不器用な父
突然現れたギエンフォードの姿に皆が驚く中、当の本人はまるで他人事の様にくわえたパイプをふかしながら辺りを見回す。
「たくっ、人の庭で好き勝手やりやがって」
そんな中、子供にしがみつかれ身動きの取れないノエルを少し一瞥するが、すぐに視線を外した。
「お、親・・・」
「ギエンフォード! 貴様、なんでこんな所にいるんだ!?」
声をかけようとしたライルを遮り、ボルゴーは叫んだ。
その表情からは明らかに焦っており、汗を滲ませている。
「おお、こいつは驚いた。 この町の貴族様がこんなむさ苦しい場所にいるとは珍しい」
「黙れ! それは此方の台詞だ! 何故貴様がここにいるんだ!?」
「たまたま」
「なにぃ!?」
うるさいボルゴーに対してギエンフォードは変わらぬ調子で続けた。
「いやなに、今日は仕事が少し落ち着いたんでたまにはかみさんの所帰るかと思ってな。 そしたらたまたま別件の任務に当ててた部下がたまたまお前と話してる所を聞いたんでな。 面白そうなんで散歩がてら来たって訳だ」
「馬鹿な! そんなこと出来るわけ・・・!? まさか貴様!?」
「アッシズか!」
ボルゴーとライルが共通の答えに行き着くと、いつの間にかライル達の近くに来ていたエルモンドがふひひと小さく笑った。
「やっぱりアッシズ君は二重スパイか。 相変わらず抜け目ないね~君は」
「エルモンドか。 お前は相変わらず胡散臭いな」
「ふひひひ、君も相変わらず口が悪いね」
「師匠気づいてたんですか!?」
「僕はボルゴー君が来ないと思ってるって言っただけで、本当に来ないなんて一言も言ってないよ。 第一リナですらボルゴー君の作戦に気づいたんだから彼が気付かないわけないよ」
「聞こえてんぞこの野郎!」
イトスへの説明を聞かれリナに怒鳴られながらも、エルモンドは変わらず笑っている。
「リナか。 見た目は女らしくなったが中身は変わらねぇな」
「まあ、そこが彼女のいいところなんだけどね」
二人が話していると、先程ギエンフォードに吹き飛ばされたスコーピオンリザードが勢いよく立ち上がった。
「貴様ら! 私の事を散々バカにしおって! こうなれば貴様もそいつの餌になるがいい!」
激昂するボルゴーの声に反応しスコーピオンリザードはギエンフォードに向かっていく。
ギエンフォードはやれやれというように首を振るとスコーピオンリザードに向き直る。
「親父!」
「大丈夫だよ。 君は傷を癒していなさい」
焦るライルをエルモンドが抑えると、ギエンフォードは軽く拳を前に構えた。
そして自分を噛み砕こうとするスコーピオンリザードの顎の下に素早く入り込む。
「蜥蜴は黙ってろ」
ギエンフォードは左拳を振り上げるとスコーピオンリザードの顎に炸裂させた。
すると拳の当たった箇所から頭頂部にかけ、まるで槍に突かれた様にスコーピオンリザードの頭部が拳圧で貫かれた。
拳の威力を拡散させず一点のみに集中し放たれた拳は、スコーピオンリザードを吹き飛ばさすことなく拳の延長部分のみを砕いたのだ。
スコーピオンリザードは開いた穴から血飛沫を上げながら、ゆっくりと横に倒れ絶命した。
「凄い・・・」
自分の何倍もの大きさの相手をたった一撃で貫くギエンフォードの技に、ノエルは思わず呟いた。
「ば、馬鹿な。 最大級のスコーピオンリザードを、た、たった一撃で・・・ん? ひあ!?」
ギエンフォードの力に驚くと、、突然別のスコーピオンリザードが轟音と共にボルゴーの目の前に落ちてきた。
「な、ななな・・・」
「ウガアアアアウ!!」
腰を抜かしながら見るとジャバが勝利の雄叫びを上げ、それがジャバに吹き飛ばされ飛んできたことを理解する。
更にボルゴーに追い討ちをかけるように、リナ達も子供を含めたボルゴーの兵隊を気絶させていた。
「たくっ、手間かけさせやがって。 さてと、覚悟出来点だろうな?」
「ひ、ひぃぃ!?」
リナを始めとした五魔に睨まれ、ボルゴーは狼狽する。
