老将との会合
ダグノラの真意がわからぬまま馬車に揺られること数刻、ノエル達は首都から少し離れた屋敷に連れてこられた。
国で2番目の地位を持つ者の屋敷としては小さめに見えたが、中庭は綺麗に整えられ、屋敷も豪華すぎず品のある造りだ。
屋敷のエントランスに入ると、燕尾服を着たエルフの執事とメイド服を着た猫の獣人の女の子が出迎えた。
「お帰りなさいませ、ダグノラ様」
「おお、マルクス。 先のお客人は?」
「さっき到着して、食堂に案内しました」
「そうかそうか。 ご苦労ナーニャ」
ナーニャと呼ばれた猫の獣人の頭を、ダグノラは優しく撫でた。
そんなダグノラ達の様子にノエル達は違和感を覚える。
恐らくこのエルフの執事と獣人のメイドは奴隷だろう。
だが町の奴隷達とは違う。
足枷等の枷もなく、何よりその顔には町の奴隷達になかった生気がある。
撫でられるナーニャもダグノラに対し恐怖はなく、猫特有の人懐っこい笑顔を見せる。
ダグノラもそんなナーニャ達に対し蔑む様子もなく、纏う空気は穏やかそのものだった。
そこにあるのはこの国では異常な、アルビアでは普通の人と亜人の関係に見えた。
「どうかしましたかね?」
「あ、いえ、別に」
慌てるノエルにダグノラは少しだけ人の悪い笑みを浮かべると、ナーニャの方を見た。
「この方達を食堂へ案内しといてくれ。 私もすぐに向かう」
「はい、ダグノラ様」
「では皆様、すぐに戻るゆえ、暫しお待ちを」
ダグノラはそう言うとマルクスと共に奥の部屋に一旦姿を消した。
「さあさあ皆さん、此方ですよ。 ちゃんと着いてきてくださいね」
明るいナーニャの案内に戸惑いながら、ノエル達は用心しながら続いた。
「此方です。 好きな席にお座り下さいね」
そう言ってナーニャが扉を開けると、大きな声がノエル達に飛んできた。
「ノエル! リナ! 皆来た!」
「ジャバさん!?」
そこにいたのはノエルと別れたレオナとリーティア、エミリアにノーラ、そして小屋に入っている筈の普通の大男サイズのジャバだった。
「あ、ノエル様! ご無事でしたか!?」
「ノーラさん! それに皆も!」
「ごめん、下手打った」
「すまない」
謝るレオナとエミリアに当惑しながら、リーティアからクロードが出てきた。
「やあ皆。 無事で何より」
「クロードさん。 どうしてここに? それにジャバさんも?」
ダグノラから別の客人が来ているという話を聞いてから、ノエルはクロード達じゃないかと予想はしていた。
だがジャバまで出てきているとは思いもしなかったので、状況が飲み込めずにいた。
問われたクロードも困った様に苦笑しつつ頬をかいた。
「実は私達も正直戸惑っていてね」
クロードの話だと町で聞き込みを行っている途中、ノーラがドルイドとバレ住民と一悶着あったらしい。
そこへダグノラが現れ仲裁され、屋敷に招かれたのだという。
その時小屋に待機していたジャバの事も指摘され、こうして菓子とお茶でもてなされているということだ。
「ふひひ、流石ダグノラ君。 凄まじい眼力だね。 おお、これはなかなか・・・」
「師匠、呑気にお茶飲んでる場合ですか?」
「いや~ごめんごめん。 この国の茶葉がどんな味か気になってね。 しかしイトスが僕の行動をツッコむなんて成長したね」
「話を反らさないで下さい!」
いつの間にかちゃっかり座り紅茶を楽しんでいる所をイトスにツッコまれ、エルモンドは楽しそうに笑った。
「これうまい! ノエル達も食べる!」
ジャバは出された菓子を鷲掴みにして頬張り、上機嫌に笑みを浮かべる。
「おいおい、大丈夫かよ?」
「どうせあのじいさんには正体バレてんだろ? だったらジタバタしねぇで食ってりゃいいんだよ。 あ、これうめぇ」
警戒するラグザを他所にもはや隠す必要がないと感じたリナは素に戻り置いてあったケーキを食べ始めた。
「騎士様も鬼人様も、どうぞお掛けください」
「あ、はい」
ナーニャに促されノエル達も席についた。
ノエルは兜を脱ぎながらかなり色々話してしまったのに全然動じないナーニャを一応警戒していると、再び扉が開きダグノラが入ってきた。
「どうかな、我が国の焼き菓子と紅茶は?」
「これ旨い! いくらでも食える!」
