決断
結果としてヴォックスのメンバーは全員倒され、捕縛された。
亜人達にも大きな被害はなく、一見すれば大勝利という形となった。
だが、ノエル達の顔は浮かない。
それは今回最も大きな目的であった拐われた亜人達がどこにもいなかったからだ。
ルキアーノが重症の為本人からは話を聞き出せなかったが、代わりに彼に近い位置にいる部下が全てを吐いた。
彼らのバックにいるのはやはりセレノアであること、セレノアから各亜人の情報を多く貰っていたこと、そして拐った亜人達は既にセレノア本国へと運ばれたこと。
ルキアーノは可能な限り事を早く進めていたという。
処理が早ければ証拠も素早く消せるし、何より万一バレても他国に連れていってしまえば簡単には調査することはできない。
ましてや相手はセレノアだ。
元々亜人奴隷を推奨しているこの国で奴隷を調査させろと言って簡単に許可が出る訳がない。
自国が大きく関わっているなら尚更だ。
今回の様にたった一夜で自分を含めた大多数の構成員が捕まるという事態にならなされば、ルキアーノには逃げ道はいくらでもあったのだ。
彼の誤算はここに五魔が現れたこと、ただその一点のみだった。
ノエル達と亜人の長、そしてエミリアが集まった会議場には重い空気が流れていた。
「しかし、これは困ったことになったね~。 どうしたものか」
ドルイドのマグノラの言葉に、ラグザは勢いよく身を乗り出す。
「んなもん決まってるだろ! セレノアに乗り込んで連中取り返すんだよ!」
「おお! 我らトロールも同じだ! これ以上向こうの好きにさせるのは我慢ならん!」
「落ち着け、二人とも! 事はそう簡単じゃねぇ!」
血気に逸るラグザとジャックをドルジオスが諌めると、キサラが頷いた。
「ドルジオス殿の言う通りです。 もし本当に同胞達がセレノアに連れていかれてしまったのであれば、下手な行動は出来ません」
「なんでだよ!?」
「ふひひ、相手は仮にもアルビアと戦って生き残った大国だよ。 そんな国にアルビア所属の亜人が攻めいったらどうなる? 確実に国同士の問題に発達する」
「それのどこが悪いんだよ!?」
噛みつくラグザにエルモンドは更に続けた。
「いいかい? 只でさえ向こうはアルビアをよく思っていないんだ。 君達が攻めてくればそれを口実に戦争を起こしかねない。 しかも最悪、君達の行為を利用して亜人の危険性を世に訴えて、また亜人の扱いを昔に戻そうとするかもしれない。 そうなればまた戦火で多くの犠牲者が出るだけでなく、ノルウェ陛下が作った今の亜人の立場まで失いかねないんだよ」
「じゃあどうしろってんだよ!? このまま指をくわえて見てろってのか!?」
ノルウェの名前を出され現状を理解するラグザだったが、それでも憤りを抑えることは出来なかった。
「国に任せるのはどう?」
エミリアの一言にその場にいた全員の視線が集まる。
「今回例の集団を捕まえたことで証拠としては十分。 此方から攻め込まなければどう見ても非のあるのは向こう。 なら正式に聖帝から抗議してもらえばいい。 勿論向こうも彼らの切り捨てに入るでしょうけど、少なくとも交渉して返してもらうことは出来るわ」
「んなもん、いつまでかかるかわかんねぇじゃねぇか!? その間に連中に何かあったらどうすんだよ!?」
「なら他に何か手段があるの? このまま無鉄砲に突っ込んで、それこそ同胞を危険にさらす?」
エミリアの指摘に、ラグザは言葉に詰まる。
実際、ここからは個人でどうこうできる話ではない。
大国対大国、国家間レベルの話だ。
個人で下手に動けば、寧ろ事態は悪化する。
だからエミリアの言葉は正しいし、一番安全で確実だろう。
幸い今回の件でセレノアが関わった物的証拠もあるから、取り返すこと自体は可能だろう。
ただし、ラグザの言うように交渉している間に拐われた亜人達にセレノアが何かする可能性も大きいのも事実。
のらりくらりとかわされながら、拐った亜人達を自分達の都合のいいように利用される、もしくは洗脳し自らの意思でセレノアの留まらせる可能性もある。
最悪、証拠隠滅のため処分される事にもなりうる。
ラグザはそれを知っているから焦っている。
ラグザだけではない。
ここにいる全員がその事は危惧している。
だが現に、それ以外に取れる策はなかった。
「僕がセレノアに行きます」
重い空気の中発せられたノエルの思いもよらぬ言葉に、その場は騒然とする。
「お待ちくださいノエル様! それはあまりにも危険です!」
「ああ! いくらなんでもそれは無謀ってもんだぜ!?」
「貴殿に何かあれば、我らはノルウェ陛下に顔向けできん!」
キサラ、ドルジオス、レオノアが止めようとするが、ノエルは首を横に振る。
「ですがラグザさんの言うようにこのままでは拐われた人達がどうなるかわかりません。 既に一番最初に拐われた人達が半年前ですし、悠長にしていられません」
「さっきの話は聞いてたの? 下手をすればアルビアとセレノアがまた戦争状態になるのよ」
「戦争にはなりませんよ」
