聖帝の目的
「ラミーア? それが聖帝の目的なんですか?」
ノエルの質問にエルモンドは頷いた。
「その通りだよ。 そうだね、まずはラミーアがどんな存在か説明しようか」
エルモンドはコホンと咳払いをすると語り始めた。
「そもそもラミーアはこのアルビア王国が国となる前の人物でね、当時アルビアはとある国の領地の一つだったんだけど、その国の王が死ぬと各地の領主が領土を広げるため争いを始めたんだよ。 そんな中当時のアルビア領主の息子、後の初代アルビア王は争いを治める為ラミーアの力を借りることにしたんだ」
「具体的にはどういう力を持っていたんですか?」
「物語にもあるだろ? 知りたがりな魔女。 彼女は知識に貪欲で当時貴重な本を買い漁り、その情報を全て頭に入れていた。 そこである時彼女やアルビア王は気付いた。 彼女が情報を得る度に魔力が増えていくことにね」
「魔力が増える?」
「そう。 彼女が情報を取り込む度に魔力はどんどん高まっていくんだよ。 それこそ無尽蔵にね」
「情報というのは一体?」
「言葉の通りだよ。 本で読んだものは勿論、人の噂話、彼女が肌で感じた風の感触、味わった食事の味、痛み、とにかく彼女が知らなかった事柄を知るとその度に魔力が上がっていく」
「馬鹿な。 魔力というのは生まれ持った資質だ。 その量を増やせるのはごく限られた魔術の特性を持つ者か、五魔の様な規格外の者だけだ」
「おいおい、人のこと化け物扱いかよ」
リナのからかいにギゼルは悪びれる様子もなく「それだけ特殊だという意味だ」と強調した。
現にギゼル自身造った腕輪で魔力の底上げは出来ているが、彼の魔力事態増えた訳ではない。
つまり、黒の魔術という特殊な力を持つノエルや異常な魔力量を持つリナの様な特殊な者を除き、ギゼルの様な装置を使わねば魔力を増やす事など一般人にはほぼ不可能なのだ。
更にギゼルは続けた。
「第一本当に無尽蔵に魔力を上げられたにしろ、そんな無差別に魔力が高まれば体の方が持たん。 最悪暴発して体が消滅する」
「ふひひ、その通り。 だがそこが彼女が魔女と呼ばれる由縁だよ」
「どういうことだ?」
「彼女の体はどんなに大量に魔力を入れても耐えられる器だったということだよ」
「そんな人間がいるはずがない」
「いたんだよ。 だからこそ初代の五魔を従え、このアルビア王国建国に大いに貢献できたんだ。 そもそも魔界や天界何てものがあった時代だ。 今の僕達の常識が通じない人間がいたとしてもなんら不思議じゃない」
「むぅ・・・」
エルモンドの説明に反論できずにいると、ノエルが割って入る。
「そんなアルビア建国に携わった凄い人が、何故歴史から消されて地下に封印されているんですか?」
「ふひひ、なかなかぐいぐい来るじゃないか。 そういう貪欲な所、僕好きだよ」
ニヤリと笑うとエルモンドは仕切り直して語り出す。
「まあ、実はギゼル君の指摘は実はそんなに間違っていなくてね、ラミーアは大量の魔力を手に入れ続ける内に異変が起き始めた。 ただし、体ではなく精神にね」
「精神?」
「大量の魔力と大量の情報、その両方をラミーアは次第に制御できなくなっていた。 それでも魔力は増え続ける。 ドンドンドンドン、増えてく情報を処理する暇もなくドンドンね。 そしてある時、ラミーアは壊れてしまった。 ほぼ無限に増え続ける魔力に精神を蝕まれ、ただ情報を喰らうだけの怪物になってしまったんだよ」
情報を喰らうと聞いたノエルはあることを思い出す。
アルベルトの話では祭壇から黒い触手の様な物が出て、それに貫かれた者がミイラの様に干からびたと。
「まさか、ラミーアは・・・」
「そう、人から直接情報を抜き取るようになったんだよ。 それこそ脳の奥底に消えた記憶から、息を吸うという産まれた時から持つ体の情報までありとあらゆる情報をラミーアは体から抜き取った」
「はっ! そんだけ暴飲暴食しといてまだ足りねぇとは、本当の化けもんだな」
「リナの言う通りだね。 で、事態を重く見た初代アルビア王は五魔だったルシフェルの力を借り、ラミーアを封印したというわけだ」
「建国の立役者が一転国を滅ぼす化け物か。 それで奴は歴史から消された訳だ」
ギゼルの指摘にエルモンドは頷いた。
「それでもアルビア王はラミーアの功績をなんとしても残しておきたかった。 それで生まれたのがこの物語だ。 それが建国の功労者に対する彼なりの礼なのか、もしくは別の感情があったのか、非常に気になるけどね」
「ラミーアの事はわかった。 つまり、聖帝フェルペスの目的はラミーアの復活ということか」
「十中八九そうだと思うよクロード。 恐らくラミーアはまだ生きている。 今まで溜めた魔力を消費しながら、復活出来る機会を待っていたんだろう。 今の生け贄は失った分の魔力の補充といったところか」
「そんな! そんな奴復活させたら、この国が大変なことになるじゃない!」