「ぎ、ギエンフォード! わかっているのか!? 貴様手配犯のノエルや国賊の五魔に手を貸しているんだぞ!? これが露見すれば貴様は・・・」
「なに言ってやがる? 俺はたまたま見かけた民間人がてめぇに襲われてるのを見て助けただけだ」
「んな!? こいつらのどこが民間人だ!? 下らない言い訳は・・・」
「それより自分の心配をしたらどうだボルゴー?」
「な、なんだと?」
「奴隷の売買はこの国では重罪なのは知ってるだろう? 更に犯罪者を私用目的で勝手に洗脳、違法薬物まで使い、挙げ句こんな危険生物まで秘密裏に飼っていた。 しかも人を襲う為にな。 他にももしかしたら俺の部下がたまたまお前の屋敷から何か見つけてきてくれるかもしれねえしな。 言い逃れ出来ねぇのは、てめぇの方だ」
完全に追い詰められたボルゴーは顔に脂汗をかき、先程までの余裕は完全に消え去っていた。
もはやこうなれば何を置いてでも逃げるしかない。
そう思ったボルゴーは隠しておいた予備の兵力に突撃の合図を送る。
微かに聞こえてきた無数の足音に、これで逃げる時間は稼げるとボルゴーは少し安堵する。
「ああそうだ。 1つ忘れてた」
「なに!?」
「実はよ、たまたま俺の部隊をここに演習に出しててな。 もしかしたらここ来るかもしれねぇな」
ギエンフォードの言葉にボルゴーが背後を見た瞬間、ギエンフォードの部隊が押し寄せボルゴーを取り囲んだ。
だがその部隊を見て一番驚いたのは、ボルゴーではなかった。
「お、おめぇら!?」
「アニキ~! 助けに来やしたぜ~!」
「もう安心でさ! こいつの手下は全員押さえだぜ!」
「ロッシ、ベイパー、皆!」
それはアッシズ同様ライルの元にいた昔の仲間達だった。
皆ギエンフォードの隊服を着ていたが、その姿はかつてと変わらない、ライルの仲間そのものだった。
「ふひひ、全く君も粋なことするね~。 わざわざ息子の為に昔の仲間の部隊を寄越すなんて」
「え?」
エンモンドの指摘にライルが父親の顔を見ると、ギエンフォードは小さく舌打ちをした。
「馬鹿言ってんじゃねぇ。 たまたまだよ。 たまたま」
「そうだね。 たまたまだね。 本当君はラズゴート君に似て不器用だね」
ギエンフォードはふんと不機嫌そうに言うと、部下をかき分けボルゴーの前に立った。
「ボルゴー、てめぇを拘束する。 勿論抵抗するなら構わねぇが、どうする?」
もはや全てが終わったことを悟り、ボルゴーはまるで魂が抜け落ちた様にその場に項垂れた。
「すぐこいつの兵隊達を保護しろ! いいか、奴隷だ犯罪者なんてのは関係ねぇ! 今回の件の被害者として丁重に扱え!」
「「へい!」」
ギエンフォードの指示で部隊はリナ達に気絶させられた兵隊達を回収していく。
「親父!」
そんな中、ライルはかつての仲間を、かき分けギエンフォードに歩み寄る。
「おい! まだ傷が・・・」
「止めとけ」
まだ治療が終っていない為イトスが止めようとするが、リナがそれを制した。
「漸くケリ付けられんだ。 あいつの好きにさせてやれ」
リナに諭され、イトスはライルを止めるのをやめた。
自分の目の前まで来たライルを、ギエンフォードは無言で見ている。
するとライルは地面に頭を擦り付け土下座した。
「頼む親父! ノエルの話を聞いてやってくれ!」
ライルの姿に周りがざわつく中、ギエンフォードは無言だった。
「今更どの面下げてなに言ってんだってのはわかってる! でもそれでも、どうしても親父の力が必要なんだ! 脱走兵としての罪があんなら投獄でもなんでもする。 どんなことだってする! だから、あいつの話だけは聞いてやってくれ!」
必死のライルに対し、ギエンフォードはふぅとくわえたパイプの煙を吐いた。
「話聞くだけでいいのか? 直接奴に手を貸すんじゃなくてよ」
「あんたの性格は知ってる。 だから俺じゃなくそこはノエル自身があんたを納得させなきゃならねぇ。 俺の出来んのは、あんたにあいつの話を聞かけるだけだ」
