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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
亜人救出編
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悔恨と盟約


「当時の我らは負けるとは思っていなかったが、決して油断はしていなかった。 人間の精鋭は勿論、亜人達の奴隷部隊も大量に導入した。 トロールの前衛部隊を壁にドルイドの魔術部隊、各種獣人の特攻部隊、更にゴブリンやグール等を雑兵とした混成部隊等全戦力をかき集めた。 その数まさに八万。 対するアルビアの約四万。 例え五魔や獣王ラズゴートがいようが引けをとらぬと私ですら確信していた。 だが国境でのアルビア軍と対峙した時、魔帝ノルウェ殿の一言で全てが変わった」






 両軍が対峙に一触即発の空気の中、ノルウェは一人軍の先頭に出た。

 王自ら先頭に立つなど、討ってくれと言うようなものであり、愚かな行為とその場にいたダグノラ達は笑った。

 だがノルウェはそんなことを気にする様子もなく、毅然と言い放った。

「セレノアの亜人達よ! 何故君達は戦う!? 何故セレノアに命を捧げる!? 自分が奴隷だからか!? 主の命だからか!?」

 まさか自分達に語りかけられると思ってもいなかった当時の奴隷達は動揺したようにざわつき出す。

 ノルウェは言葉を続けた。

「主に真に忠誠を誓っているなら私は何も言う気はない! だが、奴隷だからと、主の命だからと言う理由で戦うならば私は声を大にして言おう! 君達は自由なのだ! 誰に従うのではない! 己の意思に従って、自由に生きる権利がある! 我々人と同じ様に、共に生きていいのだ! 使い捨ての道具ではなく、真に己の人生を生きていいのだ! それだけの価値が君達にある!」

 先程まで笑みを浮かべていたダグノラだったが、即座にノルウェの演説が危険だと察しノルウェを射つよう命じた。

 だがノルウェへと放たれた矢や魔法は全てディアブロの重力の壁で防がれてしまう。

「もし君達が真に自分の人生を手にしたいなら、もし真に君達が自由に生きたいなら、私の国に来てくれないか! 君達やその家族が虐げられることなく暮らせるよう、私は誠心誠意約束する! 私に君達本来の姿を見せてくれ!」

 ノルウェの演説が終わると、場は静寂に包まれる。

 だが次の瞬間、一人、また一人とアルビア軍の方へと走っていく。

 後ろから命令違反としてセレノア兵に殺されるかもしれないというのに、次から次へと皆アルビアへと駆けていく。

 案の定ダグノラはその亜人達をすぐ殺すように命じた。

 ダグノラには見えていたのだ。

 この奴隷達の脱走を許せば、この戦だけではない。

 セレノア自体が敗北する大事になりかねないことを。

 だが奴隷達が逃げると同時に、ノルウェは自軍を進軍させた。

 まるで逃げる奴隷達を守るように。

 壁として配置していたトロールの部隊すらアルビアに逃げ出したことで、セレノア軍は一気にアルビア軍の進撃を許してしまう。

 ディアブロの重力に押し潰され、バハムートに熱線で撃ち抜かれ、ジャバウォックに巨体に粉砕され、デスサイズに千の武器に斬り裂かれ、ルシフェルの精霊達の力で翻弄されセレノア軍は混乱を極めた。

 更に獣王ラズゴートの中央突破により、セレノア軍は奴隷を処分する余裕もなく敗走せざる負えなかった。

 その後ダグノラの予想通り、この大戦の事を聞いた各地の奴隷達によるアルビアへの脱走や出奔が相次いだ。

 セレノアも取締りや警備を強化したが、希望を見出だした奴隷達を止めることは出来なかった。

 結果奴隷兵の大半と多くの労働力を失ったセレノアは和平を提案。

 奪った土地や捕虜とした民の全てを返還、逃げ出した奴隷達を諦めるという自分達に不利な条約を認めるしかなかった。

 そしてそれは、セレノアの事実上の敗北を認めることだった。






 そこまで話終えたダグノラはふぅと一息つくと苦笑を漏らす。

「まさか奴隷が逃げ出しただけであそこまで脆くなるとは、その時初めて我が国がどれだけ奴隷依存していたか漸く自覚したものだ」

「それがあんたが亜人に対して考えを変えた原因か?」

 イトスの質問に、ダグノラは静かに首を振る。

「いや、確かに奴隷依存に危機感を持ったのは事実だが、それだけでは変わらんよ」

「じゃあ一体?」

「顔だ」

「顔?」

 意味がわからなそうに首をかしげるイトスに、ダグノラは静かに言った。

「そう、顔だ。 いや、正確には表情と言うべきか。 鬼人(オーガ)の彼とドルイドの彼女には申し訳ないが、この国の人間にとって亜人は家畜やそこの食器と同じ道具位の認識しかない人間が多い。 当然亜人の扱いもそれに準じたものとなる。 そんな彼らの表情はいつも恐怖に満ちたものか、人形の様に空虚なものかだった。 綺麗な扱いを受けている亜人も同様だ。 主人の機嫌を損ねればどうなるか知っているからだ。 だから笑顔を作っていても瞳は空虚なものだ。 だがな、アルビアへと逃げた者達は違った。 瞳をキラキラと輝かせ、まるで太陽のごとく明るく、そして強い意思を宿らせていた。 私はそんな彼等を目にし、一瞬何が起きたか理解できなかった。 考えてもみよ? 道具だと思っていたものが、まるで人の様に希望に満ちた表情を浮かべているのだぞ? それもその場にいた全ての亜人がだ !」

