罠
ギエンフォードに指定されたライル達は、町の外れにある荒野へと来ていた。
辺りには人の気配はなく、目の前には城塞国家ラバトゥへと続く砂漠への入り口が見える。
ひんやりとした空気が漂う中、ライルは落ち着きなくうろうろと辺りを歩いていた。
そこへリナの拳骨がライルの脳天に直撃する。
「ぐひゃ!? なにすんスか姉さん!?」
「だぁ~!! 鬱陶しいんだよ! いい加減覚悟決めたんだろか!?」
「覚悟決めてても落ち着かねえもんは落ち着かねえんスよ!」
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
「つかまだライルの傷治ってねぇんだから拳骨控えろっつったろ? これだからオバサンは」
「俺はまだ20代だ!!」
二人をなだめようとしたのにイトスの一言で余計なリナが怒り、ノエルはやれやれと苦笑するしかなかった。
「それにしても少し遅いですね。 ギエンフォード様は来てくれるのでしょうか?」
「アッシズは嘘言う野郎じゃねえよ。 あいつは確かにチンピラだけどよ、そういうとこは曲げねぇ男だよ」
「そうですか。 ではここはアニキ様の言葉を信じます」
「か、からかうんじゃねえ!」
戸惑うライルの姿に、リーティアはクスリと笑った。
ライルの緊張を解そうというリーティアの気遣いに、周りの空気も少し和らぐ。
その時、ジャバがピクリとなにかに反応する。
「来たか?」
「来た。 でもこれ、ギエンフォードの匂いじゃない」
「んだと?」
ジャバの言葉にリナ達は瞬時に警戒する。
瞬間、近くの丘から高笑いが聞こえてくる。
「ふふふ、ふははははは! ようこそノエル御一行様! お待ちしておりましたよ」
丘の上から現れたのは、ステッキを片手に持ったボルゴーだった。
「誰だてめえは!?」
「これは申し遅れました。 私この町を預かっている貴族、ボルゴーと申します。 以後お見知りおきを」
丁寧に御辞儀をしながらも、ノエル達にはボルゴーの悪意を感じ取った。
「てめえどういうつもりだ!? 親父はどうした!?」
「おや、君があのギエンフォード将軍の息子か。 なるほど親子揃って頭が悪そうな男だ」
「んだとてめえ!?」
「落ち着けライル」
リナに諌められライルが下がると、ノエルはその前に出る。
「ボルゴーさんでしたっけ? これはどういうことですか?」
「これはこれは、このような形でノルウェ陛下の御子息に会えるとは恐悦至極。 なるほど鎧姿がよく似合う立派な御仁になられたようだ」
「さっさと答えてください。 どうしてここにあなたがいるんですか?」
言葉こそ丁寧だが強いノエルの言葉に、ボルゴーは「ほぅ」と小さく呟く。
「どうやら手配書にあったような可愛らしい外見とは違うみたいですね。 いいでしょう。 では、ネタばらしといきましょう。 まずギエンフォード将軍は・・・」
「来ないんだろう? 恐らくあのアッシズ君が伝えたのは君が僕達を誘き寄せる為の罠と言った所だろうね。 だからギエンフォード君は僕達がここにいることすら知らないはず。 君はそう思っているんだろうボルゴー君?」
「んな!?」
自分の言おうとしたことを先に言われボルゴーは驚き、エルモンドは更に続けた。
「恐らくノエル君と僕達の来訪をアッシズ君から聞いたんだろう。 それで僕達を捕まえる、もしくは倒した手柄で更に出世しようと思ってわざわざ呼び寄せたんだろう。 ついでに邪魔なギエンフォード君も排除するため僕達と繋がってたとかでっち上げるつもりだったんだろうね。 しかし君のやり方はまさに典型的な小悪党だね。 もう少し捻ればより面白い手立てなんでいくらでも出てきそうなのに、実に残念な発想力だよ」
己の思惑までも看破され更にダメ出しまでされたボルゴーは顔を真っ赤にする。
「き、貴様! 私の壮大な計画を小悪党だと!?」
「いや~流石にこれはちっと単純すぎねぇか?」
「エルモンド様じゃなくてもここまで来ればわかりますよね」
「というか、これであんなに堂々と出てこられたんじゃあたし達の方がなんか恥ずかしいわ」
「おまえ、恥ずかしいのか?」
残りの五魔全員からもツッコまれ、ボルゴーは怒りで手をわなわな震わせる。
