聖王の訪問
その日ソビアの砦は、兵達が慌ただしく動いていた。
国境の要とも言える屈強な兵士達が、門の前に整列する。
その奥で、ギエンフォードは面倒そうにこれから来る者達が来る方向を見据える。
やがて数台の馬車が現れ、兵士達が姿勢を正す。
そして先頭の馬車が止まると、一人の男が出てきた。
「おお! 久しいなギエン!!」
ラズゴートは昔からの戦友に笑みを浮かべ近寄ると、ギエンフォードは舌打ちした。
「てめぇは相変わらずうるせぇなラズ」
「それがわしの取り柄だからな! がッはッはッ!」
ギエンフォードの態度に気を悪くする様子もなく、ラズゴートは大笑いする。
「ふふ、お二人は仲がいいんですね」
ラズゴートに続いて馬車から降りた人物に、ギエンフォードは内心警戒を強めた。
(さあ、厄介なのが来たぞ)
柔らかく微笑む聖王アーサーと、ギエンフォードは対峙した。
ギエンフォードの部屋に通されたアーサーとラズゴートは机越しにギエンフォードと向き合う。
アーサーは席に着く前に、ギエンフォードに頭を下げた。
「まずは謝罪を。 この度のボルゴーの件、誠に申し訳ありませんでした」
今回アーサー達が来たのは、ボルゴーの護送の為だった。
ボルゴーは中央がその能力を見て送り込んだ貴族だ。
そのボルゴーが己の地位を利用し、秘密裏に奴隷や犯罪者の私的利用、更に危険生物所持等の罪を犯した。
それは中央を統括する自身の責任だと言い、アーサーはギエンフォードと知古であるラズゴートを伴い自らやって来たのだ。
謝罪するアーサーに、ギエンフォードはふんとパイプの煙をふかす。
「んなもんいらねぇよ。 寧ろてめぇが来るんで余計な手間がかかってそっちの方が面倒だ」
「おいギエン、流石にそりゃないだろう。 アーサーは責任を感じわざわざ来たんだぞ」
ギエンフォードの態度を、ラズゴートは注意した。
「構いませんよ。 手間をかけさせてしまったのは事実ですし」
アーサーはギエンフォードの本来なら不敬に取られる態度を気にする様子もなく、ラズゴートを制した。
ギエンフォードはこの国の大将軍だが、地位や権限はアーサーの方が上だ。
アーサーのそういったものは関係ないという態度に、ギエンフォードはそれがアーサーの魅力の1つなのだなと感じた。
アーサーは席に着くと本題に移った。
「それで、ボルゴーに洗脳された人達は?」
「現在全員保護してリハビリ中だよ。 ボルゴーの屋敷の地下にも洗脳中とみられる連中がいたからそいつらも保護。 幸いそっちに関しちゃそんなに深刻なレベルじゃねえ」
「リハビリ中の人達はやはり時間はかかりそうですか?」
「少なくとも野郎が実戦投入しただけのことはあるから、そう簡単にはいかねえな。 だが、ボルゴーの所で解毒法に関する記述が見つかった。 そいつを試した結果、薬の効き目が幾分薄れたから、想定より早く立ち直るかもしれねぇな」
これに関しては嘘である。
実は解毒はエルモンドが回復可能なレベルにまで治療をしていたのだ。
エルモンドの使う風の精霊シルフィーの浄化の風は、植物による毒を浄化する作用がある。
エルモンドは1ヶ所に集めた囚人や奴隷達にその風を送り、後遺症も無いように症状を和らげたのだ。
本来なら完全治癒も可能だったが、それでは怪しまれるとその程度にあえて押さえたのだ。
因みに先程の解毒の記述も、エルモンドが書いたものを証拠として渡されている。
「そうですか。 よかった」
洗脳された人達の経過がいいと聞き、アーサーは表情を和らげる。
「で、あいつらの処遇は? 奴隷はともかく、犯罪者だった連中もいるからな」
「程度に寄りますね。 ですが改心する意思があるなら、可能な限り社会復帰への手助けはしましょう。 また元奴隷の方々も、国で受け入れるつもりです」
「寛大な措置なこった。 まあ、また面倒を押し付けられねえよう気張るだけだ」
「ええ。 こちらも努力します。 それともう1つ、ボルゴー捕縛の状況についてですが」
ギエンフォードはそら来たと思った。