 当時を思い出し少し興奮ぎみになっていたことに気付いたダグノラは少し息を整えてから話を再開した。

「だがすぐに理解した。 いや、理解せざる負えなかった。 亜人も我々と何ら変わりない感情を持つ存在なのだという、主らにとって当然の事実を、私はその時初めて理解したのだ。 なんとも滑稽なことだろうか。 元帥だの第二位の実力者と謳われた私が、その程度の事すらその時気付けなかったのだ」

 ダグノラは横に控えるナーニャを見ると、ナーニャは優しく笑った。

 ダグノラはその笑顔に答えるように頭を撫でた。

「国が敗北を認め、屋敷に帰った私は初めてこの子と人として話した。 この子だけじゃない。 マルクスや他の亜人達ともだ。 そこで初めて彼らの名前を知ったよ。 マルクス等、私が青年の時からこの屋敷に仕えていたというのに」

 悔恨にも似たダグノラの表情に、ノエルはダグノラが亜人を本当に人として認めていると感じた。

 だがだからこそ疑問が出る。

「貴方が考えを変えた理由はわかりました。 でもならなぜ、奴隷確保に動いたんですか? アルビアの事は知らなかったということは、他の国や地域のものは知っていたということでしょう」

「痛いところを突かれるな。 だがその通り。 私はこの国の亜人の在り方を変えたいが、まだ奴隷は必要なのだ」

「どういうことです?」

「簡単さ。 さっきの大戦の話でも言っていたけど、ノルウェ君に奴隷の一部を解放されただけでこの国の兵力、労働力は大幅に下がったんだ。 もしこれで全ての奴隷を解放してごらん? 奴隷に依存しきっているこの国の崩壊は目に見えているよ」