「貴様ら・・・私を馬鹿にするのも大概にしろ! いいだろう! ならばこれでも小悪党かどうか、確かめてみるがいい!」
ボルゴーが指を鳴らすと、突然地面から何かが飛び出してきた。
それは蠍の尻尾と頑強な甲殻を持つ巨大な蜥蜴だった。
「ほほぉ、これは珍しい! スコーピオンリザードじゃないか! しかも3体もいる!」
珍しい魔獣の出現にエルモンドが目を輝かすに、ボルゴーは高笑いをする。
「ふははははは! どうだ驚いたか!? 素早くパワーのある巨大な蜥蜴に猛毒と頑強な体を持つデザートスコーピオンのハイブリッド種。 私の自慢のコレクションだ」
しかしそんなボルゴーにリナ達は呆れた顔で返す。
「本当馬鹿だな。 どんなに強かろうが魔獣が俺達に通じるかよ。 ジャバ」
「うがう!」
ジャバはエルモンドから薬を貰い、体を元の巨大な姿へと戻す。
「ウロロロロロロロ!!」
ジャバは魔獣を操る雄叫びを上げ、スコーピオンリザードを威嚇する。
「!?」
だがスコーピオンリザードはジャバの雄叫びに怯むどころか、そのままジャバに襲いかかる。
「こいつ! おれの声通じない!」
「なんだと!?」
その時初めてリナ達に驚きの色が浮かぶ。
ジャバは魔獣と表されるだけあり、今までどんな魔獣であろうとその強さを感じ取り彼に従った。
それは獣が持つ防衛本能であり、本来絶対覆らないものだ。
毒に気を付けながら3体のスコーピオンリザードを相手取るジャバとリナ達の反応に、ボルゴーは先程の鬱憤を張らすように笑みを浮かべる。
「私は調教が得意でしてね。 趣味で様々な生き物を調教しているんですよ。 その結果、私の子達は恐怖もなく私の命令だけ従う素晴らしい駒へと変貌することが出来るんですよ。 無論、こんな駒もありますよ」
再びボルゴーが指を鳴らすと、リナ達の周りの物陰から武器を持った人達が何人も現れた。
しかもその中には年端のいかない子供も混じっている。
「!? こいつらは一体!」
「いかがですか? 私の自慢の兵隊です。 牢に繋いだ犯罪者や奴隷を極秘裏に買い漁り、忠実な兵隊へと仕上げました!」
ボルゴーが三度指を鳴らすと、ボルゴーの兵隊達は一斉にリナ達に襲いかかる。
兵隊達は戦闘訓練を受けているようだったが、リナ達に比べれば大した実力ではなくなんなくかわしていく。
リナ達は避けながら兵隊達の目を見ると、その目は生気はなく無機質なものだった。
「こいつらも調教済みってことかよ」
「でも気絶させちゃえば問題ないでしょ!?」
レオナは瞬時に剣を産み出すと一人に向かい峰打ちになるよう剣を振るう。
だがその前に突然子供が盾になるように飛び出してくる。
「ちょ!?」
子供に躊躇したレオナに、背後の兵隊がレオナに剣を振るう。
なんとかかわすが、レオナは苦々しい顔をする。
「あんた! 何てことさせんのよ!?」
「ふははははは! なるほど噂の五魔もなかなかお優しいようですな! 今まで散々殺してきたくせに、峰打ちや子供を殺すのに躊躇するとは!」
「なにを・・・」
「落ち着きなよレオナ。 その手の挑発には慣れてるだろ」
ボルゴーに怒りを露にするレオナを落ち着かせると、エルモンドはよく兵隊達を観察した。
「なるほどね。 君ゴルバゴの葉を使ったね」
「ゴルバゴ?」
「一種の麻薬みたいなものでね。 精神を朦朧とさせ自意識を封じ、命令を刷り込みやすくする洗脳によく使われる劇薬だよ。 効果は見ての通り、皆感情なんてなにもない人形みたいになっている。 しかもこれ、かなり濃度の濃いの使ってるね。 元に戻すのにかなり時間がかかるし、最悪洗脳中死んでいる子もいるだろう」
エルモンドの考察に驚くリナ達に対し、ボルゴーは感心したように唸る。。
「おやおや、流石魔人と呼ばれるだけありなかなかの洞察力ですな~」
「あなたは、一体自分が何をしているのかわかっているんですか!?」
ボルゴーの行動に怒りを露にするノエルに、ボルゴーは本性を見せるかの様に下卑た笑みを浮かべる。
