機嫌の悪い男
南西にある小さな町ゴルグはあまり治安の良くない町として知られている。
その町の裏路地にある酒場<屑の穴>は、いつもごろつきや近隣に出没する盗賊や山賊の溜まり場となっており、以下にもガラの悪い悪人面の者達が今日も酒だ喧嘩だと騒いでいる。
そんな凶悪な者達が集う中、一人の男が乱暴に勢いよく扉を開けて入ってきた。
中にいた客達の視線は自然とその男に集まるが、その男の顔を見るなり先程騒いでいたのが嘘のように急に静かになる。
逆立った灰色の短髪に牙の様に尖った歯の男は、只でさえ凶悪な目付きをしているにも関わらず、機嫌が悪いのか更にその凶悪さを増している様に見える。
その男は憮然としたまま店に入ると、その後ろを肥満体の貴族の様な服装の青年が疲れたように後に続いた。
機嫌の悪い男、ガルジは奥にある大きめのテーブルのある席にドカッと座ると行儀悪くテーブルに足を乗せた。
「親父酒だ! それといつもの! 今日はいつもより多めに持ってこい!」
普通の者なら恐怖で縮み上がりそうなガルジの注文に、店のマスターはまるで動じずカップを洗いながら無愛想に答えた。
「あいよ。 貴族のあんちゃんもいつものでいいのかい?」
「ええ、お願いします」
そう答えた貴族の青年、コルトバは己の境遇に疲れたように溜め息を吐きながら座った。
コルトバはアルビアの貴族の次男として産まれた。
家柄としてはそこまで大きくないが、父が始めた事業が成功し金銭面ではかなり裕福な生活を送っていた。
優秀な兄がいたコルトバは跡継ぎとしての重責もなく、それでいて不相応な野心もなく、良くも悪くも人当たりも良い性格から家族や使用人からも好かれており、気ままにのんびりと暮らしていた。
だがそれは聖王アーサーからの要請で一変した。
新しく聖五騎士団に入り聖竜となったガルジのお目付け役として任命されたのだ。
元盗賊であるガルジが王宮で文菅や貴族達といらぬ衝突やトラブルを起こす可能性が高いとアーサーは思っていた。
トラブルを起こさない様、またトラブルを円滑に解決するために貴族として交遊関係も多く、かつその性格から相手を宥める事が得意なコルトバが選ばれたのだ。
本来聖王直々の役目となれば大変名誉なことだが、元盗賊と聞きコルトバは嫌な予感がしていた。
案の定のその予感は的中した。
ガルジは近場の酒場で暴れるわ、貴族と喧嘩はするわ、その度に物は壊すわと問題をよく起こした。
お陰で壊した物の弁償代をいくら払った事か、思い出しただけで身震いする。
おまけに喧嘩相手の仲裁やトラブルが起きない様に各方面に気を配ったりと気苦労も絶えない。
まあ喧嘩の大半がガルジへの偏見による嫌みや皮肉が原因だから、全てガルジが悪いとは言わないが。
それでもやはり疲れるのは疲れる。
特に最近はカイザルという男に聖竜の座を奪われた事で更に酷くなり、アーサーが休暇の名目で彼の古巣であるこの町に一時帰したのだ。
「ほらよ。 ビッグホーンのTボーンステーキにマッドピッグの骨付き肉、それとコック鳥の丸焼きだ。 あんちゃんはホークステーキと特別メニューのチョコパフェだ」
「ありがとうございます」
マスターが料理と酒を置くと、ガルジは人差し指から爪を出してTボーンステーキを切り、そのまま突き刺して骨ごとバリボリと食べ始めた。
「せめてナイフとフォークくらい使いなよ」
「うるせぇ! ここにゃ行儀よくする必要なんてねぇんだからいいんだよ!」
ガルジは不機嫌にそう言うと葡萄酒を瓶ごとグビグビと飲んだ。
まあ実際、聖竜時代はちゃんと最低限のマナーは彼なりに守ってくれていた。
当初はそれすらせず、本当にやりたい放題だった。
いくらコルトバが注意しようが教えようが聞く耳持たず。
それどころか体のいいサイフ状態だった。
そんな状況がつもりにつもり、とうとうコルトバが怒りガルジを勢いのまま殴ってしまったことがあった。
我に帰ったコルトバは初めて人を殴ってしまったことに驚き、恐る恐るガルジを見た。
ガルジは当初何が起きたかわからずポカンとしていたが、やがてニヤリと笑い「やるじゃねぇか!」と嬉しそうにコルトバの肩を叩いた。
ガルジの凶暴性を知っているコルトバは訳がわからなかったが、その時からガルジはコルトバの話に耳を傾ける様になった。
無論、それでも言うことを聞かず振り回されることの方が断トツで多いが。
それでもコルトバはガルジに認められた様な気がして少し嬉しかったことを今でも覚えている。
それからガルジの見方も少し変わり、ガルジとの付き合い方も前より近くなった。
「それでもあまり食べ散らかしたりしないでよ」
ガルジはケッ!と言いつつ骨付き肉にかぶり付く。
その時、コルトバはガルジの後ろから男が忍び寄るのが目に入った。
「! ガル・・・」
コルトバが言い終える前にガルジはナイフを手に取り素早く後ろに突き刺す。