「主は本当に容赦ないなルシフェルよ」

「ふひひ、気に障ったなら謝るよ。 僕はどうもその辺には疎くてね」

「いや、主の言うことは事実よ。 だからこそ堪えるのだ」

 ダグノラは今のこの国の現状を想い頭を抱える。

 亜人を人として見る様になった今の自分には、もはやかつての様に亜人を奴隷として扱うことは出来ない。

 この国の現状を変えなければならないことも、他の誰よりもわかっている。

 だが今急激にそれをなそうとすれば当然反発が起こる。

 今でさえ亜人の待遇を改善させる案を進言しただけで、各大臣や貴族から大きな反発が起きた。

 幸いその案は正当性を認められ許可されたが、それ以来王や他の役人との関係は微妙なものへとなってしまった。

 国の中枢におり、現状をよく知っている筈の者達ですらこれなのだ。

 もし本格的に奴隷を解放すれば、国民からの反発は勿論、国内の混乱は大きなものとなるだろう。

 内乱は勿論、労働力を失ったことによる生産力の低下、それによる国力の低下は避けられない。

 現政権が滅ぶだけならまだいいが、完全に国が崩壊すれば民自身が路頭に迷い、多くの者が飢えと貧しさで死ぬ。

 それだけはなんとしても避けねばならないというのが、ダグノラの想いだった。

「とにかく国民の亜人に対する考えを変えていかねばならん。 それには時間がかかるし、国力を維持するにはどうしても最低限の奴隷は必要なのだ」

「でも、なかなか難しいと思うよ。 君みたいに亜人を奴隷として見れなくなった者もいるだろうけど、別の見方をする者もいるんだろう」

 エルモンドの指摘にダグノラは深い溜め息を漏らす。

「その通り。 国の中枢にいる者達、特にサファイル陛下がその傾向が強い」

 話を聞くと、かつての大戦でこの国の住民は大きく二種類に別れた。

 1つはダグノラの様に亜人を人として認め、共に歩む道を模索する者。

 現にダグノラの部下や一部の大臣達はダグノラに同調し、協力している。

 だがもう1つはその逆、つまり亜人に対する支配を強めようとする達だ。

 それは奴隷達の消失による一時的な国力低下による恐怖心から来ており、特に現王であるサファイル・クラトス3世はそれによる国の崩壊を最も恐れている。

 その為、他国に脱走などという考えすら浮かばぬ位徹底した奴隷管理をし、支配力を強めねばという考えに固執するようになったのだ。

 更にサファイルが警戒するもう1つの理由がある。

 それは奴隷解放連盟という組織で、近年この国を脅かしている存在だ。

 名前の通り亜人奴隷を自由にするのが目的の集団だが、問題はその手段。

 各地で奴隷収容施設や奴隷に労働をさせている工場や鉱山、果ては奴隷を大量に所持している貴族達を襲撃し、奴隷を奪っている。

 更に問題なのが、奴隷と主と仲が良好な者達まで強奪していることだ。

 現にダグノラと同じ遺志の大臣も被害に遭っている。

 穏健派なダグノラ達とは逆に過激な行動で事をなす奴隷解放連盟。

 その存在はサファイルにとって身近な脅威であり、奴隷を締め付ける考えをより強固にする要因にもなっている。

「今の彼等のやり方では国が割れる。 関係のない者も巻き込み、無駄な対立を増やすのみだ。 それでは駄目なのだ」

「そいつがエルモンドの言っていたもう1つの目的と関係あんのか?」

「ふふ、勘がいいなディアブロ。 正直に話すとしよう」

 ダグノラは覚悟を決めたように顔を引き締めた。

「ルシフェルの言う通り目的の1つは亜人誘拐の件を極秘裏に解決すること。 もう1つは、解放連盟を説得してほしいのだ」

「なんで俺達がそんなことしなけりゃならねぇんだよ!? ふざけんのも大概にしろ!」

「ラグザ、てめぇ少し黙ってろ」

「っ!?」

 まだダグノラへの不信を捨てれず噛み付くラグザだったが、リナの殺気混じりの制止に思わず息を飲む。

「ノエルに迷惑かけねぇって約束、忘れたか? 守れねぇなら速攻で送り返すぞ」

「・・・悪かった。 自重する」

 そう言って頭を下げると、ラグザは壁に寄り掛かった。

「わりぃな。 話が進まなくてよ」

「構わん。 無茶な申し出をしているのは変わりないのだからな」

「何故僕達に説得を頼むんですか?」

「貴殿が魔帝の息子だからだよノエル殿」

「?どういうことです?」

「貴殿の父上である魔帝ノルウェ殿は奴隷制度を維持したいものにとっては忌むべき相手だが、私の様な者にとって彼は目を開かせてくれた恩人である。 特に奴隷解放連盟の様な者には崇拝に似た感情を抱かれている。 ならばノルウェ殿の子息たる貴殿が説得に向かえば、少なくとも我ら穏健派との話し合いの席には付いてくれるかもしれん。 特に貴殿は現在五魔全員を率いている。 これ以上向こうに受け入れられやすい説得役は、残念ながらいないのだ」

 そこまで言うと、ダグノラは立ち上がり頭を下げた。

「無理を承知でお願いいたす。 どうか奴隷解放連盟を私達と話し合うよう説得していただきたい。 その代わり、貴殿らの目当ての拐われた者達は私が必ず見つけて貴殿達に返す。 例え誰かの所有物にされていようと取り返す。 必ず貴殿達に全員無事に送り届ける。 どうかこの願い、聞き入れていただきたい」

 これにはノエルだけでなくリナ達も驚いた。

 国第二位の実力を持つ元帥が、他国の人間に、しかもまだ地位のない人間に頭を下げたのだ。

 ノエルは王を目指しているが、当然ダグノラはその事を知らない。

 それは正真正銘、ダグノラが心からノエルに対する礼を尽くし懇願している事を意味した。

 ノエルが口を開こうとすると、それより先に言葉を発した者がいた。

「ノエル様、ダグノラ様の願い、聞いて差し上げてもらえないでしょうか?」

「ノーラ! てめぇ何言って・・・」

「ラグザ殿、私達の目的は怒りをぶつけることではなく、同胞を取り戻すことです。 ならばここはこの方を信じ、力添え願うのが一番近道かと」

「お前、こいつらを信じるのか?」

「正直に言えば、まだ完全に信じることは出来ません。 ですがここで問題を起こし同胞達を取り戻す気を失えば、それこそ村の皆に合わす顔がありません。 ならば私情は捨て・・・いえ、私情を成就させたいなら、ここは話に乗るべきだと思います」

 ノーラの説得にラグザは不機嫌そうにしながら、その正当性を認め「好きにしろ」と下がった。

「ノエル様、私達の意見は以下の通りです。 私達の事は気にせずご決断ください」

「ノーラさん、ありがとうございます」

 ノーラの気遣いに感謝しながら、ノエルはダグノラに向き直る。

「ダグノラ殿、僕達は貴方の申し出を受けます」

「!? 本当か!? 本当に受けてくれるのか!?」

「ええ。 ですが約束してください。 必ず拐われた人達を救い出すこと。 そして、もう2度とアルビアにいる亜人達に手を出さないと」

 ノエルの目に、ただの情ではなくこの一団の長としての強い意思を感じたダグノラは表情を引き締めノエルの言葉を受けた。

「誓おう。 この命に代えて必ずその盟約は果たそう」 


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