「それで俺が力貸さねぇかもしれねぇぞ」
「あいつなら大丈夫だ。 きっとあんたを納得させる」
顔を上げた息子の真っ直ぐな眼に、ギエンフォードは微かに、ほんの僅かに口角を上げた。
「本来なら放蕩息子の頼みを聞く義理はねぇが、上司として部下に馬鹿させた責任は果たさねぇとな」
それはかつての上官として、そして父としてギエンフォードが出来るライルへの答えだった。
ギエンフォードはそう言うと、ノエルの元に歩み寄る。
「さてと、あの馬鹿の頼みで話だけは聞いてやるが、その前に1つ聞くことがある」
目の前に立つギエンフォードの圧力に、ノエルは息を飲む。
「なんでガキ共を引き剥がして逃げなかった? お前の力なら簡単に出来たんじゃねぇか?」
「確かに出来ました。 ですが、もし僕があの場であの子達を引き剥がしたら、あの子達は今頃食べられていました」
「甘いな。 敵が喰われる程度何を躊躇する? 戦場じゃ敵の心配なんてしてる暇はねぇ。 例え女子供だろうが攻めてくるなら容赦なく叩き潰す。 第一お前は一応こいつらの頭なんだろ? その立場も忘れて敵と心中なんて、馬鹿以外の何者でもねぇな」
「そうですね。 確かに僕は馬鹿かもしれません。 実際僕がリナさん達を率いるなんて、本来あり得ない話です。 でもそんな僕に、リナさん達は付いてきてくれると言ってくれた。 ライルさんは僕とあなたを引き合わせようと必死に過去の傷と向き合ってくれた。 だから僕も、僕のやり方を貫き通します」
「自分が死んでもか?」
「死にませんよ。 絶対に」
先程の息子同様に自分を見るノエルの姿に、ある人物の姿が重なる。
かつて民の為に見捨てた、自分が支えた王の姿が、己の信念を貫き通す為、そして何より民の為に自分の命を捨てた魔帝と呼ばれた男の姿が、ギエンフォードの中に甦る。
「俺にとって、守るべきは力のねぇ民だ。 王なんて、その気になりゃあいくらでも見捨てる。 昔も、そしてこれからもそれは変わらねぇ」
ギエンフォードの言葉を、ノエルは黙って聞いていた。
「だから今の聖帝が民を危険に晒すってんなら、俺の敵は間違いなく聖帝だ」
「! それじゃあ・・・」
ノエルの反応に、ギエンフォードはふんとそっぽを向く。
「表立っては出来ねぇが、必要なら手助け位はしてやらぁ。 それだけは約束してやるよ」
「・・・ありがとうございます!」
「礼ならそこの馬鹿息子に言え。 少なくとも、今回は奴の手柄だ」
「! 親父・・・」
ギエンフォードの言葉に、ライルの胸に熱いものが込み上げる。
思えばこの10年間、自分は父を見返したかった。
薄情だと思っていた父にいつか自分を認めさせることでその考えを正そうとした。
かつて仲間を仕切ったのも、偶然出会ったリナに付いていったのも全てはその為。
ノエルに協力することを決めたのも、父が見捨てた魔帝の子を手助けすることで父を見返せるという気持ちもあった。
でもそれがノエル達と旅をすることで段々意識が変わっていった。
父を見返すではなく、本当にノエル達の力になりたいと思うようになった。
結果父と向かい合う覚悟が出来た。
見返す為でなく、大事な仲間の力になりたくて。
すると今まで見えなかったものが見えてきた。
薄情だと思っていた父は、自分の信念と魔帝の意思を守ろうとしただけなのだと理解できた。
しかもアッシズを始めとした自身のかつての仲間の面倒を見てくれて、今もこうして不器用ながら駆けつけてくれた。
どこまでも不器用ながら情深い男、それが自身の父なのだと。
そしてそれを理解し、父への対抗心を捨てた自分を、父が認めてくれた。
ライルは込み上げるものを抑えるように、ただただ感謝の想いを込め無言で頭を下げた。
ギエンフォードは相変わらず無関心そうにパイプをふかしていたが、その表情が自分と過ごしていた時の父ノルウェと同じ父親の表情だとノエルは感じたのだった。