アーサーがここに来た真の目的は、ボルゴー捕縛にノエル達が関わっていないか、そして自分と接触していないかと確認だろうとギエンフォードは思っていた。
無論、ボルゴーのことへの謝罪も本音だろうが、それとノエル達の事は別だ。
もし自身がノエルに付いたと知られれば、容赦なく処断される。
ギエンフォードは表情に出さないが気を引き締め直す。
「確かボルゴーに忍ばせた密偵から、国境近くで洗脳兵とスコーピオンリザードを使って民間人を襲うという情報を聞いて、現場を押さえたとの事でしたね」
「ああ。 自分の手駒の性能を確かめる為、拉致した民間人を使ったらしい。 ついでにその民間人の死を俺のせいにし、失脚させようと思ってたらしいな」
「なるほど。 それで、その被害者の民間人というのは今どこに?」
「ラバトゥの商人の一団で、もう国に返したよ。 あまり大きな問題にすると面倒だと思ってな、それなりの謝罪金を渡して国に帰ってもらった」
ラバトゥの商人にしたのは、異国の商人ならこの場に長く拘束出来ない理由になるし、利に悟い商人なら本当に謝罪金で事をなかったことにすることが出来る。
加えてボルゴーは商人達と懇意にしていた為、その商人を秘密裏に拉致するのも容易だった事も理由としては不自然さはない。
更にすぐ帰したのも、ラバトゥの商人だったという理由で納得がいく。
ラバトゥはかつてアルビアと激突した大国。
今は多少交流するまで国交は回復してはいるが、商人の件が明るみに出ればまたその関係が拗れる。
下手をすれば戦争の口実とされる。
その事を理解しているアーサーなら、この言い訳で通用する。
ギエンフォードはそう思っていた。
「なるほど、確かにそれならば商人達を帰すのも仕方ないですね。 賢明な判断、感謝します」
納得した様子を見せるアーサーに、ギエンフォードは少しホッとする。
後心配なのはボルゴーだが、奴には他にあった罪を揉み消し減刑する様に細工してやると取引を持ち掛け、此方の要求を飲むように脅迫、もとい、説得した。
ボルゴーもギエンフォードの気迫に呑まれそれを承諾した今、このままアーサーが帰ってくれれば全て丸く収まる。
「そういえば、ボルゴーの手駒に巨人はいませんでしたか?」
アーサーの問いに、ギエンフォードはピクッと反応する。
「いや。 なんでた?」
「いえ、実は極秘裏に此方でも独自に調査を行ったのですが、現場と思われる場所に巨人の足跡らしきものがあったという報告がありまして」
アーサーの指摘に、ギエンフォードはすぐにハッタリだと気付く。
巨人の足跡とはジャバの事だろう。
だがジャバの足跡は部下に命じ全て消してある。
ギエンフォードは変わらぬ態度で答える。
「恐らくスコーピオンリザードのもんだろう。 ここは砂漠も近いし、風で形が多少変形したんだろうよ。 第一、巨人族はほぼ絶滅危惧種だ。 ボルゴーだって簡単には手に入らねえよ」
「ええ。 確かにスコーピオンリザードの足跡は残っていました。 ですが、それとは別に人型の足跡の痕跡も見つかっているんです。 しかも、まるで隠蔽するかのように隠されていました」
「なに?」
ギエンフォードが疑問の声をあげると、アーサーが机に1枚の紙を出した。
それは以前ギゼルが発明した写真機という機械で撮られた精巧な絵だった。
絵には人型の足跡の面影がうっすら残る地面が写し出されている。
「鑑定した結果、かなり新しいものだということが判明しました。 この足跡に心辺りがありませんかギエンフォード殿?」
アーサーの問いに、ギエンフォードは自分の失言に気が付く。
巨人族はほぼ絶滅危惧種だと言ってしまった。
現にアルビアでは現段階で巨人は確認されていない。
そう、ジャバを除いてはだ。
つまり、この国で絶滅危惧種と言われる巨人の足跡が見付かったということは、即ち五魔のジャバウォックのもの以外あり得ないのだ。
ギエンフォードの発言はその足跡がジャバのものだと半ば認めた様なものだ。
表にこそ出さないが、ギエンフォードは初めて焦り始める。
すると、扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