「何をそんなに怒っているんでしょうね~? 所詮犯罪をするしか脳のないゴミや、家畜同然の奴隷でしょう? それをどう使おうが人間様である私の自由。 いくら使い潰そうが何も問題はないでしょう。 ああ、途中で死んだ者ならそこのスコーピオンリザードの餌にしたので、町の衛生環境を壊すことはないのでご安心を。 私こう見えても綺麗好きでしてね」
「クズ野郎が」
掃き捨てながら睨むリナの顔に満足しながら、ボルゴーは現状を分析する。
不意を付き子供を盾にするなどして一見有利に見えるが、やはりそこは五魔。
兵隊達になるべく怪我をさせないように立ち回っているが、徐々に気絶させ戦闘不能にしている。
スコーピオンリザードもジャバウォックに既に1体倒されており、恐らく長くは持たない。
念の為予備の兵力も隠しているが恐らく時間稼ぎ程度にしかならない。
ここはノエルのみに狙いを定め自分は早々に離脱しよう。
ボルゴーはそう考えると指を鳴らす。
すると号音と共にノエルの背後からジャバが相手しているより一回り巨大なスコーピオンリザードが姿を現した。
「はっ!?」
背後のスコーピオンリザードに気付いたノエルが避けようとした瞬間、子供達がノエルにしがみつき動きを止めた。
「ノエル!!」
「私のコレクション最強の1体です! さあ、あなたもその子の餌になりなさい!」
スコーピオンリザードはノエルを子供達ごと飲み込もうと牙を剥き出しにし突進する。
そして、ノエルと激突し辺りに砂煙が舞った。
「ふははははは! やった! 魔帝の子を仕留めた! これで私の地位はうなぎ登り! ふははははは・・・は?」
勝ち誇ったボルゴーだったが、砂煙が晴れるにつれ異変に気付く。
スコーピオンリザードが突っ込んだまま動かない、いや、動けないでいる。
「・・・っざけんじゃねぇぞこら!」
「な、なにぃ!?」
ボルゴーが目にしたのは、ノエルを護る為、スコーピオンリザードの突進を正面から受け止めるライルの姿があった。
スコーピオンリザードの突進を受け止めるライルにボルゴーは驚きと焦りを露にする。
「バカな!? こんなことが・・・な、何をしている!? さっさとそいつを押し潰せ!!」
ボルゴーの指示で力を込めるスコーピオンリザードを抑えながら、ライルは怒りの表情を浮かべる。
「俺はな、今回色んなもんにケリ着けるために来たんだよ。 柄にもなく悩んだりしてよ、姉さんやノエル達に心配までかけちまって、それで漸く本気で覚悟決めて親父に会いに来たんだ。 それを、てめぇみてえなブタ野郎が、邪魔してんじゃねぇよ!!!」
ライルは全身に力を込めると、スコーピオンリザードを勢いのまま後方へと投げ飛ばす。
スコーピオンリザードの巨体は号音と砂煙を上げながら地面へと叩きつけられた。
「なにぃ~!!!?」
ボルゴーはあり得ないものを見たかの様に取り乱す中、ライルは思わず膝を付く。
「ライルさん!」
心配したノエルの声に反応しイトスが駆けつけると、ライルの腹から血が流れ出ていた。
「くそ! 傷口が開いてやがる! だから無茶すんなって言ったろうが!」
「んなこと、言ってられねぇだろが。 俺はな、ノエルの為に力貸すって決めたんだ。 傷の1つや2つ、開こうが関係ねぇ!」
ライルは痛みに顔を歪めながら立ち上がる。
それを見てボルゴーは勢いよくスコーピオンリザードに指示を出す。
「ふ、ははははは! 今だ! 奴はもうボロボロだ! 連中を纏めて喰ってしまえ!」
ボルゴーの指示でスコーピオンリザードは再び突進を開始する。
ライルはそれを迎え撃とうと拳を構えた。
「ふん。 随分いっぱしの口聞くようになったじゃねぇか」
「え?」
ライルが背後の声に反応した瞬間、物凄い勢いの拳圧が顔を掠め、スコーピオンリザードを吹き飛ばした。
ライルはゆっくりと背後の人物を見た。
自分の変わらぬ褐色の肌にラズゴートに劣らぬ筋肉を持つ傷跡だらけの肉体、軍服の上着を肩にマントの様に羽織り、頭にはその地域の責任者の証である軍帽を被り無精髭を生やし、右目に眼帯を付けた大男。
男は口にくわえたパイプを小さく吹かすと、ライルを見下ろした。
「なに呆けてやがるくそガキ」
「お、親父・・・」
ライルの父にして旧アルビアの守護者、ドラグ・ギエンフォードが不敵に立っていた。