「それはよかった。 ああ、そこの君」
「え? 俺?」
急に呼ばれ困惑するイトスに、ダグノラは静かに頷いた。
「君に少々会わせたい者がいてな。 マルクス」
ダグノラが呼ぶと扉からマルクスと、マルクスに肩を貸してもらいながら歩く先程の狼の獣人が現れた。
「ああ、あんたは!?」
驚いたイトスは急いで狼の獣人に駆け寄った。
「あんたは体は大丈夫なのか!?」
「うん、ここの人に手当てしてもらって・・・」
よく見ると狼の獣人の体は丁寧に治療されていた。
「いや、貴方の処置が良かったので私の出番はあまりありませんでしたよ。 見事な治癒魔法ですね」
「ほぉ、マルクスが褒めるとは、なかなか大した者のようだ」
ダグノラにまで褒められ動揺するイトスに、狼の獣人は弱々しいながらも先程より明るい声を出す。
「あの、さっきは助けてくれてありがとう。 僕、あんなに親切にしてもらったの初めてで・・・本当に嬉しかった」
狼の獣人はノエルとイトスに頭を下げると、イトスは照れ臭そうに笑い、ノエルも狼の獣人が無事でホッとした様に表情を綻ばせる。
イトス達に無事を知らせマルクスが狼の獣人を連れ退出すると、リナはニヤリと笑った。
「それがあんたの本性か」
「ふむ。 なるほど、やはりそっちが主の素かディアブロよ」
ダグノラがリナをしっかりディアブロと呼び、やはりバレていたとノエル達の空気が変わる。
だが当のリナ達五魔は今更とばかりに動揺はしなかった。
「よく俺がディアブロだとわかったな?」
「あれだけ殺し合いをしたのだ。 外見で惑わされるわけなかろう。 最も、まさか魔王が女装癖の小僧だとは思わなんだが」
「俺は女だ!!」
噛みつくように言うリナにダグノラは人の悪い笑みを浮かべて笑う。
「この程度の戯れ言くらい良いだろう。 かつて主らにやられた被害に比べれば大したものではなかろう」
からかう様に言うダグノラに、ノエルは不思議な気持ちになる。
この国の人間は魔帝や五魔と戦い大きな被害を受けた。
かなり恨まれている筈なのに、ダグノラからはそんな恨みの感情は感じられなかった。
すると、不意にダグノラがノエルの方を向いた。
「貴殿は、魔帝の子息殿でよろしいか?」
「はい。 ノエル・アルビアといいます。 お目にかかれて光栄です。 ダグノラ元帥」
「そうかしこまらずともいい。 しかしやはりそうか。 纏う空気が魔帝殿によく似ておられる」
懐かしそうにノエルを見るとダグノラに、クロードが切り出した。
「それで、私達を招待した理由を聞きたいのだが、いいかな?」
「ふふ、バハムートか。 しかし流石五魔よな。 当時は兜や仮面で隠れていたが、その面構えもなかなかのものよ」
「お褒めに与り光栄だが、正直我々も困惑していてね。 貴方が敵対して私達を招待した訳ではないのはわかるが、そろそろ種明かしをしてくれないか? いつから私達に目をつけていた?」
クロードの言葉に、ダグノラは小さく笑った。
「目をつける、というのは違うな。 実際私が主らの存在に気付いたのは本当に元々予定していた視察に出た直後だ。 だから何かを仕込む暇など何もなかった。 無論、意図的に会いには行ったがね」
「つまりあの騒動は偶然だと?」
「無論だ。 先程の彼も主らの正体は勿論、何も知らない。 最も、彼の飼い主だった男は以前から奴隷の扱いが酷いのでそろそろ取り締まろうとは思っていたがね」
もしダグノラが言っていることが事実なら、かなり恐ろしい存在だ。
何故なら不足の事態でも利用出来るものを瞬時に見抜き、自分の思い通りに事態を動かしたのだ。
それもごく短時間の内に。
クロードもダグノラの能力を知っている様で、その説明に納得した。
「本当貴方は、昔から喰えない人だ」
「そちらの魔人には劣る。 なあ、ルシフェルよ。 主なら既に我が目的も察しがついておろう?」
「ふひひ、君にそこまで評価されてるなんて嬉しいね」
いつもの笑みを浮かべながら、エルモンドは話始めた。
「多分目的としては二つ。 僕達がアルビア、この場合は聖帝だね。 彼の命で来たかどうか確認するためだろうね」
「流石よな。 その通りよ」
「?どういうこった?」
首をかしげるリナにエルモンドが補足する。