アーサーの言葉に、一人の兵士が扉を開け「失礼します」と敬礼をした。
「ボルゴーの護送準備が整いましたので、お知らせに参りました」
帽子を目深に被った兵士、報告にアーサーは「わかりました」と席を立った。
「では私が確認をしましょう。 ラズゴート殿はどうします?」
「わしはもう少しこいつと話してから行くわ。 殆どお前さんばかりで、全然話せとらんからな! がッはッはッ!」
「わかりました。 では後程」
アーサーはそのまま部屋から出ていこうとすると、不意にギエンフォードに向き直る。
「ではギエンフォード殿。 これからも国境の守り、よろしくお願いいたします」
アーサーはニコッと笑い軽く会釈を刷ると、兵士に連れられボルゴーの待つ砦の中庭に案内された。
アーサーが出ていくと、ラズゴートは疲れた様にふぅ~、と息を吐いた。
「全く何考えとんのじゃお前は?」
「ふん。 てめぇの知ったこっちゃねぇ」
「アーサー相手に誤魔化しが本当に効くと思っておったのか?」
「やっぱりてめぇにはバレてたか」
「当たり前だ!」
ラズゴートは腕を組みフンと鼻を鳴らした。
ギエンフォードは敵方のラズゴートにバレたにも関わらず、パイプの煙を吐き出す。
「大体ノエル殿下の動向はある程度此方も予測を立てとる! 殿下達がここに立ち寄ったの位すぐに予想が付くわ!」
「殿下ね。 お前にとってはまだあのガキは殿下なんだなラズ」
「話を反らすな!」
ラズゴートは怒鳴ると、呆れた様に頭を抱える。
「そもそもお前さんはこの手の工作は苦手なんじゃからもう少し考えんか。 さっきも息子が来とらんかったら、どうごまかす気だった?」
実は先程の兵士は機転を効かせたライルだ。
ライルは父が不利だと思い、話を中断させようと部屋にやって来ていたのだ。
「なんだ、あのバカと会ったのか?」
「内のメロウ爺とやり合ったわ」
「ほぉ、あのジジイとやり合えるたぁ、内の馬鹿息子もやるじゃねえか」
「お前は・・・もういいわい」
ラズゴートは諦めた様に息を吐いた。
「で、これからどうするんだギエン? わしも一応聖帝側だが?」
「ふん。 てめぇが言う気ならもうとっくに俺は終わってただろうよ。 だが、どうも見逃されたみてぇだな」
ギエンフォードは窓から見える中庭を見ながら先程のアーサーを思い出す。
アーサーの最後の言葉、それは全てを察した上で今回は見逃すということだった。
恐らく、今回のボルゴーの件でのギエンフォードの活躍と向こうの落ち度を見ての処置だろう。
無論、次はないという警告の意味も含んでいる。
涼しい顔をしながら、その瞬間だけ微かに殺気が混ざっていたのに気付いたギエンフォードは、背中に冷たい汗をかいていた。
先程のボルゴーの被害にあった者への慈悲深さを知っているからこそ、そのどこまでも冷たい殺気が、ギエンフォードには不気味に感じた。
アーサーを連れ中庭にやって来たライルは、内心かなり緊張していた。
自分の顔を知らないアーサーなら誤魔化せると思い出てきたが、先程のギエンフォードとのやり取りもあり、バレるのではないかとヒヤヒヤしていた。
「そう言えば、あなたはあまり見覚えがありませんね」
アーサーの言葉にギクッとなりながら、ライルは平静を装った。
「はっ! 自分はまだ新参者でして、この度は聖王アーサー様にお目にかかれて、非常に光栄であります!」
「ふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。 あなたもこの国の守り手です。 しっかり勤めに励んでください」
「はっ!」
なんとか誤魔化せたとホッとするライルの視線の先に、両手を拘束されたボルゴーが護送用の馬車の前で立っていた。
「久し振りですねボルゴー」
「アーサー様! 今一度弁明の機会を!」
すがるように言うボルゴーに対し、アーサーは冷たかった。
「諦めなさい。 あなたにはそれ相応の罰を受けてもらいます」
アーサーの言葉にボルゴーは項垂れると、小さく笑い始めた。
「くくく、なら仕方ない」