「この国で済めばまだいい方だよ。 最悪世界全てがラミーアに知識を吸われて滅びる」
レオナの言葉にクロードの予測が更にラミーアに対する危機感を高める。
ノエルはラミーアの危険性を理解し、更にエルモンドに問う。
「そもそも聖帝はラミーア復活を?」
「簡単な話だ。 もしラミーアの力が本物なら、その利用価値は計り知れない」
ノエルの疑問に答えたのはギゼルだった。
「まずそれだけの力を持つなら単純に軍事力として、他国への抑止力となる。 そして何より魅力なのがその魔力増加の力。 魔力をほぼ無限に造りだし、かつそれを利用する技術、もしくは制御出来たとしたらこれは革命と言っていいほどの飛躍的進歩となる。 火を使わない灯り、馬や牛使わずに動く車、もしかしたら空を自在に飛ぶ乗り物を作成する事も可能になるかもしれない。 正直技術者としては、とても魅力的な可能性を秘めた存在だ」
「流石その道のプロだね~。 僕も同意見だよ。 ただし、制御出来ればの話だけど」
「制御する術を聖帝は既に持っていると?」
「だろうね。 そうじゃなきゃこんな事しないだろうし、少なくとも彼はそこまで馬鹿じゃない。 もっともそれが正しい方法かどうかわからないし、ラミーアが危険だってことは変わらないけどね」
ノエルにエルモンドが説明する中、ギゼルはある人物の事を思い出す。
「恐らく、軍師の仕業だ」
「軍師?」
「本名は知らん。 10年前に陛下が連れてきた男だがその知謀と手腕は確かで、今では陛下の知恵袋といったところだ。 陛下自身、最近奴に頼りきっている節がある」
「つまりそいつにそそのかされた聖帝が地下の化け物を復活させようとしてるってことか。 はっ! 漸く目的がわかったなノエル」
リナに言われ、ノエルは頷くとエルモンドに向き直る。
「それで、ラミーア復活までどのくらいだと思いますか?」
「そうだね・・・ギゼル君の話のペースと、その前に生け贄を捧げられた期間から推測すると・・・」
「推測すると・ ・・」
「・・・わかんない。 ごめんね」
エルモンドの回答に思わずノエル達は前のめりにコケてしまう。
「おいおい頼むぜエルモンドよ~。 お前のその胡散臭い推測が頼りなんだからよ」
「無茶言わないでよリナ。 第一ラミーアがどの程度の情報でどのくらいの魔力を生み出すのかも、捧げられた生け贄の知識量もわからないんだ。 いくら僕だって、およそ一年前後くらいって不確かな答えしか出ないよ」
「出てんじゃねぇかよ! 今はその不確かな推測でもこっちは欲しいんだよ!」
「後1年・・・」
ノエルが噛み締めるように言うと、ギゼルはおもむろに立ち上がった。
「どうやら、私自身も確かめねばならないようだな。 アンヌ、城に戻るぞ」
『了解父様』
アンヌは体を巨大化させると、ギゼルやシグマとデルタ以外の隊長達をその背に乗せた。
「もう行くんですか?」
「ああ。 こちらが渡せる情報は渡した。 もうここにいる理由もない。 それに陛下の考え次第では私達も身の振り方を考えねばならないからな」
「それじゃあ・・・」
「念のため言っておくが、貴様らに寝返る気はない。 私はあくまで聖五騎士団最高幹部、聖人ウリエルだからな」
そこまで言うと、アンヌは上昇を始めた。
それに呼応するようにデルタはシグマを抱え上昇を開始する。
「もし次会う事があれば、今回の様にはならん。 せいぜい敵として会わないことを祈っているのだな。 さらばだ!」
ギゼルはそう言い残すと、アルビア城の方へと飛び立っていった。
「たくよ。 めんどくせぇ野郎だぜ」
「でも、悪い人ではなかったですね」
「・・・本当お前は甘ぇな」
そう言いながらも、リナは否定しなかった。
実際これだけ話してみてもギゼルはこちらとの約束を守り、此方に情報を渡すという義理堅さを見せた。
ギゼルしかりラズゴートしかり、聖五騎士団も彼らなりに国を守ろうとする気持ちは同じだろう。
ただ付いた勢力と手段が違うだけ。
出来れば戦いたくないが、それほど簡単ではないことをノエルと理解していた。
何より、聖帝の意図がどうであれラミーアが復活すれば確実に国は混乱する。
万一制御出来たとしても、定期的に生け贄を捧げなければならない。
そんなことはノエルやリナ達には許せるものではなく、なんとしても阻止しなければならない。
ノエルは改めてエルモンドと向き合う。
「エルモンドさん。 お願いします。 僕と供に聖帝を止めるのに力を貸してください」
頭を下げるノエルに、エルモンドはふひひと笑う。
「そうだね、リナ達も一緒だし、僕自身君には興味がある。 ただ、条件がある」
「おいおいなんだよ今更? もうここまで来たんだからすんなりハイって言っとけばいいだろが」
文句を言うリナをノエルが制した。
「それで、条件はなんですか?」
エルモンドはニッコリと笑顔を浮かべた。
「君が、王様になることだよ」