すると後ろの男が振り上げた腕に突き刺さり、男は悲鳴と共にその場で悶え出す。
「ふん、ナイフも使えんじゃねぇか」
ガルジがコルトバに言うと、何人かの男が立ち上がりガルジを取り囲む。
ガルジはそれに応えるように立ち上がり凶悪な笑みを浮かべる。
「いいねぇ~、やっぱこの町は最高だな。 憂さ晴らしの種がゴロゴロしてやがる」
そこから一気に乱闘が始まった。
先程まで座っていた椅子とテーブルは砕け、ガルジは襲ってくる男達を次から次へと殴り、蹴り飛ばし、締め上げる。
そんな乱闘の中、コルトバはちゃっかり自分の料理を保護し、騒ぎに欠片も動じないマスターのいるカウンターへと避難した。
「すみません毎回毎回」
「構わねえよ。 丁度備品を買い換えてえと思ってたとこだ」
マスターは乱闘に慣れた様子でコルトバに代わりのフォークとナイフを差し出した。
マスターは長年ここで店を出しているらしく、ごろつき達にも劣らない強面の人だが、ガルジが連れてきたコルトバの為に本来ならメニューにないチョコパフェを作ってくれるなど色々気を回してくれる。
最もチョコパフェの値段も、ガルジが乱闘をする度に出る修理費もかなり多目に取られているが、コルトバ自身既にそんなことは気にしていない。
当然ガルジの乱闘にも既に馴れており、コルトバは呆れながらも食事を再開した。
「でもあの人達も懲りませんね」
「皆昔ガルジにボコボコにされたの連中ばかりだからな。 こんな場所じゃ負けっぱなしの野郎は舐められちまうから、何とかして勝ちてぇんだろ。 それにあいつが聖五騎士団なんぞに入っちまったから、それが気に入らねぇって奴等もいるだろうからな」
元々この周辺で名を馳せた盗賊の親玉だったガルジは、ごろつきや同業の盗賊や山賊達からも一目置かれる存在だった。
それがアーサーに負け、聖五騎士団に入ったことで裏切り者、聖王の犬になったと揶揄する者達が出始め、最近では聖竜の座を奪われた負け犬としてガルジを襲う輩が増えた。
下らない言いがかりだとコルトバは思った。
ガルジが聖五騎士団に入ったのはアーサーにリベンジをする為。
元から忠誠などという感情はガルジにはない。
ただ純粋に己を負かした者を倒すという信念で彼はアーサーの誘いに乗ったのだ。
アーサーもそこを理解していたからこそ、多少のトラブルに目をつぶりながらガルジを聖五騎士団に留めているのだ。
ガルジの真は暴力だが悪ではない。
ある意味とても純粋な存在なんだとコルトバは感じていた。
最も襲ってくる連中はガルジにとってはいい憂さ晴らし程度にしかならないので、コルトバは大して心配等していない。
それよりコルトバが心配なのはガルジの今後。
恐らく今はカイザルへのリベンジで頭が一杯なのだろう。
だが今のままでは勝てない事を理解していて、かつどうすればいいかわからないからこうして常に不機嫌なのだ。
現にごろつきを全員倒したガルジの表情は満足していない。
このまま腐ってしまわないか、コルトバはそこを心配していた。
すると、店の入り口から手を叩く音が聞こえた。
「はは、相変わらず激しいじゃないかガルジ」
ガルジが視線を向けると、そこには露出の高い服を着て、頭に角の生えた革製のヘルムを被ったピンクの髪の女が立っていた。
「ゲレダか。 てめえも憂さ晴らしに協力してくれんのか?」
「冗談。 あんたとやりあったら、あたいなんて5分も持たずぼろ雑巾だよ」
ゲレダと呼ばれた女はガルジに近寄ると倒れたごろつき達を見下ろした。
「しかし本当激しいね~。 いっそまたあたし達の親分に戻らないかい?」
「あそこはてめえに任せたろうが。 今更帰る気はねぇよ」
「本当めんどくさい男だね~。 あ、坊やもいたのかい。 あんたも大変だろ? こんなののお目付け役で何年も一緒にいるなんてさ」
「もう慣れましたよ」
色っぽい視線を此方に向けながら、ゲレダはイタズラっぽくコルトバに言った。
このゲレダはかつてガルジが率いた盗賊団のサブリーダーで、今はガルジに代わりの盗賊団を纏めているこの町でのガルジの数少ない理解者だ。
「それより何の用だ? てめえが冗談言う為だけに来るはずねぇだろ?」
「まあね。 実は元親分に、とっておきの情報があってね」
ゲレダがガルジに耳打ちすると、ガルジは一瞬驚き、その後先程よりも凶悪な、しかし嬉々とした表情を浮かべた。
「そりゃ本当だろうな?」
「あんたに嘘つく程命知らずじゃないわよ」
「ククク・・・ヒャ~ッハハ~!!」
突然笑い出すガルジに、コルトバはビクッと驚く。
「いいじゃねえか! 最高の憂さ晴らしの相手じゃねえか」
ガルジは右手から爪を出すと、刃の様になった爪をペロリと舐める。
「バハムートにディアブロ! 五魔だかなんたか知らねぇが、アーサーやカイザル殺る前にぶちのめしてやらぁ!! ヒャ~ッハハ~!!!」
標的を見付けた暴竜が今、動き出す。