「要するに、聖帝が極秘裏に僕達五魔やノエル君を傘下に入れていて、何かしようとしていたんじゃないかと考えていたってことだよ」
「下らねぇ。 なんで俺達があいつなんかに」
「その言葉、信じてよいかな?」
ダグノラは視線をノエルに向け問う。
それはノエルがこの一団の長であると見抜いた上での行動だった。
「ええ。 残念ながら、僕達と聖帝は敵対関係にあります。 ですが僕達はどうしてもこの国でしなければならないことがあるんです」
「それは、亜人の誘拐に関してかな?」
ダグノラの言葉に反応したラグザから仄かに殺気が漏れるが、必死にそれを抑えているようだった。
「やはり、ダグノラ殿はご存じだったんですね」
「いかにも。 主らがここに来たということは既にあの者達も捕らえておるだろうから話すが、きゃつらを使い奴隷となる人材を各国から集めていたのは事実だ」
「それでもし聖帝が五魔を使って亜人を取り戻す、もしくは報復させると思った君は僕達をここに呼ぶことで穏便にかつ秘密裏に交渉し解決しようとしたというわけだね」
「主は本当に、私の言うことが無くなるではないかルシフェル」
「ふひひ、それは申し訳ない」
「何故アルビアを狙ったの? 仮にも今アルビアと貴国は和平条約が結ばれているはず。 事が露見すれば貴国の立場が危うくなるのはわかっていたはず」
エミリアの指摘にダグノラは渋い顔をした。
「無論承知している。 言い訳になるが、アルビアへの奴隷確保の件は私の知らぬ間に決定されたことなのだ」
「国のNo.2である貴方が知らなかった? そんなことがあるはず」
「事実だ。 知っておればこの様な愚行はさせなかった。 我が名誉に賭けてそれは断言しよう」
言い切るダグノラにエミリアが言葉に詰まると、ノエルが引き継いだ。
「何故、貴方に知らされなかったんですか?」
「・・・私と陛下の関係は今微妙ものになっている」
ダグノラは少し考えると意を決し話始めた。
「先程ディアブロが指摘したように、私の亜人達に対する考えはこの国の大多数の人間とは異なる。 可能なら亜人と手を携え、近い将来奴隷ではなく良き隣人となりたいと願っている」
「信用できるかよ! 今まで散々亜人を使い捨てにしてきた連中の言葉なんか!」
「ラグザ殿、落ち着いて!」
ラグザは今度こそ殺気を剥き出しにしダグノラを睨み付ける。
「ラグザ、いい加減に・・・」
「良いのだディアブロ。 彼の感情は正しい」
ノーラに止められリナに諌められながらもながらも怒りに満ちた視線を向けるラグザに対し、ダグノラはそれを正面から受けた。
「主の怒りは最もだ。 現に先程主らが見た通り、この国は未だに亜人に対しあの様な態度を取る者が殆どよ。 現に私もかつてはそうだった。 あの大戦を経験するまではな」
ダグノラは当時を振り返るように自身の胸の内を語りだした。
「亜人は人間に使われる為に存在するというのが、この国の建国からの理念だった。 以来約500年もの間、この国は発展し今の大国へと成長した。 その事もありこの国の者は皆その理念を信じている。 いや、ごく当たり前の真理と解釈していると言った方が良かろう。 現に私も産まれた時からそう教えられ、それが当然だと思っていた。 そんな折り、アルビアが各国から侵略を受け始めた。 領土拡大や豊かな土地を求め周辺諸国か侵攻していく流れに我々も乗った。 ほぼ全ての周辺諸国に狙われているのだ。 どう転ぼうがアルビアの勝利はないと判断したからだ。 狙いはアルビアの亜人。 アルビアで大量の亜人奴隷を手にすれば我が国はより大きく発展する。 あの当時は誰もがそう信じていた。
だが、事は急転した。
弱腰の外交しかせぬ筈だったノルウェ陛下が魔帝へと変貌し、侵攻のきっかけとなった爆の国を滅ぼし、その王だったヒサヒデの一族全てを皆殺しにしたのだ。 その事態に北の大国ルシスは早々にアルビアと和平を結び侵略した土地を一部を除き全てを返した。 そこからは破竹の勢いで逆に多くの国を滅ぼしていった。 まさに恐怖の魔帝と呼ぶに相応しい力よ」
そこまで語ると、その光景を思い出すようにダグノラは宙を見た。
「そしてとうとう、魔帝は我が国へと攻め込んできた」