突然ボルゴーのいる地面が割れ、下からスコーピオンリザードが現れた。
「!? まだ隠してやがったか!?」
ライルが驚く中、アーサーは静かにスコーピオンリザードの内の背に乗るボルゴーを見ていた。
「ふははは! 切り札とはいくつも持っておくものだよ! 私はこんなところで終わる男ではないわ!」
「私があなたを逃がすとでも?」
「フン! ならば貴様を殺すまで!」
ボルゴーはスコーピオンリザードをけしかけ、アーサーに突撃した。
「あぶねぇ!!」
「大丈夫ですよ」
咄嗟にアーサーを庇おうとするライルを制し、アーサーはその場で軽く飛んだ。
そしてスコーピオンリザードと交差すると、その後ろに静かに着地した。
「おのれ! ちょこまかと・・・!?」
ボルゴーは振り向こうとする瞬間、自分の異変に気付いた。
だが最早遅かった。
次の瞬間、ボルゴーとスコーピオンリザードは粉微塵に切り刻まれ、その肉体は四散した。
「あなたの様な愚か者には、相応しい最後ですよ」
アーサーはそう冷たく言い放つ。
ライルはその姿に、ただただ戦慄するしかなかった。
「おい、見えたかギエン?」
「辛うじてだな。 だがありゃかわせねぇよ」
窓から一部始終見ていたギエンフォードとラズゴートは、その光景に息を飲む。
特にギエンフォードは、アーサーと一瞬目が合った。
その目は「あなたもこうなりますよ」と語りかけている様にギエンフォードには感じた。
それこそ、今回の様な回りくどい方法ではなく、有無を言わさず処断する。
その意思を伝える為に、本来なら此方の不利な証言をする可能性のあるボルゴーを、見せしめとして殺したのだ。
それも自分との力の差を見せ付けるように。
(ありゃ、両目が無事でも無理だな)
驚きながらも、ギエンフォードは冷静に分析し自嘲気味に笑む。
ギエンフォードは過去の大戦で右目を失った。
その為今の実力は当時よりは劣っていると、少なくとも自分は思っている。
だがもし万全でも、恐らくアーサーには触れる事すら出来ないだろう。
そんなギエンフォードに旧友としてラズゴートが声をかける。
「どうする? 今なら恐らく息子も含めて見逃してもらえると思うが?」
ギエンフォードはパイプの煙を吐くと、挑戦的な笑みを浮かべる。
「わりぃなラズ。 俺は1度決めた事を自分の身可愛さで止める程頭が柔らかくねぇんだ。 それに、ガキが覚悟決めたのに親父が逃げたんじゃ、格好つかねぇだろ」
恐らく自分が抜けてもライルはリナ達と共に戦い続けるだろう。
例え自分の命を散らせようと。
それがわかっているからこそ、息子を見捨てる事など出来なかった。
それにノエルから聖帝の所業を聞いた。
もしここでノエル達を裏切れば、かつて民の為ノルウェを見捨てた己の信念を捨てることになる。
ギエンフォードにとって、ノエルを裏切るという選択肢は既に存在しなかった。
ラズゴートもそれがわかっていたのか、それ以上ギエンフォードを説得しなかった。
「残念じゃ。 もう一度酒でも酌み交わしたかったが」
「俺は御免だ。 てめぇ酒弱いからすぐ酔っぱらって、毎回俺に面倒押し付けやがって」
「がっはっはっ! そりゃすまんかったのう!」
豪快に笑うラズゴートの顔に、若干の寂しさが混じる。
ラズゴートはアーサーと合流するギエンフォードに背を向ける。
「次会った時は敵同士だ。 加減はせん。 覚悟しておくんだな」
「当たり前だ。 加減なんかしやがったらぶっ飛ばすぞ」
ラズゴートは小さく笑むと、部屋を後にした。
「・・・相変わらずめんどくせぇ野郎だ」
本来なら誰よりもラズゴート自身がノエルの為に力を貸したいのだろう。
無論、友である自分に対してもだ。
だがそれはラズゴートの忠義心が許さない。
ラズゴートが忠義を捨てるということは、ギエンフォードにとって民を捨てることと同じだ。
ギエンフォードは悪態をつきながら、そんな不器用な友が好きだった。
その友と今決別した。
互いの信念の為に、互いの覚悟を受け止めて。
もう後戻りは出来ない。
ギエンフォードはパイプをふかしながら改めて覚悟を決める。
民と、息子の為に。




