元帥
レガロ・ダグノラの出現にエルモンドとリナ、特にリナの空気が変わった。
表に出さぬようおしとやかな雰囲気こそ崩してはいないが、明らかに警戒している。
そのリナの警戒を裏付ける様に、ダグノラの雰囲気はノエルが会ってきた歴戦の将と呼ばれる人達とは違った。
ラズゴートの様に豪快でも、ギエンフォードの様に威圧的でもない。
ただ静かに、だがその中に確かな威厳と自信に満ちている。
それが一目見たノエルの感想だった。
そんな大物の登場に、先程までノエル達に強気だった男も緊張と戸惑いの表情を浮かべている。
ダグノラは静かにノエル達や男を視線だけで動かし見渡す。
「一体なんの騒ぎかな? 何やら揉めているようだが?」
少ししゃがれながらもしっかりとした口調のダグノラに男はハッとなり口を開く。
「お、おお、元帥閣下! 何故貴方様の様な方がこんな場所に?」
「首都を見回るのも我が責務ゆえ。 で、質問に答えてもらおうか?」
「は、はい! この異国人共が我が国の伝統である亜人奴隷のあり方を汚す様な発言をするもので、ついこの様な騒ぎに・・・」
男の言葉を聞きながらノエル達はマズイと思った。
本来なら問題を起こさず情報収集だけのつもりが、まさか国のNo.2と鉢合わせるとは思ってもみなかった。
しかもこの国の元帥だ。
男の話を全面的に認め、ノエル達を逮捕しようとする可能性が高い。
そうなれば勿論応戦するが、もしここで戦えば拐われた亜人達を探すのが困難になる。
どうするべきかノエル達が考える中、ダグノラは痛め付けられた狼の獣人をチラリと見た。
「なるほど。 確かに異国人には刺激が強いようだな」
「そうなのです! あの程度の調教でやり過ぎだの人をなんだと思ってるだの、本当亜人の事をなにも知らない輩でして・・・」
「あの奴隷を没収せよ」
「・・・へ?」
自分有利と見て捲し立てていた男は、ダグノラの言葉に思わず固まった。
「か、閣下? 何を言って?」
「あの奴隷は此方で処理する。 異論はあるまいな?」
「お、お待ちください! 何故その様な!? 第一あの奴隷は私が大枚をはたいて買った・・・」
「黙らんかたわけ者!!」
ダグノラの一喝に男のみならず、ノエルやイトス達も思わず気圧されそうになる。
「確かに亜人は人に遣える為に存在する。 それがこの国の定義であり歴史だ。 だがだからといって無闇に傷付け使い物に出来なくするとは何事か?」
「お、お待ちください! あの程度で使い物にならなくなるなど、そもそも奴隷として不良品であり私が責められる謂れは・・・」
「ほう、貴様は我等が陛下の支配する奴隷が不良品と申すか? 我が国の労働力として常に良質な奴隷を我等国民にお貸しくださっている陛下に対し、その奴隷が使い物にならないから傷付けてよいと?」
「わ、私はその様な事は決して!」
男の顔はみるみる青ざめ、脂汗で滴り落ちる。
ダグノラはそんな男を一瞥すると部下の兵士に指示を出す。
「この奴隷を速やかに例の場所に連れていき処分せよ」
「はっ!」
「なっ!? 処分ってなんだよ!?」
手当てをしていたイトスが文句を言おうとすると、狼の獣人がそれを制し、礼を言うようにイトスに頭を下げた。
「お前!」
「イトス。 今は下がりなさい」
エルモンドに言われ、イトスは不服そうにしながら狼の獣人から離れる。
すると兵士に両脇を抱えられ、狼の獣人は連れていかれた。
「貴様は陛下侮辱の罪で当面新たな奴隷を買うことを禁ずる。 後で正式に通達する。 良いな」
「は、はい」
有無を言わさぬダグノラの視線に、男は逃げるようにその場を離れた。
ダグノラはノエル達に顔を向けた。
「我が国の国民が失礼をしたようだ。 どうぞ、許されよ。 この国も本来、あの様な粗暴な者ばかりではないのだ」
この国の元帥からの裏表のない素直な謝罪の言葉に困惑しながら、ノエルも素直を応えた。
「いえ。 我々こそ騒ぎを起こし申し訳ない。 以後気を付けます」
「ありがたい。 おお、そうだ。 詫びと言ってはなんだが、これから我が屋敷に参らぬか? 存分にもてなそう」
突然の申し出に驚きながらも、これ以上危険を置かすわけにはいかないノエルは断ろうとする。
「いえ、大変光栄ですがその様なお気遣いは・・・」
「いや、遠慮なされるな。 先程も似たような異国の客人を招いたばかりでな」
その言葉に、ノエル達はある予感が過り戦慄する。
そしてダグノラはリナの方に視線を向けた。
「特に貴女には是非来てほしいのだが、如何かな、お嬢さん?」
まるで見透かされているようなその瞳に、リナは小さく息をつく。
「折角のお誘いですし、無下にするのも失礼ですね。 お言葉に甘えましょう、黒騎士様」
リナの言葉に、ノエルも覚悟を決めダグノラと向き合う。
「わかりました。 では、お世話になります」
「おお、これは重畳。 では馬車を回させるゆえ、此方へ」
ダグノラに言われるまま、ノエル達はその後を付いていった。




