思いついてそのまま口に出せば彼女は眉を僅かに下げた。



「そんな、でもいいの?なまえがないわけではないのでしょう?」



「君になら構わないさ。可愛らしいお嬢さんの特権だよ?」



「まぁ。うふふ、ではおことばにあまえようかしら。……そうね、ではスズにしましょう?」



どれだけ私が期待に胸を弾ませ、目を輝かせながら待っていたか。彼女にはわからなかっただろう。彼女から見れば私は本当に真っ黒い、影そのものがヒトの姿を象ったような化け物にしか見えないはずであったのだから。



少しの間を置いて、彼女は口ずさむようにして私の名を紡いだ。



「鈴?」



「ええ。あなたのこえはとてもやさしくて、でもりんとしていてとてもおみみにここちよいから、だからスズにしたの。」



「なるほどね。いや、いい名をもらったものだ。」



「気に入った?」



不安そうに瞳を揺らす彼女にまさかと肩を竦めて即座に応える。



「勿論。さて、いい名を貰った代わりに、僕も君に何かプレゼントをしようか。」



「えぇ?いいわよ、そんな……。わたしがかってにつけただけなのにわるいわ。」



「僕が名をつけてほしいと強請ったんだ、悪いなんて思わなくていいんだよ。」



「でも……。」



「いいから。ね?」



「……。わかったわ。」



「ありがとう。」




――――――――――――――……



目を閉じればあの時の情景を昨日の事のように思い出せる。



彼女との逢瀬は私の父に咎められるまで続いた。凡そ、三百歳の頃。人で言うならばまだ幼いうちだ。



影から妄りに出る事を禁じられ、唐突に彼女との関係を絶たれた私は嘆き、怒り狂い、手が付けられず、父が呆れ果てながらも渋々あちらを覗くためにと許した僅かな時間に執着した。



私を探し、時折涙を見せていた彼女も月日が経つうちに令嬢らしい所作と学を求められ、私を探す事はなくなった。



それが苦しく、悲しかった。



日に日に美しく聡明になっていく彼女を、影の内よりずっと。長い間見守り続けるしかできず歯噛みしては癇癪を起して物に当たり散らすこともあった。






……だが、それも漸く終いだ。



父から私に影の王の座は移り、彼女は幼少より保っていた婚約を破棄された。非が全くないにも関わらず、公衆の面前で断罪されたのだ。



その光景を見た時、彼女が涙を流した時、怒りのあまり飛び出していきそうになった。



彼女を傷付けた全てを抹消しなければと思った。



だが堪えた。今はその時ではないと何とか自分に言い聞かせ。



「迎えにきた。我が姫。我と共に行こう」



傷付けられ、何もかも失って一人途方にくれ人気のない国境近くを彷徨い始めた彼女を、待っていたとばかりに闇から現れて連れ去った。



私の姿を見て、彼女は初めは困惑し戸惑い、若干怯えはしたが昔貰った名を示せば驚いて。そして泣きながら笑みを見せてくれた。



求婚は彼女がもう少し落ち着いたらしよう。愛しい愛しい、我の花嫁。



優しい貴方を傷付けるだけの世界など、必要はないだろう。



「貴様ら、覚悟はできているな?私の愛した女を貶め侮辱しただけにあきたらず、その命まで奪おうとしたのだ。楽に逝けると思うな」



彼女を追いやってせいせいしたとばかりに宴を開き、笑い合っていた馬鹿な男どもと頭の足りない卑しい女の前に闇より現れて宣告する。



我が同胞も数名引き連れて証人としようとしたが、それらを見た奴らは皆聞くに耐えない叫びをあげ我先にと逃げ惑った。



羊の頭蓋骨を被る長身の男、木の蔓が複雑に絡みあったようなものの中に目玉だけが左右非対称の位置にある性別のわからぬもの、女郎蜘蛛のような色鮮やかな下半身に三つ程頭の分かれた女。



それだけだ。それだけの少ない部下であるのに。



そこにも奴らと彼女との違いを感じた。



「羽虫以下の存在である貴様らには地を這う方が似合いだ。そうだろう?」



私に持てるだけの力を込め、両手を地に向け呪を放つ。この一国だけを光の差さぬ地の下へ降ろす術だ。それをかけながら何が起ころうとしているのかもわからずただ怯え混乱するものらへ口が裂けるような笑みを浮かべた。



「光の差さぬ暗がりは光の下に生まれた貴様らにはさぞ心地よいであろう。……愚王を掲げた民も王自身も私は全て許さぬ。等しく惨たらしく堕ちて後悔し続けろ」



眼前から失せるその直前まで私は彼らをじっと見つめ続けた。そうしてあたりが閑散とした更地となったのを確認してから地に向けていた手を下ろし、息を吐き出すと連れてきていた部下の一人が薬瓶を差し出してきた。



「全く。陛下ともあろう御方が随分と無茶を為さりますこと。日は落ちているとはいえ、慣れない此方の世界でこのように莫大な力を消費してはいくら命があったとしても足りませぬ。少しは御身を労わりなさいまし」



三つ首の一つがそう言えば、他の二つの首も全くだと小言を漏らし途端に姦しくなる。それを半分聞き流しながら私は薬瓶に口をつけ、中身の独特な苦みともえぐみともつかない味のそれを嚥下した。





1/6 ちょっといじりました。初期と異なるところも多々あるかと思いますが、ブックマークしてくださった方の趣味に合わないようなものとなり、不快なお気持ちにさせてしまっていたら申し訳ございません。

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