「なんですって?」
エミリアはノエルの言葉の意味がわからず訝しげな表情をした。
「僕は聖帝と敵対している人間、つまり現アルビアと関係のない人間です。 アルビアは知らぬ存ぜぬを決め込んでも何も問題ありません」
「詭弁だわ。 そんなこと関係なくいくらでも戦争の口実に・・・」
「それに僕は魔帝の子です。 恐らくセレノアが憎くて憎くて仕方がない魔帝ノルウェの子です。 そんな人間が自分の国に入れば、矛先は現アルビアではなく僕に向かうと思いますが」
「それは・・・」
そこまで言うと、エルモンドは可笑しそうに大笑いした。
「ふひゃっひゃっひゃっひゃ! なるほどなるほど! 面白いね~君は。 思い付いても普通なかなか言い出せないよ。 ふっひっひっひっひっ」
「その上五魔まで国に入ったとなりゃ、向こうも完全にアルビア云々の事は頭から無くなりそうだな」
「恨み買ってるからね~、あの国には」
リナは悪い笑みを、レオナは当時を思い出し苦笑するが、ノエルの意見には賛同しているようだ。
「それで、実際どうなんですかエルモンド? ノエル様の予測はどの程度正しいと思います?」
「ふひひ、そうだねリーティア。 他の国ならそこまでではないだろうけど、セレノアとなれば話は別だね。 特にあそこの王であるサファイル君は熱心な人間至上主義者だ。 あの国の亜人に対する考え方がずっと正しいと信じてきた。 が、それを魔帝に全部ぶち壊されたんだ。 信じているものを否定された人間は怖いよ~。 周りの事なんか冷静に見れなくなるんだから。 もし彼が僕の予想通りなら、ノエルの言う通りアルビアをどうこうよりもまずノエル君達をどう扱うかに思考が及ぶだろうね」
「そんなものただの予想じゃ・・・」
「まあまあエミリア君。 君は頭はかなり回る様だが、まだ経験が足りない。 人の感情は複雑だけど、負の感情は強くストレートだ。 僕もまだまだ未熟だけど、そのくらいはわかる。 特にプライドの高い人間の考え程、読みやすいものはないしね」
エミリアは不服そうにしながらも黙ると、今度はキサラ達が声をあげる。
「ですがそれでは、尚更ノエル様や皆様が危険ということではありませんか!」
「ああ! そんな場所にあんたらを行かせるわけにはいかねぇ!」
「うむ。 ここは我らが国を離れてでも我らのみで解決を」
「お待ちください!」
騒ぐ族長達の声を遮り、ゴブラドが立ち上がる。
「皆様、ここはノエル様に任せていただけませんか?」
「正気ですかゴブラド様!?」
「今の話では、セレノアがノエル様達を抹殺する可能性が高いのだぞ!?」
「勿論理解しています」
「だったら・・・」
「ですが、ノエル様はその程度で屈するような方ではない」
ゴブラドの力強い言葉が、族長達の言葉を止めた。
「私はこれまで、ノエル様と共に旅をして、ノエル様という人物を近くで見てきました。 この方は今まで数々の困難があろうとも、その意思の強さで乗り越えられてきた方です。 五魔を再び集める事が出来たのがその何よりの証です。 そのノエル様が、セレノアごときに遅れを取ることは決してありません。 必ず拐われた同胞を助け出し、無事戻ってくる。 私はそれを確信しております。 ですからどうか皆様、ノエル様を、そしてそのノエル様の元に再集結した五魔を、信じていただけないでしょうか?」
ゴブラドの力強い説得が終わると、その場はシンと静まり返る。
ノエル自身、ゴブラドの自分への評価と自分を信じる強い想いに驚き言葉を失っている。
「・・・いいぜ、任せても」
静寂を破ったのはラグザだった。
「あんたはセレノアが相手だって言って力を貸してくれた。 だから信じる」
「ラグザさん」
「だが、条件がある。 俺も連れてけ」
「ラグザ殿!?」
「おいおい正気か!? 相手は亜人の事なんかなんとも思ってない国だぞ!?」
キサラとドルジオスが声をあげる中、ラグザは頷く。
「俺の場合角を隠せばバレねぇよ。 それに信じるにしても、やっぱ任せっきりは性に合わねぇ。 だから付いてく。 それだけだ」
ラグザはまっすぐノエルを見据えた。
「絶対に勝手はしねぇと誓う。 だから俺を連れていってくれ」
強い意思の宿る視線に、ノエルは表情を和らげた。
「ええ。 よろしくお願いします、ラグザさん」
「! ああ!」
二人の会話に、キサラも覚悟を決めたように小さく息を吐く。
「これは、お任せするしかないようですね」
「だな。 ここまで来たんだ。 俺達がこれ以上ぎゃあぎゃあ言うのもみっともねぇしな」
「そうだな。 我らに出来るのは、貴殿達を信じるのみ」
ドルジオスとレオノアの言葉に同意するように他の族長達も頷くと皆立ち上がり、ノエル達に頭を下げた。
「同胞達の事、よろしくお願いいたします」
亜人の長達が自分を信じ頭を下げる。
ノエルはその事の意味を理解し、力強く頷く。
「はい。 必ず皆を取り返してきます」
「よっし! やってやろうじゃねえか!」
意気込むリナ達の姿を、エミリアは静かに見つめていた。




